ハッピーハロウィン
※このネタ前提
「ちょりっくあちょりー」
今日何度目になるかももう数えたくもない呪文を唱えて手を出すと、フッフッフ! と俺から脅し文句を受けたでかい男が笑い声を零した。
サングラスを掛けたまま笑顔のドフラミンゴが、にやりと笑って椅子の上で身を屈め、その手をこちらへ伸ばしてくる。
さっきまでいつもとそう変わらない恰好だったのに、いつの間にやらトレードマークと化した桃色のコートを脱いで、しかも服を着替えている相手に首を傾げつつ、俺は開かれた大きな掌から落ちたものを両手で受け止めた。
「ありあと」
うけとって一応は礼を言うと、ドウイタシマシテ、とドフラミンゴが楽しげに応える。
それを受けて、貰ったものを肩から下げているもはやパンパンの鞄へ押し込んだ俺へ、もう終わりか? と問いが落ちてきた。
ぐいぐいとどうにか鞄を締める努力をしつつ、うん、と俺は答える。
「もーろっきゃいめ。おわり」
まったく知らなかったが、少なくともワンピースの世界であるこの『ドレスローザ』には、ハロウィンと呼ばれる行事があるらしい。
騒ぎ方がどうにも日本式のような気がするのは、俺が知っているこの『世界』が『日本』の『漫画』だったからだろうか。
ドフラミンゴは見た目にふさわしくそう言った祭り騒ぎが好きらしく、ドフラミンゴを『若様』なんて呼ぶその部下達も、この国王陛下と同じくこういった騒ぎが好きなようだった。
最初は、白地の被り物が付いた『おばけ』だった。
二回目はふわふわの耳が付いた『化け猫』の恰好で、その次が『魔法使い』、その次はふさふさの尻尾を後ろに下げた『狼男』、その次は頭に被り物の斧を装備した『歩く死体』で、そして今回はこれだ。
着替えては城の中を練り歩く羽目になって、こうやってドフラミンゴに手を伸ばして菓子を貰うのだって六回目だ。
これで最後よと言って笑ったモネが着せてくれた服をまとったまま、俺はドフラミンゴを見上げた。
俺の言葉に、疲れてんなァと笑って、ドフラミンゴが軽く指を繰った。
それと同時に俺の体がドフラミンゴの方へと『勝手に』近づいて、ぱちりと瞬きをしている間に服を掴まれて足が浮いて、そのままドフラミンゴの膝の上へと乗せられる。
相変わらず羨ましいくらい長い脚の上をまたがされて、俺は正面からドフラミンゴを見やった。
襟が曲がっていたのか、俺を自分の膝の上に乗せた後で動いた指が俺の襟元を少しだけいじって、それから確認するように俺の背中に『生えた』黒い羽を軽く引っ張る。
「今度の仮装は悪魔か?」
「うん。モネとシーザーの」
尋ねられて頷きつつ、はっきりと答える。
ちなみにおばけはヴェルゴが、化け猫は『ダイヤ』の奴らが、魔法使いはベビー5達が、狼男は『スペード』の奴らが、歩く死体は『クローバー』の奴が用意してきたものだったらしい。
競うように並べられたものを延々着せ替えられた俺の身にもなってほしい。
もはや身内と呼んでもいいかもしれない連中ばかりの城内だったからまだいいが、これで城下も全ての衣装で一人練り歩けなんて言われたらそのまま家出することを計画するところだ。
やっと終わった、とぐったり肩を落とした俺に笑って、よく似合ってるぜ、とドフラミンゴがお世辞を言った。
女にならともかく、こんな幼児のしかも男にまでお世辞を言えるあたり、ドフラミンゴは変な海賊だ。
それでも言われたからには礼を言わなくてはならないので、ありがとうとそちらへ言葉を返してから、俺はちらりともう一度ドフラミンゴを見やった。
「……どふりゃみんごは、そえ、かそー?」
尋ねた俺の視線を受け止めて、ああ、と笑ったドフラミンゴは、普段からは考えられないくらいしっかりと黒いシャツの前を閉じて、ネクタイをしていた。
穿いているのも、さっきまでの柄入りの派手な七分丈のやつとは違う。スーツのスラックスに似ているそれは、ちょっとクロコダイルが着込んでたりするやつに似ているような気がする。
しかし、上も下も黒っぽいというのに、あちこちの端に黒ずんだ加工が施されていた。
匂いがしないのでただの血のりなんだとは思うが、何とも殺伐とした格好だ。
唯一派手な色合いをしているネクタイを締めているドフラミンゴを見つめて、何の仮装なんだろうかと首を傾げた俺を前に、フッフッフ! とドフラミンゴが笑う。
「見てわかんねェか?」
「んー……うん、わかりゃない」
尋ねられて、素直に頷く。
俺の返事を受けて、これなら分かるか、と尋ねたドフラミンゴが俺の方へと顔を近づけてきた。
え、と目を丸くした俺の狭い肩の上に顔がうずめられて、それと同時にがぶりと軽く肩を噛まれる。
「わっ」
驚いて身を引くと、別に本気でなかったらしいドフラミンゴはすぐに顔を離して、俺がそれ以上後ろに体を傾けて落ちたりしないように俺の体を捕まえた。
笑ったドフラミンゴの口から覗いた長いつけ牙に、ぱちぱちと瞬きをしてから、俺は目の前の相手が何に扮しているのかにようやく気が付いた。
「……きゅーけつき?」
「フフフフフ! 正解だ」
俺の言葉に、ドフラミンゴがとても楽しげに頷く。
そんなの、口で言えばいいんじゃないだろうか。
何で噛んだんだ、と目の前の相手を見やりつつ眉を寄せてから、俺はさすさすと先ほど噛まれた患部を撫でた。
一瞬だったしそれほど力も入っていなかったが、めちゃくちゃ驚いた。
それにしても、吸血鬼か。
「……うん、どふりゃみんご、にあう」
そう言うのが似合うのはクロコダイルやミホークくらいなんじゃないかと思っていたが、こうしてみると案外、ドフラミンゴの仮装も様になっているような気がする。
そう思って頷いた俺に、そうか、と答えたドフラミンゴは随分と上機嫌だった。
その手が俺の意思に関係なく俺を抱き上げて、そのままひょいと椅子から立ち上がる。
驚いて目を丸くした俺を抱えたままで、椅子の後ろからひょいといつもの羽毛コートに似たコートを拾い上げたドフラミンゴは、片腕で器用にそれを羽織った。
顔の近くに来たそれは、いつもの羽毛コートをそのまま灰色に染めたようなものだ。特注品だろうか。
「どふりゃみんご、どこいくんりゃ?」
そのまま歩き出されて、夜の世界を向こう側に置いた窓へ近付いたドフラミンゴに、どうやら部屋を出ようとしていると気付いた俺は、その腕の中でもぞりと身じろぎながら尋ねた。
俺の背中の羽が曲がったりしないよう気を配っているのか、俺の背中には軽く手を添えたままで、決まってんだろう、とドフラミンゴが言う。
「城下だ」
「…………え」
放たれた言葉に、俺はぱちりと瞬きをした。
俺が言葉の意味を理解できなかったと思ったのか、辿り着いた窓を大きく押し開いて『道』を確保したドフラミンゴが、夜なのに掛けたままのサングラスで俺を見下ろした。
「知らねェのか? ナマエ。吸血鬼ってのは、空から飛んでくるもんだぜ、フッフッフ!」
「そりぇは、しっちぇる、けろ……」
俺の困惑はそこじゃない。
俺は、改めて自分の恰好を見やった。
ドフラミンゴもそうだが、俺は今仮装している。どう考えたって『普通』とはいいがたい格好だ。
こんな恰好を、城の中の顔見知り達ならともかく、見ず知らずの人やオモチャ達に晒せと、ドフラミンゴはそんなことを言ってるのか。
うわあ、と顔をゆがめて、俺は首を横に振った。
「やりゃ、どふりゃみんご、おりぇ、はじゅかしい」
いくら体は幼児でも、その中身は『成人男性』であった『俺』なのだ。
だからそう訴えた俺に、けれどもドフラミンゴは軽く笑って首を傾げた。
「なんだナマエ、てれてんのか? 大丈夫だ、言ったろうが。よく似合ってる」
「しょこじゃにゃくて」
相変わらず、ドフラミンゴには話が通じない。
これは逃げるしかないとその腕から飛び降りるべく体をよじった俺は、ドフラミンゴがそれに構わず片足を窓枠に掛けてそのまま体の半分を窓の外に乗り出したことで、慌てて抵抗をやめてドフラミンゴの体にしがみ付いた。
だって、前のめりになっているドフラミンゴによって、俺の体はすでに窓の外側にあるのだ。
部屋の床までならともかく、こんな高さから落ちたら俺は死んでしまうこと間違いない。
「ど、どふ、どふりゃみんご……っ!」
「何をびびってんだ、おれがお前を落としたことがあったか?」
楽しげにドフラミンゴは言うが、そういう問題じゃない。
必死にその体にしがみ付いて、ご愛用のコートによく似た羽毛をぎゅっと掴みながら、俺は近くなった顔を睨みつけた。
俺はまだ『行く』とも言っていないのだが、強行するつもりか。
自分勝手な国王陛下を見つめると、俺の視線を見返して、サングラスの向こうのドフラミンゴの瞳が軽く細められた。
俺の体を抱き上げた片腕とは逆の手が、ぽん、と俺の頭に触れて、そのままぐしゃぐしゃに俺の髪の毛を乱しながら撫でる。
「城下の連中も今日は似たような恰好をしてる。そう気にするなよナマエ」
今日はハロウィンだからなァ、と言って笑われて、むむむ、と俺は眉間に皺を寄せた。
そんな俺の顔にすら笑って、俺の頭から離れたドフラミンゴの手が、少し膨らんでいたらしい俺の頬をつぶすように指で押す。
ぐりぐりとくすぐるようにされて、思わずくすぐったいと肩を竦めてしまったところで、ふわ、と体が宙に浮いたような感覚を感じた。
「わ、ああああ!」
「フッフッフ!」
ばさりと灰色のコートを翻しながら、笑ったドフラミンゴが空中を移動し始めたらしい。
もちろん抱き上げられている俺も一緒で、結局抗議も出来ないまま、俺の体は城下へと運ばれていく。
ドフラミンゴの言う通り周りは『仮装』した市民やオモチャであふれていたが、『国王様』と一緒な俺は目立ってしまっていて、やっぱりちょっと恥ずかしかった。
恥じらいつつも仕方なくドフラミンゴが楽しむままにハロウィンに付き合った俺は、まさかそれが、翌年もその次もその先も繰り返されるなんてこと、全く知らなかったのだった。
end
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