目もあてられない
※アニマル主人公は仔ワニ(爬虫類)
自由にしていいと言われている部屋をそっと抜け出したのは、とある明け方のことだった。
王宮の中は静かだが、あちこちで人の動いている気配がする。
それらを聞きつつ、尾までしっかり持ち上げて廊下を歩き、俺は目的地へと到着した。
この前俺のためにとあけられたドア下の小さな扉を頭から潜り抜けて、こっそりと室内へと侵入する。
入り込んだ室内は薄暗く、静かで、誰かの寝息がほんの少しだけ聞こえた。
それはもちろん、この部屋の主の物だ。
「きゅ……」
小さく鳴き声を漏らしてから、薄暗い室内を見回して、目的地へと近づく。
恐らく、誰かが俺の姿を見ていたなら、金色だと言う俺の目が企みでらんらんと輝いていると気付いただろう。
そう、俺が復讐をする、その時が来たのである。
俺は、もともとは人間だったのだが、この『ワンピース』の世界でワニの姿に生まれ変わって、そしてひょんなことからドフラミンゴのペットとなった。
フッフッフと鳴くドフラミンゴに、まあ普通の犬猫くらいは可愛がられていると思う。
それは感謝するべきことで、別に今の問題ではない。
問題は、あの日クロコダイルから恐るべきテクニックを盗んだドフラミンゴが、日々俺のことを撫でまわして駄目ワニにするということだった。
満足いくまでドフラミンゴに撫でまわされて、俺は毎日ヘロヘロのメロメロである。
これではよくない。ただの動物であったならそれもまた良しかもしれないが、俺のこの小さな体には人間の心が宿っているのだ。いいわけがない。
だからこそ、いつかやり返してやるこの時を、俺は考えていたのである。
「…………きゅう」
絨毯の上を音も無く移動して、たどりついたベッドの傍で、俺は小さく声を漏らした。
寝息が聞こえるから、ドフラミンゴは間違いなくこの上にいるだろう。
しかし、さすがにドフラミンゴに合わせて運び込まれただろうベッドはでかい。そっとシーツを掴みながら体を持ち上げてみたものの、俺の体は二足歩行をするようには出来ていないので、そのままごろりと後ろに倒れてしまった。毛足の長いじゅうたんの上でも、中々に痛い。
「きゅ、きゅう……っ」
じたばたと手足を動かして、ひっくり返った状態から何とか元の状態へと戻る。
さて、ここからが人間としての俺の知恵の見せどころだ。
ワニの体でも少しは跳べるが、ちょっと跳んだところでたどり着けるような高さでも無い。
だからこそ室内に顔を巡らせた俺は、ベッドの傍の壁際に、本棚が一つあるのをしっかりと発見した。
ドフラミンゴが本を読むのかどうかは甚だ疑問だが、まあ、王様でありどこかのブローカーでもあるのだから、書類仕事だってやるだろう。だとしたら本だって読んでもおかしくはない。
本棚へと近寄ってから、装丁の堅そうな本を物色し、持ち上げた前足でそれを引きずり出した。
ぱたん、と倒れたそれを押しやり、ドフラミンゴのベッドの横まで運ぶ。案外重たいが、ここは頑張るしかない。
何冊もそうやって運んで、本棚の一番下の段を半分ほど減らした後、俺は運んだ本をいくつか重ねた。
本を足蹴にするのは申し訳ないが、数冊の本がどうにか重なり、これでやっと階段が完成だ。
「きゅう、きゅ!」
思わず鳴き声を上げてから、静かな部屋に随分とよく響いたそれに、はっと口を閉じる。
そのまま様子を窺ってみると、幸いなことにドフラミンゴは目を覚ましたりはしなかったようだった。
まだ、先ほどまでと同じ規則正しい寝息が聞こえる。
そのことにほっと息を吐いてから、短い足を本の上にたしっと乗せる。
そのまま本をよじ登り、俺は見事ベッドの上へと侵入を果たした。
よじ登ったベッドの上は広く、毛布だかシーツだかを被っているドフラミンゴは、無防備に両手も両足も放り出してうつぶせになっている。
好都合である。
「きゅ、きゅ」
小さく鳴き声を漏らしてから、俺はそろりとドフラミンゴへと近寄った。
しかし、あと数歩でその背中に前足が乗る、というところで、びしりと体が何かにからめとられたかのように動きを止める。
何だと、と目を見開いた俺の横で、フッフッフ、と独特の鳴き声が漏れた。
「……なァにしてんだ? ナマエ」
寝起きだからか少しかすれた声で俺を呼びながら、むくりと起き上がったのはドフラミンゴだった。
この部屋には俺とドフラミンゴしかいないのだから当然だ。どうやら、いつの間にか起きていたらしい。さっきまで寝ていた筈なのに、一体どういうことだ。
困惑する俺の体をドフラミンゴの手が掴まえて、そのまま胡坐をかいた足の上に乗せられる。
ふっと体にまとわりつくものの感触が消えて自由を取り戻したものの、逃げ出す前にぐりぐりと掌で体を撫でまわされて、俺は自分の体がふるりと震えたのを感じた。
「きゅ、きゅうう……っ!」
相変わらず、ドフラミンゴの指が気持ちいい。
だがしかし、このまま撫でられ続ければいつものようにただの駄目ワニになってしまうことを知っている俺は、必死になって体をねじった。
いつになく抵抗する俺に、ん? とドフラミンゴが首を傾げる。
「何だ? どうかしたか」
尋ねながら手を止めて見下ろすドフラミンゴの膝の上から転がり落ちて、体勢を整えた俺はじろりとドフラミンゴを見上げた。
「きゅ、きゅ!」
短く鋭く鳴き声を放ってみたが、鳴き声の違うドフラミンゴは不思議そうにしているばかりだ。
近寄って、その膝に足を乗せるようにして体を半分持ち上げてから、もう一度鳴き声を零す。
「きゅうきゅっ」
ぐいぐいと押しやりながら鳴いて主張する俺に、首を傾げたドフラミンゴが薄暗い室内で呟いた。
「何だ……寝ろって?」
問われて、きゅ! と肯定するために返事をする。
俺の主張が伝わったのかは分からないが、フフフと鳴き声を漏らしたドフラミンゴが俺の体を掴まえて、自分の腹の上に乗せるようにしながらベッドへあおむけに転がった。
ドフラミンゴの胸筋と腹筋の上に体を丸ごと乗せられてしまった俺の顎を、ドフラミンゴの指が軽く撫でる。
「これでいいか? ナマエ」
楽しげに言い放つドフラミンゴに、きゅう、と俺は鳴き声を漏らした。
本当はうつ伏せが良かったのだが、そこまでは伝わらなかったらしい。
まあ、ドフラミンゴは人間で俺は鰐なのだから仕方ない。そこは妥協しよう。
ドフラミンゴの指から逃れるように顔を退きつつ、その肩口へと移動してから、いざ、と足に力を入れる。
面白がって俺の様子を見ていたドフラミンゴは、俺がそのままむにむにと出来る限り手を動かしながら体重移動をしたのを見て、少しばかり怪訝そうな顔をした。
「……何してんだ、ナマエ」
「きゅう」
何って、どう考えてもマッサージをしているだろう。
問われて返事を返しながら、更に足に力を入れる。
さすがに鍛えているだけあって、ドフラミンゴの体はどこもかしこも堅かった。俺が整体師だったならば、いやあお客さん凝ってますねえと世間話を始めるところだ。
本当なら背中を揉みたかったのだが、それはまた今度にしておこう。俺の体は小さいし、ドフラミンゴは大きいから、いっそのしかかってちょうどいいくらいに体がもう少し大きくなってからの方がいいかもしれない。
むにむにと、出来る限りの動きでドフラミンゴの肩から腕にかけてを揉んでいく。
毎日俺のことを揉み解して駄目にするドフラミンゴを俺の拙い動きで駄目ミンゴにできるとは思えないが、しかし仕返しをしないでいることなど俺にできるはずが無かった。
俺の仕返しにぱちぱちと目を瞬かせたドフラミンゴは、それからしばらく俺の好きにさせた後、疲れて動きを緩めた俺の体をひょいと持ち上げた。
今度は逃げられないようにと体を裏返して足の上に乗せられ、しまった、と身をよじろうとした俺の無防備な腹の上に、ドフラミンゴの掌が乗せられる。
「フッフッフ! 疲れたろう、オカエシしなくちゃなァ?」
「きゅ、きゅうう!!」
止めてくれと叫んでも今度は聞き届けられず、妙に上機嫌なドフラミンゴは、あらかたの用意を終えたらしい使用人が起こしに来るまで、その恐るべき掌で俺を徹底的に駄目なワニにした。
くたくたのメロメロにされながら、いつかそのうち絶対にドフラミンゴを駄目ミンゴにしてやると、俺は復讐を再び心に誓ったのだった。
end
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