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突発(医者主)
※知識なしトリップ主人公はお医者さん



「ナマエ、観念しろい」

「…………そうは言うけど」

 ひょいと寄越された言葉に、ナマエは顔を顰めた。
 その目がちらりと見やった先には、荷物の影に隠れていたナマエを見つけたらしいマルコが、樽に腰を下ろしてナマエに背中を向けている。
 あちこちをばたばた走っている音がしているのは、クルーの何人かがナマエを探しているからだ。
 自分の常識では考えられない世界にナマエが迷い込んで、早数年。
 元々医大生で医者を志していたナマエは、今までに培ってきた知識を駆使して町医者の一人となった。
 免許がない世界で胸を張って『医者だ』と名乗るのは何だか怖いことのように感じたけれども、そうやってナマエが施した医療行為で救われる命もあったから、だんだんと慣れてきたのは『医者』となってから一年も経ったころだ。
 ナマエが学んできた医学の知識はこの世界では新しいものの部類であったらしく、そこそこ難しい患者にも頼られることになって、ナマエはそういった患者達を助けることに喜びすら感じていた。
 だから、『オヤジを助けてくれ!』とそばかすの青年に頼まれた時だって、ナマエは快諾したのだ。
 もしもあの時、目の前の男が賞金首の海賊で、彼の言う『オヤジ』が実の父親ではなくて、ましてや向かう先が時折噂を聞いていた白鯨の形の海賊船だと知っていたら、絶対に頷かなかっただろう。
 違う世界からやってきて、裏稼業とも縁の無かったナマエには、圧倒的にそういった知識が無かった。
 その結果が今の状態だ。
 決してナマエの医療行為に失敗があったわけではない。
 むしろ大成功と言っていいだろう。
 身の丈がナマエの常識では考えられないサイズの『オヤジ』殿は回復に向かい、最近では常時つけていたという点滴やその他の医療器具を外して生活することすら出来るようになった。
 強面の海賊達だって大喜びだったし、これで普通の生活に戻れると、ナマエだって嬉しかった。
 それがどうしてか、今、ナマエは白ひげ海賊団のクルー達に追い掛け回されている。

「ナマエー、ナマエ、どこだよー!」

 声を上げて走り回っているのはナマエをつれてきたそばかすの彼で、あちこちを駆け回っているのも殆どが二番隊だった。
 他の隊は傍観している連中も多いが、どちらかと言えば相手側に協力的だ。

「返事してやればどうだよい」

「断る」

 樽に座ったまま言葉を寄越されて返事をしながら、ナマエはがしりとこの船に乗り込んだときに持ってきていた往診用の医療道具が入った鞄を抱えた。
 もうじき船が島につくと聞いている。
 できればそれまで隠れて、こっそり逃げ出したいところだ。
 患者は回復したのだから、医者がいなくたって問題ないだろう。
 大体、ナマエはただの一般人なのだ。
 『ナマエ、船医になれよ!』じゃない。

「……アンタはあいつら止めないのか」

 ナマエがため息を吐いてから呟くと、そんな予定は無いねい、とマルコは返事を寄越した。
 それを聞いて、もう一度ナマエはマルコを見やる。
 樽に腰を下ろしてナマエに背中を向けているマルコは、その視線を寄越しもしない。

「何でだよ」

 マルコの背中へ向けて、ナマエは疑問を投げかけた。

「アンタだって、俺のこと歓迎してなかったじゃないか、マルコ」

 『オヤジを助ける医者』であるナマエを最初から歓迎していなかったのなんて、この今ナマエに背中を向けている男くらいのものだ。
 隊長格はそれぞれが様子見のポジションを取ってナマエを見守っていたが、マルコは全面的にナマエのことを気に入らないと言いたげな態度をとっていた。
 まるで自分のテリトリーに入ってきた他所の人間に対するようなあのとげとげしさが、どうしてかここ数日のマルコからは見受けられない。
 もしや今ナマエを探して走り回っている二番隊隊長に説得でもされたのかとナマエは怪しんだが、話に寄ればそばかすの彼よりマルコのほうが古株であるらしい。
 どちらかと言えば、マルコが彼を宥めて言いくるめるほうではないだろうか。
 ナマエの言葉に、マルコが背中を向けたままで肩をすくめた。

「そりゃそうだろよい。いくらエースがつれて来たからって、お前はヨソ者だ。オヤジの傍に置いておいて、オヤジが何かされたらどうすんだよい」

 きっぱりとしたその言葉にはカチンと来たが、反論しようとする自分の口をナマエは懸命に閉じた。
 マルコは失敬な男だ。
 医者が患者に施すのは医療行為までだ。害成すはずがない。

「……そう思うんなら、俺を降ろすようそっちの船長と他のクルーに助言してやってくれ」

 苛立ちが混じったナマエの声は少々とげとげしく、その場に落ちた。
 仲間になれと言い放ったそばかすの二番隊長を、ナマエの患者になった白ひげ海賊団船長は止めなかった。
 グラグラ笑っていたあの顔を思い出せば、ナマエの口からはため息が漏れる。
 そんな彼の上に、マルコの声が落ちた。

「オヤジだ」

「……は?」

 言われた言葉の意図が分からず、ナマエはもう一度マルコのほうを見やる。
 樽に座ったままのマルコは、姿勢を崩すこともなく、そのままで言葉を紡いだ。

「おれらは船長をオヤジって呼んでんだ、お前も白ひげ海賊団に入るんなら、あの人の息子になるのと同じだってことを忘れるない」

「……いや、だから」

 さらりと言葉を落とされて、ナマエはあきれた顔をする。
 会話のキャッチボールが出来ていないのではないだろうか。
 もしもナマエが医者ではなく教師だったなら、マルコの通信簿には人の話を聞きましょうと書いておくところだ。それを読んだ『オヤジ』殿に笑われてしまえばいいとまで、ナマエは思った。
 全く、と声を漏らして、ナマエは呟く。

「アンタ、何で反対しなかったんだ」

 ぽつりとこぼれたその問いに、そこで初めてマルコが身じろぎをした。
 樽に座ったままだったその体が動いて、ナマエが屈みこんで座っているのより少し高い位置に腰を落ち着けながら、マルコの視線がナマエを見下ろす。

「オヤジの言うことは絶対だよい」

 言い放ったマルコはどうしてか笑っていて、ナマエは目を丸くした。
 どちらかと言えばナマエには警戒心を隠さなかったマルコが、こんな風に笑っているのを正面から見るのは初めてだった。

「オヤジの息子になるんなら、お前も海賊だ。もうヨソ者じゃねェだろい」

 戸惑うナマエの姿を覗き込みながら、マルコが言う。
 その手がナマエのほうへと伸ばされて、座ったままのナマエの頭をぽふんと叩いた。

「だから、ナマエ。さっさとおれらの家族になっちまえよい」

 そんな風に言い放ってナマエの頭を軽く撫でた掌は、どうしてか酷く優しい。
 マルコに、こんなに分かりやすく優しくされるのなんて初めてだ。
 いつもだったらもっと分かりにくい。何せマルコはナマエを警戒していて、その笑顔だって向けてきたことは無かったのに。

「え、っと、マルコ……?」

「あー! ナマエ、いた!」

 戸惑っている間にクルー達に発見されてしまったナマエは、掛けられた声にびくりと体を震えさせた。
 その場から立ち上がって逃げ出すより早く、飛び掛かってきた二番隊長によってその場に取り押さえられる。
 そうして改めて船長の下へと引っ立てられたナマエは、結局はうやむやのうちに白ひげ海賊団の船医の一人になってしまったのだった。

 平和とは程遠い生活の始まりである。

 良かったことなんて、警戒心バリバリだった男が親しげに話しかけてくるようになったことくらいだろう。
 そんなことを考えて、ナマエは一人、船内の医務室でため息を吐いていた。



end


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