罪深い男 (1/2)
※元上司と若クザン
※映画キャラが名前だけ出現注意
「……あー……やっと終わったか……」
もうじき夜明けとなるだろう夜道を歩きつつ、俺はしみじみとそんな風に言葉を紡いだ。
同僚達につるし上げられる『送別会』がようやく終わって、主役であるはずの俺よりはるかに大量の酒を飲んだガープを家まで送り届ける役目は何故か俺に回ってきた。
まあ、珍しく同じように酒を飲みまくっていたセンゴクも潰れてしまい、ゼファーはそっちを送っていくと言っていたから仕方ない。
さすがにつるに酔っぱらった男を押し付けるわけにはいかないし、何より彼女はセンゴクの小言が半分を過ぎたところで遅い時間だからと帰ってしまっていた。
ゼファーがセンゴクの方をとったのは、酔っぱらったガープが他の店にもいくんだとうだうだ言うのを見越していたからに他ならないだろう。
なだめすかして家まで送っていくのは何とも骨の折れる作業で、酔いもすっかり醒めてしまった。
何せ俺は海軍で貰った肩書に見合わないくらいに非力なので、ガープに腕を掴まれてしまったら力での抵抗が出来ないのだ。
ゼファーやセンゴクだったら逆に引きずることもできるだろうが、俺には無理だ。
どうにか丸め込んだガープを家まで送り届けて、遠回りになってしまった帰り道を歩く。
もはや日付が変わって久しい時間で、海軍本部の置かれたこの島を過ぎようとしている夜は静かだった。
さっきまで騒がしいガープと一緒にいたから、余計にそんなことを思うのかもしれない。
ふう、と軽く息を吐いて足を動かした俺の視界に、ふと後ろから伸びている影が入る。
俺のものと並んだ影は、先ほど通り過ぎた街灯が作り出しているようで、足音が聞こえないほど離れているはずなのに随分と長いその様子に、その影の持ち主が長身であると言うことが一目でわかった。
ついでに言えば、そのシルエットを、俺は知っている気がする。
「……ん?」
思わず足を止めて振り返れば、かなり離れたところをふらりと歩いている男の姿があった。
「クザン?」
名前を呼んだ俺の前で、ぴくりと体を揺らした男が足を止めた。
どこかで酒でも飲んできたのか、うろんな目でこちらを見やって、今ようやく気付いた、という様子で見開かれたのが見える。
「……ナマエさん? 何やってんですか、こんな時間に」
「それはこっちの台詞だぞ、現役海兵」
お前は明日も仕事なんだろう、とそちらへ向けて笑いながら、足をクザンの方へ向けて動かした。
俺は明日、本部へ引継ぎ書類を届けて終わりだが、クザンはそうではないはずだ。
俺の直属ではなくなって久しいからその予定は知らないが、十時間と少し前に飲みの行く約束をした時に『時間をあける』と言ったのだから、暇でもないだろう。
上背のあるクザンの顔がきちんと見える位置で足を止めた俺の言葉を受け止めて、クザンが軽く頭を掻く。
何とも言いたげなその目がこちらを見下ろすのを見ながら、ガープを家に送ってきたんだ、とそちらへ向けて言葉を投げた。
「ガープさんを? 今日は『送別会』だっつう話だったでしょう」
それなら主役はアンタじゃないのか、と言いたげに寄越された言葉に、そうなんだが、と一つ頷く。
「放っておいたら海に飛び込んで海王類を狩るとか言い出しかね無くてな」
次の酒場に行くぞ、ついてこいと笑った酔っ払いをこんな時間から行ってもすぐにラストオーダーだからと宥めたら、それならつまみは自分で狩ると袖をまくったのには少しだけ慌ててしまった。
拳を鍛えたいからと山を破壊しにいったり、相変わらずガープは規格外だ。
センゴクとゼファーも似たようなものだが、まあ全体的に化物だから仕方ないかもしれない。
考えてみると、よくもまあ、彼らの近くで無事に過ごせたものだ。
俺の言葉を聞いたクザンが、ガープさんらしい、と軽く笑った。
それから、その手がひらりと軽く振られる。
「まあ、おれも似たようなもんですよ。今はもう、帰るとこです」
「そうか。それじゃ、途中まで一緒に行くか」
確か、ここからなら、クザンの家と俺の家は大体同じ方向である筈だ。
構わないと返事をしたクザンに笑ってから、俺は来た道を引き返すようにくるりと体を反転させた。
そのままゆっくり歩き出せば、後ろからクザンの足音が続く。
ゆるゆる歩きながら少しだけ待って、俺は随分と歩みの遅いクザンを肩越しに振り返った。
その状態で足を止めれば、俺の動きに気付いたクザンも足を止める。
俺と向こうの間には距離があって、一定の区間で置かれた街灯に照らされたその顔が少しだけ不思議そうな色を宿していた。
「足でも怪我したか?」
「え? いや、別に」
尋ねた俺に、クザンが首を横に振る。
よく分からず首を傾げてから、だったら、と俺は口を動かした。
「わざわざ後ろを歩かなくたっていいじゃないか」
まるで本部の廊下でも歩いているみたいだ。
ここはただの町中で、何より俺はあとほんの一日で海軍の人間では無くなると言うのに、何の気遣いだろうか。
俺の言葉に、クザンが軽く首を傾げる。
「何言ってんですか、急に」
「いいから、いいから。ほら」
戸惑うようなその言葉に、となりにおいで、と小さな子供に言うみたいに言いながら、ひらひらと手を動かして招いた。
俺のそれを見て怪訝そうな顔になったクザンが、それから俺と自分の間の距離を改めて眺めて、何故だかおずおずと足を踏み出す。
ゆっくりとした動きで近寄ってきたその体が自分の隣に並んだのを確認してから、よし、と頷いた俺が歩き出すと、クザンも大人しく俺のとなりを歩いた。
どれだけ飲んだのかは分からないが、クザンから少し酒のにおいがする。
その顔を少しだけ見上げてから、ちょっと首が痛んだので視線を前へと戻す。
さすがに二倍とは言わないが、クザンは長身だった。
まあ、この世界の人間は大概がそうだ。
平均的な日本人だった俺からすれば羨ましいことこの上なく、服を買うのも大変だった。
もう着る機会も無いかもしれないが、つるが仕立ててくれたスーツもちゃんと持って行こう。
そんなことを考えた俺の横で、ナマエさん、とクザンが俺のことを呼ぶ。
いつかは『大将』の名を冠するだろう海兵に、何だと返事をすると、俺の歩みに合わせてゆっくりと足を動かしながらクザンが言葉を紡いだ。
「ここ出て、どこに行く予定なんですか」
「ん? ……ああ、まあ、船に乗って適当にやるよ」
尋ねられて、答えになるようなならないような言葉を零す。
実際、俺はこの立場から逃げ出したくて辞表を出しただけなので、どこへ行く、なんてことは何一つ決まっていないのだ。
マリージョアからは距離を取りたいが、東の海はこれからロジャーの処刑で騒がしくなるだろうし、南の海はその『妻子』狩りで騒がしくなるだろう。
だとすれば北か西だが、そもそもグランドラインを出たいかどうかも決めていない。
いっそ、『ワンピース』が始まる前に、ゆかりある場所を観光して歩くのもいいかもしれない。
俺のそれを聞いたクザンが、またそんな曖昧なことを、と呆れたように呟いた。
「何でナマエさんは、そう適当なんですか。もう少しはっきりしましょうや」
「そんなにきっちり何もかも決めてやってたら、頭がおかしくなるぞ、クザン」
唸るような声へ言い返して、軽く笑う。
誰にも言っていないから誰も知らないが、俺はこの世界の人間じゃなかった。
それだけでも衝撃だったと言うのに、確認すればするほど『知っている漫画』の世界だったこの世界で、一時期は自分の頭がおかしくなったのかと真剣に悩みもしたのだ。
結局面倒になってしまって、ひとまずの収入の安定と身の保証を求めて海軍へと入隊し、ひたすらにがむしゃらに死に物狂いで『いつか』に備えてきた。
もしかしたら元の世界へ帰ることだってできるかもしれない、とずっと期待を抱いてきていたが、きっともう諦めるべきなんだろう。
元の世界で過ごしたのよりも長い時間をこの世界で過ごした俺の言葉に、そういうもんですか、とクザンが軽く頷いた。
そうだともとそれへ言い返して、ああでも、と言葉を続ける。
「ガープのようにはなっちゃあ駄目だぞ、クザン。アレは海軍に一人いればいい、二人に増えたらセンゴクの胃がきっともたないからな」
「さすがにガープさんみたいなことは出来ませんよ」
あの人は特別でしょう、と続くその言葉に、何だか少しの違和感を感じた。
特別、という言葉の響きがそのまま、クザンにとってもそう言うもののように聞こえて、微妙な気分だ。
クザンはガープを尊敬しているようなのだから、それも当然だと言うのに、何故だろうか。
ん、と声を漏らしてそちらを見やると、俺の動きに気付いたクザンが俺のことを見下ろした。
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