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ファーストプレゼント
※主人公退役前(むしろクザンさん異動の少し後くらい)
※映画キャラが普通にいる設定



「あ」

 ふと何かに気付いたように声を漏らした男に、センゴクはちらりとその目を向けた。
 どうした、と尋ねた先には報告書をセンゴクの手元まで運んできた海兵が立っていて、その視線がセンゴクの執務室に備え付けられたカレンダーを見やっている。
 その目をぱちりと瞬かせてから、センゴクの後をついてこようともしないセンゴクの同期が、センゴク、とその口でセンゴクの名前を呼んだ。

「今日はどこで飲むんだ?」

「…………なんの話だ」

 端的に寄越された言葉に、センゴクの眉間に皺が寄る。
 向かいに佇むナマエと言う名前のこの男は、たまにこういった物言いをする。
 同期として固まっていた頃は大体の場合で横からつるが補足を寄越していたが、あいにくとここは階級の上がったセンゴクの執務室で、他に人はいなかった。
 伝わらなかったことに不思議そうな顔をして、ナマエが首を傾げる。

「ゼファーに誘われていないのか?」

「ゼファーに?」

「ガープは行くんだろうから、そっちも行くと思ったのに」

 言葉を重ねられ、だから何の話だと尋ねた唇からため息が漏れる。
 それを見て、ますます不思議そうな目をしたナマエが、そこでようやく『答え』を口にした。

「今日はクザンの誕生日だろ?」

 あれだけ可愛がってるんだ、祝うだろうと続いた言葉に、センゴクの目がちらりと壁にかかったカレンダーを見やった。
 そこにはいくつか予定が書きこまれているが、ナマエが今言った事象はどこにも書かれていない。
 そういえば九月生まれだったか、と頭角をあらわにしてきている部下の一人の顔を思い浮かべては見るが、自分の誕生日ですら適当に扱うことの多いセンゴクにはそれが今日だという確信は持てなかった。
 しかし、向かいの男がそういうのならそうなのだろう、と判断して、その手が手元のペンを持ち直す。

「上官ばかりで取り囲んでは委縮するだろう」

「向かいにお前で右にゼファー、左にガープ……なんてことになったら確かに可哀想だな」

 俺だったら物理的にぺちゃんこにされそうだ、と笑いながら冗談を口にしてから、じゃあ俺が右にでも座ろうかな、なんて言葉がナマエの口から転がり出た。

「ゼファーを押しのけるのか」

「ガープは無理だろう」

「確かにな」

 寄越された言葉に頷いて、センゴクはサインを終えた書類を向かいへ差し出した。
 それを受け取って、それじゃあと口にしたナマエが微笑みをセンゴクへ向ける。

「場所決まったら教えてくれ」

 そう言われて『分かった』と頷くと、ナマエはセンゴクに背中を向けた。
 そのまますたすたと歩いて行ったそれを見送って、扉が閉ざされたところで机から手帳を取り出したセンゴクが、本日の予定を確認する。
 もしも夜から同期達と食事へ行こうとも問題ないことをその目で確認してから、ふと思い出してその目がちらりと扉を見やった。

「……覚えていたのか」

 珍しいな、なんて言葉が口から漏れる。
 今先ほど出て行った男もまた、センゴクと同様に、自分の誕生日すらうっかりと忘れてしまう人間だ。
 揃ってつるから呆れられることも多いというのに、そのナマエが自分の隊にいた部下の誕生日を覚えていたとは驚きである。
 ひょっとしたらセンゴクが知らなかっただけで、自分の部下の誕生日はちゃんと祝っていたのかもしれない。

「あいつにも上官らしいところがあるもんだ」

 そんな風に納得して、センゴクの手が手帳を閉じる。
 一時間ほどのち、ぷるぷると鳴いた電伝虫がその口から響かせたのは、ナマエの言っていた通りの予定を告げる同僚の声音だった。







 クザンは、少しばかり困惑していた。
 飲みにくぞと上官や教官に誘われるのはいつものことで、大体いつもそれへ二つ返事でついていく。
 それは普段と変わらないし、人によっては圧倒されるだろう面子に囲まれて酒を飲むのも少しは慣れたことだったが、どうしてだか三十分ほど前までクザンの教官が座っていた傍らに、先日離れた部隊の代表が座っているのだ。

『よいしょっと』

『おい』

『いいじゃないか、たまには』

 しかもそんな会話を交わして、無理やりクザンの傍らから教官殿を退かしてしまったのである。
 仕方ねえなと唸った教官は今はクザンの斜め向かいにいて、自分とセンゴクの間に挟んだクザンより少し年上の海兵を構っている。
 やめてくださいよォ、と間延びした言葉をこぼしながらも光人間が逃げ出さないのは、ここが一般人も多い酒場の一角で、そして別に傍らの教官を嫌っているわけではないからだろう。
 他にも数人の海兵がテーブルを囲んでいて、そこかしこで酒を飲みながら話をしている。いつもなら知らない顔も混じっているのだが、今日はクザンの知っている、いくらか親しい相手ばかりだった。
 いやそれよりも今のクザンの戸惑いの原因は、どうしてだか無理やり傍に座ってきた相手だ。
 いつもなら、後からやってきた場合はテーブルの端に座っていることがほとんどの筈なのだ。
 もともとあまりナマエはこういった酒の場には現れないし、だから彼が現れるたび、どうやって近い席へ移動しようかと考えるのがクザンの常だった。
 だからその手間が省けたのは嬉しい限りだが、しかし普段と違う行動をとったナマエの意図が掴めない。
 『なぜ』と『どうして』が頭の中を回っているクザンをよそに、いつも通りの顔をしたナマエが大皿から取り分けたつまみをクザンの取り皿へと乗せる。

「これもうまいぞ、ほら」

「…………どうも」

 食べてみろと微笑みを寄越されて、ひとまず相手へ礼を言った。

「あとこれと、これと、これも、それから」

 さらにナマエが料理を取り分けて、見る見るうちにクザンの取り皿の上が埋まっていく。

「あの、ナマエさん、さすがにとりすぎじゃ」

「うん? ……あ、そうか」

 どんどん重ねられていくそれらにクザンが言葉を紡ぐと、そこで更に唐揚げを箸で取り分けるところだったナマエが、そのひと固まりをクザンの皿の上へ置こうとして納得したような顔をした。
 すでに居場所を無くしている唐揚げは、そのまま乗せればころりと皿の上からテーブルへと転がってしまいそうだ。

「ほら、後で食いますから」

 戻しといてください、と言葉を続けようとしたクザンの口に、ぐい、と無理やり香ばしいものが押し込まれる。
 そのことに目を丸くしたクザンの視界で、ひょいと箸を降ろしたナマエが仕方なさそうに肩を竦める。

「せっかくセンゴク達の奢りなんだから、ちゃんと腹いっぱい食べるように」

 大きくなれないぞ、とクザンより小さな体格の男が何かを言っているが、今のクザンはそれどころではなかった。
 心臓が激しく動いている気がして、背中にじわりと汗が浮かんでいる。
 顔が赤くなってはいないようだが、恥ずかしいような叫びたいような嬉しいような、わけの分からない気持ちでいっぱいだ。
 動きを止めているクザンを気にした様子もなく、自分もつまみを食べることにしたナマエの手が箸を操る。
 なんでおれ達の奢りと決まっているんだとセンゴクが呆れた様な声を出して、そりゃあ決まってるだろうと言い返しているナマエの声を聞きながら、もぐり、とクザンは口の中に押し込まれたものを噛みしめた。
 時々上官達によって連れて行かれるこの店は料理も上等で、口に入っている唐揚げだって間違いなくうまいものだ。
 しかし、まるで味が分からない。
 機械的に口を動かし、引き寄せたシェリー酒を口に流し込むために顔の角度を変えたクザンの視界に、向かいで上官に絡まれているクザンより少し年上の海兵の顔が映り込む。
 少し驚いたように丸くなっていたその目が、それからにやりと面白いものを見つけた悪餓鬼のような笑みを浮かべたのを見て、クザンはふいとその目を逸らした。
 まずい失態を犯した気がするが、きっと気のせいだろう。
 何せ、傍らにいる当人ですらクザンの様子に気付いてはいないのだ。
 自分を落ち着かせるために飲み込んだシェリー酒が、クザンの胃をやいていく。

「言うのを忘れてたな。誕生日おめでとう、クザン」

 唐突に開催されたと思っていた飲み会が実は自分の誕生祝いの場だったとクザンが知ったのは、時間が進み、酒で少しふらついたころだった。
 何人かが祝いの言葉をくれて、何人かが贈り物まで渡してくれるのを、酔いの回った口でどうにか礼を言って受け止める。
 しかし、誰が最初に言い出したのか知らないが、無意識とはいえ一番とんでもない贈り物をくれたのは間違いなくナマエだと、酔っ払ったクザンは思った。



end


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