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狡い男
※無責任な上司がまだ海兵さん
※クザンさんが不在
※映画『Z』キャラが名前だけ登場



 ナマエと言う名前の彼が、どこかとらえどころの無い男であることをつるは知っていた。
 海軍に入ったわりに正義感に燃えるわけでもなく、その体が化物のように強いわけでもない。
 まるで全部を知っているような顔で話をすることはあるが、そんな筈がないことはつるだって分かっている。
 もしもそうなら、『友人』の家族が海賊の凶刃の前に散るのをなんとしてでも防いだだろう程度に、ナマエは友人思いな男だ。
 そして、ナマエは狡い男でもある。

「……また、他の奴に手柄譲ったって?」

「あれ」

 書類を届けに来た、今は『部下』の一人となった相手を見やって言ったつるに、ナマエが軽く頭を掻く。
 先日の遠征で、ナマエは最初その責任者として名前を連ねていた筈だった。
 しかし、声の大きい男が一人、『自分が』と主張した途端、ナマエはそれを相手へ譲ったのだ。
 もはやこれが何回目になるのか、数えたくもない。
 評価を受ければ上へ進めるのが海軍の常識だ。
 野心に溢れたその男のことは今は置いておくとして、つるが眉を寄せているのは、せっかくつるがその足元へ設置した階段をまたも迂回した馬鹿者に対するわずかな苛立ちからくるものだった。
 まだ海軍に残っている同期達のうちで、ナマエの肩書が一番低い。
 それが実力に伴ってのものならつるだって何もしないが、ナマエがわざとそうしていると言うことはつるの目から見て明らかだった。

「怒らないでくれよ」

 否定も肯定もせずに、困ったように笑いながら、ほら書類、とナマエがつるへ書類を手渡す。
 海軍に入った時よりはこなれてきた字が綴られているそれを見やり、つるの口からは溜息が漏れた。

「怒っちゃいないよ。呆れてるだけさ」

「酷いなァ」

「ヒドイのはどっちだろうね」

 以前、つるが『何故』と聞いた時、『責任を持ちたくないんだ』とナマエは口にした。
 上へ行けば上へ行くほど部下が増える、その責任を持ちたくないと男らしくない本音をナマエが漏らしたのは、恐らくつるに対してだけだろう。
 センゴク達にそんなことを言えば、まず間違いなく頭に拳骨を落とされることくらい、ナマエもつるも分かっている。
 まったく、と舌打ちするように声を漏らして、つるの手がぱらりと書類をめくる。
 その一番後ろには、ナマエの下から離れていくことになりそうな評価をうけた、何人かの彼の部下の名前があった。
 その中に、ついこの間部下になったばかりだったはずの氷結人間の名前を見つけて、へえ、とつるの口が声を漏らす。

「この子はもう次に行くのかい」

 ナマエのつけた評価に間違いが無いと言うことはつるも知っている。
 書類に落としていた視線をつるがナマエへ戻すと、誰のことを言っているのか気付いたらしいナマエが、ああ、と一つ頷いた。

「クザンは海軍大将になる奴だからな」

「おや、そりゃあまた、でかく買ってるね。お気に入りかい」

 そんな風に言われて、つるがぱちりと瞬きをする。
 確かにあの自然系の能力はどうしようもなく強大だが、それと『海軍大将』とはまた別の問題だ。
 人に慕われ、評価を受けなければそうはならないだろうし、伝え聞く限り態度は良好であるようだが、それがいつまでも変わらないとは分からない。
 けれどもつるが言葉に含ませたそれらを受け取ったうえで、ナマエは一つ頷いた。

「大丈夫だ、なるよ」

 賭けたっていいけど俺の勝ちだ、なんて確信に満ちた声を放ち、わずかに微笑んだナマエの顔に、つるはじっと視線を注いだ。
 どうやら、目の前の男は、自分の手元から離れていくこの海兵がお気に入りであるらしい。
 そう把握して、ふ、とつるの口元にも笑みが浮かぶ。

「そんな風に微笑まれちゃうと、ドキドキしちゃうな」

「何言ってんだい、そんなこと思ってもないくせに」

 微笑んだつるに寄越された軽口へつるが言葉を放つと、またそんな風に決めつけて、とナマエが傷付いたように身を竦めた。
 しかしその顔には笑みが浮かんでいるので、様子の割に何とも思っていないことはつるにだって分かることだ。
 つるの目の前に立つ男は、狡い男だった。
 どうしてそんなにも責任を負いたくないのか。
 それは、つるの予想の通りなら、いつかこの海軍から『逃げよう』と思っているからだろう。
 もしもそうなれば、調べさせても出身地すら分からないナマエが、『どこ』へ帰るのかもつる達には分からない。
 今はマリンフォードに住居を構えているが、退役後も、となると所帯を持つどころか恋人の一人も作らないナマエには求められない話だ。
 ナマエ自身が知れば『俺一人辞めたって変わらないだろうに』と言って笑うだろう。
 確かに、ナマエはどちらかといえば非力だが、つる達が知らないような『知識』を持ち、それをうまく活用することに長けた男だった。つるも密かに、その規格外で常識外れな考え方をするところを高く評価している。
 だからこそ、出来るなら本人が逃げようとする前にがんじがらめにしてやりたいのだ。
 周囲はどんどん昇進していき、腐って辞める同期達もいた中で、あえてその立場を選んで海軍に残るナマエを、自分達の近くに引き止めるにはどうすればいいか。
 自分の友人達がそんな策を巡らせていることを、恐らくつるの前の男は知らないだろう。
 わざと複数人の美人を近くへ配属させてみても靡かなかったし、手を回して女のいる飲み屋へ行かせてみても同様だった。
 それなら男かと気を回して観察してみても、つるの知る限り、ナマエから誰かに対する反応が出たことはない。
 唯一反応したのはサカズキとボルサリーノに関してだが、その二人はゼファーが高く評価しているうちの二人で、その噂を聞いたと世間話を仕掛けた程度だった。
 ナマエは他人に興味のない男である。
 つるやセンゴク達に対しては『友人である』という認識を抱いているようだが、それだけだ。
 そのナマエが、つるの知る限り初めてここまで高く評価した相手の書類をもう一度改めて、ふん、と軽く鼻を鳴らす。

「まあ、ゼファーの方からも話をきいとくよ。根性のある奴かどうかってことはね」

「まだ名前が出てないのか? クザンの方はゼファーを慕ってるみたいなのに、酷い奴だなァ、あいつも」

 つるの言葉に眉を寄せて、ナマエが不満そうに言葉を零す。

「何でそんなことが分かるんだい」

「一昨日、クザンを飲みに誘ったんだ」

 尋ねたつるへ、ナマエはこれまた珍しい回答をした。
 普段から高くて珍しい酒を舐める程度で、誘われなければ酒場に足を踏み入れもしない男がわざわざ部下を誘って酒を飲みにいくだなんて、つるは初めて耳にした。

「珍しいね」

 だから思わずそう言えば、ほら俺の数少ない部下だしな、とナマエが笑う。
 他の部下達にはそれをやっていないだろう、と指摘するのは止めて、書類へ置いたつるが、それで? と先を促した。

「飲んでる時にゼファーの話がよく出たし、あいつがよく飲んでる酒を教えたらそれからずっとそればっかり飲んでたぞ」

 だからクザンはゼファーを慕っていると思う、と続いた言葉に、そうかい、とつるは相槌を打った。
 元海軍大将であり今は新兵達の戦闘訓練教官を生業としているかの男が、下に慕われる男であることは誰の目にも明らかだ。
 サカズキもボルサリーノも、能力者でもない相手に一目置いている。
 恐らくナマエの部下である『クザン』もそうなのだろう、と把握してから、つるは軽く手を組んで、肘で立てたそれの上に軽く顎を乗せた。

「なんだい、本当にお気に入りじゃないか」

 高く評価して、自ら誘って酒の席まで設けて、慕っている相手が気に留めていないことに不満を持つ。
 見た目からして血のつながりが無いことは明らかだが、まるで身内のような気に入りようだ。

「そうか?」

 しかし本人にはその自覚が無いのか、軽く首を傾げた相手に、そうだよ、とつるが一つ頷く。
 これは、ナマエを海軍へ引き止める為の手段の一つとして、覚えていてもいいかもしれない。
 コートを掴んで引っ張ったってただそれを脱いで逃げていくだけだろうが、靴の踵でも踏めれば転んでそれも叶わないだろう。
 口元に笑みを浮かべたつるを見やり、先程とはうってかわって少しばかり眉を寄せたナマエが、失礼にも一歩足を引く。

「……クザンに何か意地悪でも企んでるのか? やめてやってくれ、今のあいつは真面目なんだから」

 それでも逃げ出しはせずに言葉を寄越した男に、若い男を虐める趣味は無いよ、とつるは優しげに言葉を吐いた。



end


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