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発覚した事実(1/2)
※『おてがみ』シリーズ
※『強制エンカウント』よりちょっと後
※超ペンギンに対する果てしない捏造



 からからと軽く音を鳴らしながら、自転車が海の上を渡る。
 漂う冷えた空気を吸い込んでから、ふう、とナマエは軽く息を吐いた。
 その目が、吐いた息が白く凍って流れていくのを見送って、ふるりと体を震わせる。

「この辺は寒いですね、クザンさん」

「そうだねえ」

 ナマエの言葉へ、自転車をこいでいた大男が適当な声音で返事をした。
 けれどももはやいつものことであるそれを気にすることなく、夏島から出発するときは暑くてうんざりした自分の服装を見下ろして、男の後ろでナマエが頷く。

「クザンさんの言うこと聞いてて正解でした」

 言いつつ身じろいだナマエに気付いて、自転車をこいでいた大男の足が少しばかり動きを緩めた。
 速度が落ちた自転車の後ろで、おとなしく座ったままのナマエは腰に巻いてあったマフラーを片手でほどく。
 そのままするりと首へ巻いていく青年のもう片方の手は、クザンと呼んだ男の服を軽く掴んでいる。

「ちゃんと巻いた?」

「はい」

「そう」

 寄越された言葉にナマエが答えると、クザンが頷く。
 その目が何か言いたげにちらりと自分の体を見下ろして、しかし何も言葉の漏れなかった口がため息を零した。
 冷え切った海の上で、白く凍った吐息が離れていくのを、後ろに座っていたナマエが眺める。
 つい最近新しくした自転車に縦列して座るナマエとクザンの間には、少しばかりの隙間がある。
 ほんのしばらく前だったら、安心と安全を求めてぴったりとくっついていた距離だった。
 何せナマエとクザンが行くこの海は、偉大なる航路と呼ばれる、危険生物が盛りだくさんの場所なのだ。
 クザン一人なら退けられるだろうそれらに襲われたとき、底までどれほどあるかもわからない海に落ちてはたまらないと考えたナマエは、大体いつだってしっかりとクザンにしがみついていた。
 クザンの方もそれを嫌がったり拒絶することもなく、ナマエが眠り込んだ時にはナマエの袖を結び合わせてくれていた筈だ。

『だって、暑いじゃないですか』

 夏島を離れるとき、そう言って服をつかむだけにとどまったのを思い出して、ナマエはちらりと自分の両手を見やった。
 いまだにしっかりとクザンの服をつかんでいるその手を見つめ、やや押し黙ってから、その口が少しだけため息を零す。

「……クザンさん、キャメル、いい子にしてますかね?」

「あいつもガキじゃねェんだし、大丈夫でしょうや」

 それから何かをごまかすように紡いだナマエの言葉に、クザンからは追求ではなくあっさりとした返答だけが寄越された。







「あららら」

 辿りついた冬島で、入り江の奥側へと進んでようやく自転車をとめたクザンの口から、そんな風に声が漏れた。
 その目が向けられた方を同じく見やって、ナマエもわずかに目を丸くする。
 二人がそろって視線を向けた先には、一つの大きな雪の塊があった。
 それが無機物ではなく生きているものだとわかるのは、白い雪の隙間からのぞく黄色と桃色の二色に分かれたくちばしと、わずかに上下して動くさまがあるからだ。

「キャ……キャメル……?」

 大きさからみて間違いなくここへ残した仲間の一人だと判断して、呼びかけたナマエがそろりとクザンのまたがっている自転車を降りた。
 さくりと雪を踏みつけて歩きながら、そろそろと近付いたナマエの手が、白い雪の塊に触れる。

「キャメル? 寝てるのか?」

 尋ねつつ、雪山に比べて小さな手がそれを揺らすと、ふるり、と白い雪の塊が揺れた。
 それに気付いたナマエが身を引くより早く、もそりと音を立てて雪山が動き、ナマエのほうへ向けて白い雪たちが倒れ込んでくる。

「わっ」

「おっと」

 驚いて声を上げたナマエの体が後ろへと引っ張られて、その背中が大きな何かにぶつかった。
 よけきれず少しかぶってしまった雪が、傍らから伸びた大きな掌に払われる。

「ちょいと、埋まっちまったらどうすんの」

 もう少し気ィつけなさいや、なんてわずかに笑い声を含んだ言葉を寄越されて、ナマエは後ろを振り仰いだ。
 ナマエを雪の強襲から救った男が、自分の体にもたれかからせるような恰好でナマエを支えながら、その唇にわずかな笑みを浮かべている。
 見上げた先のその顔へ目を見開いたナマエは、すぐさまその目をクザンから逸らし、『ありがとうございました』と早口でまくしたてながら慌てた様子でクザンのそばを離れた。

「キャメル!」

「……く〜?」

 そうして、雪山の中から現れたコントラストの美しい大きなペンギンへ呼びかけ、相手がぱちりと目を開いた。
 いまだに体の半分ほどを雪まみれにした超ペンギンが、ぱちぱちと瞬きをしてからナマエを見下ろし、そしてぱあっとその目を輝かせる。

「く、くーう!」

「ただいまー」

 まるで超ペンギンと会話でもしているかのようにやり取りしながら、ナマエが超ペンギンへ向けて両手を広げて近づいた。
 雪まみれの相手に関わずやってきた相手を受け止めて、くぅ! と鳴き声を零したキャメルの両翼がナマエを抱きしめる。
 ほんの一週間離れただけの仲間たちの感動的な再会に、やれやれとクザンが頭を掻いた。
 それからその目が超ペンギンと抱擁を交わすナマエの背中を眺めて、少しばかり何かを考え込む。

「くう!」

 しかしそれを遮るように鳴き声がクザンへ向けて放られ、それに気付いたクザンが視線を向けると、ナマエを抱きしめていたはずの超ペンギンが、片方の翼を広げて期待をその顔に浮かべていた。
 ぱたぱた、と少し翼を揺らされて、仕方なくクザンの足もナマエと同じくキャメルへ向かう。
 近寄ってきたクザンへ嬉しそうな目をして、超ペンギンは片方の翼でクザンの体を巻き込むように捕まえた。
 ぐいぐいと引き寄せられ、仕方なくされるがままになったクザンの顔が、超ペンギンの羽毛にわずかに埋もれる。

「くーう!」

「あーはいはい、ただいま」

「く!」

「クザンさん、心がこもってないですよ!」

 寄越される鳴き声へ適当に相槌を打ったクザンへ、超ペンギンとナマエの両方から指摘が飛んだ。
 手厳しいねとそれに笑って、ぽんぽん、と自分を抱くキャメルの翼を軽くたたいたクザンが、ナマエより先にその抱擁から解放される。

「一週間ぶりじゃねェの。見たとこ怪我はしてねえみたいだけど」

 そうしてきょろりと自分より大きな相手を見回して言葉を零したクザンへ対し、くう、と超ペンギンは返事をしながら敬礼をした。
 見様見真似のそれにクザンが笑って、それからさらに周囲を見回す。
 何かを確認するようなクザンの様子に、いまだにキャメルに抱かれたまま、ナマエも同じく周囲を見回した。
 二人と一匹のいる入り江は積雪で白く凍ってはいるものの、『夏島』という環境へ行くと決めてキャメルをここへ残してきたときと、何も変わっていないように思える。
 何かあったのかと首を傾げたナマエの体がようやく解放されて、ナマエはクザンのほうへと体を向けた。

「クザンさん、どうかしたんですか?」

「……いや、わざわざ雪に埋もれて隠れてたんなら、何か怖いもんでも出たのかと思ったんだが」

 言葉を零してナマエとキャメルのほうへ視線を向けたクザンが、軽く笑う。

「ただ寝てただけだな、こりゃ」

「くう!」

 放たれたクザンの言葉に、どうしてかキャメルが胸を張った。
 威張ることじゃねェでしょうや、なんて言ってさらに笑い、近寄ったクザンの手がキャメルの羽毛から軽く雪を払う。
 それを見上げたナマエも同じくキャメルの体から雪を払い落として、ぱさぱさと足元へ積もっていく雪に息を吐いた。

「こんな寒いところ、早く出ないと風邪ひいちゃいますね」

「まあ、そうだろうね」

 ナマエの言葉に、クザンが相槌を打つ。
 飯食ったら出発しようか、と手を動かしながらクザンが言うと、キャメルが大きく頷いた。
 それからその目が、はっと何かに気付いたように海へと向けられ、座り込んでいた大きな体が素早く立ち上がる。

「あれ、キャメル?」

「……くう!」

 どうしたのかと戸惑ったナマエへ鳴き声を零し、クザンとナマエの間にでんと横たわった超ペンギンは、雪で滑らかに凍った浜辺をするりと滑った。
 そのまま勢いよく海へと突撃していった大きな相手に、ナマエが目を丸くする。
 ばしゃんと大きく水しぶきが上がり、あららら、と声を漏らしたクザンの手がわずかに飛び散った水滴を氷の粒へと変えた。




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