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なんだっていっしょ!
※おてがみ主人公とクザンがグランドラインのどこかを逃亡中



「…………あ」

 小さく声を漏らしたナマエに、どうしたの、とクザンが視線を向けて問いかけた。
 久しぶりに辿り着いた島の外れで打ち捨てられていた小屋を見つけ、数日はここでのんびりしようと言葉を交わしてから、まだ数時間しか経っていない。
 近くに町はあるものの、買い出しに行くのは人目の少ない夜にしようかと話してから、それまでの時間をつぶすべく昼寝を始めようとしたクザンの隣に座っているナマエは、その手に一冊の小さな本を持っていた。
 クザンから見ると『白い本』にしか見えないそれは、ナマエにだけ読める起こるはずだった未来を記した『予言の書』の一つだった。
 今はもう外れてしまった未来についてが書かれた、いくつかの本のうちの一冊だ。
 それを見下ろしてしげしげ眺めたナマエが、ちらりとその視線をクザンへ向ける。
 それを見やって、アイマスクに指を掛けるところだったクザンが首を傾げると、やや置いて傍らの青年は立ち上がった。

「クザンさん、俺ちょっと出かけますね」

「…………は? どこに?」

「町です。すぐ戻りますから、気にしないで休んでてください」

 きっぱりとしたその言葉に、クザンの手がすぐさまナマエの足を掴まえる。
 歩き出そうとしたナマエは、自分の足をがっしりと掴んでいるクザンの手を見下ろして、その眉間に軽く皺を寄せた。

「放してください」

「いや、いやいや、何考えてるのナマエ。町に何しに行くって?」

「買い物です。ちょっと欲しいものがあって」

「欲しいもの?」

 尋ねつつ、足を掴んだままでむくりとクザンが身を起こす。

「何が欲しいの?」

「え? いや……その、大したものじゃないんですけど」

 尋ねたクザンに、ナマエはどうしてか歯切れの悪い声を出した。
 体を起こしたクザンが少しばかり見上げている目の前の相手は、今この新世界で誰よりも話題になっている『賞金首』の『一般人』だ。
 海軍最高戦力の一人である大将青雉を唆して海賊王の血を引く海賊を処刑から逃がさせた、という恐るべき罪状を持つ青年である。
 いくらここが新世界にいくつも広がる航路の外れで、海賊がめったにやってこないせいか少しのどかな様子で、海軍支部すら近くに無いからと言って、その顔を町中で晒して歩けば簡単に賞金稼ぎに狙われてしまうに違いない。
 そうでなくても、善良なる市民によって通報されるのが関の山だ。
 クザンは今まで、ずっと、巻き込んでしまったナマエを守ってきた。
 これからもそのつもりであるし、わざわざ一人で危ないところに行きたいというのを止めないはずが無い。
 いっそ二人で行けばいいのかもしれないが、日中の町中ではどうしても人目に付くことをクザンは知っていた。
 いくらただの一般人であるとは言え、ナマエにもその程度の知識はあるだろう。
 なのになぜ、と問う代わりに、クザンの口が動く。

「……一緒に行くから、何か欲しいものがあるんなら、せめて夜まで待ちなさいや」

 囁いたクザンに、む、とナマエはその眉間のしわを深くした。
 それでも、自分の言動が少々無茶である自覚はあるのか、それ以上無理に足を動かそうとすることもなく、わかりました、と小さく呟く。
 それを受けてクザンが手放した足を組みながら元通りに座り込み、その上に先ほどの本を乗せて、仕方なさそうにぱらりともう一度それをめくったナマエへ、はあ、とクザンは安堵したような息を吐いた。
 それから、少しばかり身を屈めて、ナマエが広げている物を見下ろす。
 けれどもやはり、それはクザンにとってただの『白紙』の本だった。
 少々紙が傷んでいるのは、ナマエが繰り返しその本を開いているからだ。
 どうやら『予言の書』達は、ナマエにとっては娯楽本の一つであるらしい。

「…………そこ、何が書いてあんの?」

 何となく気になって、傍らからクザンがそんな風に問いを落とす。
 寄越された言葉を聞いて、自分が傍らから覗き込まれていると気付いたナマエがぱたんと本を閉じた。

「内緒です」

 先ほどまでの不本意そうな表情をもう隠して、誤魔化すような笑顔で放たれた珍しい返事に、あらら、とクザンは声を漏らした。
 いつもならさらりと内容を口にしてくれる癖をして、どうやらナマエはそこに書かれている内容をクザンに伝えたくないらしい。
 クザンにはどれも同じようにしか見えないが、もしかすると、他の本とその本は何かが違うのだろうか。
 少し考えてみたものの、クザンにはその判断すらつかなかった。
 本の内容を、クザンはナマエの口伝てにしか知らない。
 ナマエが『教えて』くれないのでは、当然ながら知りようがないのだ。
 子供の様に拗ねて見せればナマエも口を開くかもしれないが、そうするには年齢を重ねすぎたクザンは、ただ物わかり良く『そう』と頷いた。
 そうしてもう一度体を横たえて、伸ばした長い手で降ろされていたナマエの片手を掴まえる。
 それに気付いてクザンを見やったナマエが、軽く瞬きをしてから自分の手を引いて、ついてきたクザンの手を見やってからすぐに腕の力を抜く。

「クザンさん、相変わらず手ェ冷たいですね」

「そりゃあ、氷結人間だからねェ」

 クザンの言葉にそうですかと頷いて、ナマエの手がわずかに動き、床に触れていた掌が上を向いた。
 その身に宿る悪魔のおかげで通常より低い体温のクザンの手がクザンのそれより小さな手に軽く捕まれて、そのままじんわりと温められる。
 ゆるゆるやってきた眠気にあくびをかみ殺してから、クザンの空いた手が自分の額に置いたアイマスクで両目を隠した。

「あー……面倒だから、おれを置いてかないように」

 とりあえずそんな言葉を放って、ついでに『おやすみ』と挨拶も紡ぐと、見えない場所でナマエが笑ったような気配がする。

「わかりました。おやすみなさい、クザンさん」

 小さく囁く声が聞こえて、安心させるようにナマエの手が先ほどより少し強めにクザンの手を握る。
 触れたところから伝わってくるそのぬくもりを逃がさぬように自分も少しばかり手に力を込めながら、クザンはそのまま眠りの淵に意識を沈めた。







 クザンが目を覚まし、アイマスクを押し上げた時、目の前にあったのはナマエの顔だった。

「…………ん?」

 声を漏らしてから、いつの間にか横を向いてしまっていた自分の体をのそりと起こす。
 あたりはすっかり暗くなっていて、明るい月光がカーテンも無いほこりまみれのガラスの向こうから室内を照らしていた。
 見やればまだクザンの右手はナマエの左手を掴まえていて、まるで逃がさないとでも言うように自分に比べて短いナマエの指の間に自分の無骨な指を差し込んでからめとっていた。
 男相手に何をしてるんだと自分へ小さく笑ってから手を解けば、その動きで眠りが浅くなったらしいナマエが、ううん、と声を漏らす。
 やや置いてからその目がぱちりと開かれて、まだ眠気の覚めてないらしいぼんやりとした視線がゆるゆると目の前の体を辿ってクザンを見上げ、それから少しかすれた声がその口から漏れた。

「…………クザンさん?」

「おはよう、ナマエ」

 夜に交わすには不似合いな挨拶を落としたクザンを見上げて、おはようございます、とぼんやりと返事をしたナマエも起き上がる。

「……あー……俺まで寝ちゃったんですね」

 まだぼんやりした声で呟きつつ軽くあくびをしたナマエへ、そうみたいね、とクザンは頷いた。
 ちらりと時計を見やれば、そろそろいい頃合いだ。
 買い物に行こうか、と告げつつ立ち上がろうとしたクザンの片手が、軽く引っ張られる。

「ナマエ?」

 すぐ傍にはナマエしかいないのだから、犯人は分かりきっていた。
 立ち上がろうとした不自然な体勢のままで動きを止めたクザンが見やれば、ナマエの手が先ほど離れたばかりのクザンの右手の手首を掴まえていた。
 引き止めたクザンを見上げて、ナマエが少しばかり困った顔で笑ったのが、月光に照らされてクザンの目に映る。

「寝るまで考えてたんですが、全くいいのが浮かばなくて」

「……何が?」

「まあ、そんなにいいもの買えるわけでもないんですけど」

 だって今の俺じゃ働けませんもんね、と呟いたナマエに、何が言いたいのだろうかとクザンは首を傾げた。
 確かに、今のナマエはつい最近賞金首になったばかりだ。
 しかもその額はとてつもなく高額で、下心なく雇ってくれる雇用先など無いに等しいだろう。
 けれども、ナマエがベリーに困ることなど無いようにクザンは気を配ってきたし、ナマエに不自由をさせているつもりもない。
 旅の路銀は高給取りだったクザンがほぼ出しているし、ナマエがクザンのそばで働いていた間の『給与』は殆どそのまま持っていると、つい最近ナマエは言っていたはずだ。

「……あー……何の話?」

 ナマエが言いたいことが掴めず単刀直入に尋ねたクザンへ、ナマエが先ほどより笑みを深くして応えるように口を動かした。

「クザンさん、誕生日プレゼント何がいいですか?」

 もう聞くしかないと思うんですよね、とあっさり呟いた彼の言葉に、クザンは不思議そうに目の前の顔を眺めた。
 それから今日が何月の何日であるかを思い出し、今月で自分の年齢が一つ増えるのだということに思い至る。

「あらら……よく知ってたな。そういやもうじき誕生日だ」

 ある程度の年齢を超えてからは、大して気にも留めなくなっていたが、確かにあと数日でクザンの誕生日だった。
 どうやらあの『本』達を所持しているナマエは、クザンの誕生日すらも把握していたらしい。

「もしかして、昼間のアレって何か買ってくれるつもりだった?」

「そうですよ。サプライズしようかと思って」

 でも諦めました、と言いつつクザンの手を放したナマエへ、そりゃ残念、とクザンは肩を竦める。
 クザンさんが邪魔したんじゃないですか、とそれを非難してから、よいしょと立ち上がったナマエがまだ立ち上がりきれていないクザンを見下ろした。

「よくよく考えたら、自分が欲しいものを貰うのが一番ですよね。ちゃんとリボンかけて包装してもらいますから、誕生日までに何が欲しいか決めてください」

「…………中身が分かってんのに、包装したってしょうがないんじゃないの?」

「こういうのは気分ですよ、気分。あ、俺が何か日持ちする甘いものも買いますから」

 本当はケーキがいいでしょうけど当日島にいるとも限りませんよね、と呟くナマエの顔は、少しばかり残念そうだ。
 それを見上げて目を細めたクザンは、ひょいとその場から改めて立ち上がり、自分よりずいぶん小さい青年を見下ろした。

「誕生日プレゼントなんて、随分久しぶりに貰う気がするんだけど。何がいいんだろうなァ」

「そりゃ、クザンさんが欲しいものですよ」

 呟いたクザンを見上げて答えたナマエは、そのままあっさりとクザンに背中を向けた。
 身を屈め、島へついて町中へ歩くときは必ず着ている外套を着込むナマエを見やって、欲しいもの、とクザンの声が口の中だけで言葉を紡ぐ。
 クザンが海軍で過ごしていた間、クザンが欲しがった物はそれなりに彼の手元に集まった。
 どうしても欲しくてそれでも手に入れられないものもあったが、守りたいものも守るべきものも、クザンは両手に抱えられる限られた数だけ持っていた。
 そのうちの半分と半分を天秤にかけて、残った片方に含まれていた青年が、窓の外からの光の下で外套を着終えて、ちらりとクザンを見上げる。

「? どうかしましたか、クザンさん」

 不思議そうな問いかけに、別にどうもしないけどと呟いてから、クザンは少しばかり考えて言葉を続けた。

「あー…………面倒臭いし、ナマエがオメデトウって言ってくれるんなら、それでいいんだけど」

 思えば、正面から祝われるのも久しぶりだ。
 少し想像してみて、ちょっとくすぐったいかもしれない、なんて考えたクザンを見上げたナマエが、怪訝そうな顔をする。

「何言ってるんですか、『おめでとう』を言うなんて当然ですよ。プレゼントにもなりません」

「あららら……」

 どうやら、ささやかなクザンの望みなど、ナマエにかかればあっさりと叶えられることであったらしい。
 言い放ったナマエを見下ろして、そいつァ嬉しいねとかつての海軍大将が笑う。
 いつもよりも穏やかなその笑みにますます不思議そうにしたナマエは、それから少し眉を寄せて、誤魔化してないで欲しいものをちゃんと決めてくださいね、と無茶を言った。




end


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