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突発リクエスト1

 何がどうしてこうなった。
 自問してみたが、答えが見つからない。
 俺はちらりと傍らを見やった。

「…………」

「………………」

 指一本で俺を殺せそうな海軍大将赤犬が、トレードマークのバラを胸にキャップを被って俺の隣を歩いている。
 その手が持っている荷物は、本来なら俺が持っていた荷物のはずだ。
 重かった。ものすごく重かったのだが、赤犬は片手で軽々と持っている。恐ろしい。どういう怪力だ。
 いや、今の問題はそこじゃない。
 今日は、いつも仕入れ品を運んでくる業者が休みを取っていた。
 家族旅行は大事だ、俺もうちの店員もオーナーも何も言わなかった。
 なので、今日は昼まで店を休みにして、料理の用意をしているオーナー以外の全員で手分けして仕入れ品を運んでいたわけだ。
 どこかの海軍の偉い人がよく来るようになったおかげで宣伝効果があったのか、オーナーの店は大繁盛だ。
 すなわち仕入れ品の数も半端無いということで、漫画の世界なら軽々運べるような荷物も、ただの日本男児である俺には少々物理的に不可能な量だった。
 それでも、小分けにして運んでいけば終わるものだからと、せっせと運んでいたのだ。
 最後は少し多かったが、えっちらおっちらふらふらとどうにか運んでいた。その途中で海軍大将赤犬と遭遇した。
 そして、今に至る。
 何故うちの客である赤犬が仕入れ品を運んでいるのかって?
 俺が聞きたい。

「…………あの」

 とにもかくにも静か過ぎる道中に耐えられなくなり、俺はそっと口を開いた。
 隣を歩く赤犬は、当然だが返事をしないしこちらへ注意も向けてこない。
 何だか今ものすごくめげそうだ。
 だが、自分から声を掛けたのに何でもありませんと引っ込めるわけにも行かず、俺は荷物を抱えて歩きながら口を動かした。

「すみません、手伝ってもらっちゃって」

 とりあえずそう言って、様子を窺ってみる。
 歩いているから、赤犬はいつものように俺のことを睨むことが出来ないようだ。
 いつもこんな風にそっぽを向いていてくれたら、もう少し接客がしやすいんだがなと、その横顔を軽く見上げてそんな失礼なことを考える。
 俺を睨む赤犬の視線はどうしようもなく恐ろしい。
 はっきり言って消耗する。今日こそ何か罪状を連ねられて連行されるんじゃないかと思ったことも、一度や二度じゃない。
 俺が働いている店の常連になった海軍大将は、少ししてから俺のほうをちらりと見やり、すぐにまた目を逸らして口を動かした。

「…………別に、おどれのためにやっとらん。わしのためじゃァ」

「あ、はい。ですよね」

 低く吐かれた声に、とりあえず相槌を打った。
 そこで会話が終了する。
 全く持って続かない。むしろ、赤犬側は続けたくないんじゃないかと思えて来たので、俺は大人しく口を閉じた。
 けど確かに、俺と赤犬の持っている荷物を運べなくては店が開かないしオーナーの料理だって食べられないんだから、赤犬にとっても都合が悪いのかも知れない。
 なんだかんだで通ってきてくれるということは、オーナーの料理が気に入ったってことだろう。
 そこまで考えて、あれ、と俺は首を傾げた。
 そういえば、まだ時刻は昼前だ。
 いつも赤犬が来る時間に比べると、随分早い。
 今からくると、丁度ラッシュの時刻だ。
 昼休みの時間が早まったんだろうか。大将にもそんなことがあるのかよく分からないが、とりあえず今日は混雑を覚悟しないといけないだろう。何せ赤犬は海軍大将だ。すなわち有名人なのだ。
 俺がそんな悲壮な決意をしている間に、俺と赤犬は揃って店へと辿り着いた。

「あ、こっちです」

 裏口へと赤犬を誘導して、先に歩く。
 店の裏手にある路地へ入ってすぐのところで、扉の傍まで近付いたところで、俺は後ろからの足音が止まったことに気がついた。
 自分も足を止めて振り返ると、俺より少し離れたところで足を止めた赤犬が、持っていた荷物を路地脇に並んだ樽のうえに乗せたところだった。
 どすりと、とても大きな音がする。

「じゃあのォ」

「あ、あれ? もう店開きますから、中で待っててもらっても大丈夫ですよ」

 そのまま背中を向けようとする赤犬に、俺は慌てて声を掛けた。
 けれども赤犬は軽く首を横に振って、俺の言葉へ返事を寄越す。

「わしは、人が多いのは好かん」

 随分な部下を抱えているはずの海軍大将は、そんな風に言ってそのまま歩いていってしまった。
 来た道を戻っていくその背中を、呆然と眺めて見送る。
 俺の視線に気付いた様子も無く、赤犬は一度もこちらを振り返ることなく、そのまま路地から出て行ってしまった。
 ここまで一緒に来たのに帰っていくというのは、つまりすなわち、ただ俺のことを手伝ってくれただけだということだ。
 そんなことをしたって、赤犬に何のメリットがあるわけでもない。
 むしろ、ラッシュ時の混雑を緩和できそうな状況からして、俺や店や同僚やオーナーにだけありがたい行動だ。
 結局、あの行動は一体なんだったんだろう。
 まさか本気で、俺を手伝ってくれただけだったんだろうか。

「………………あ、お礼……」

 そんな風に考えてから数秒を置いて、俺は自分が失敗していたことに気がついた。
 まだ、ありがとうも言っていない。
 しまった、と頭を掻いてみても、今から追いかけて追いつけるかどうかも分からなかった。それに、そろそろ俺も手伝いに入る時間だ。
 あの分だと今日は来ないかも知れないが、いつもの通り明日には同じ時間に来るだろう。いや、もしかしたら今日も後で来るかもしれない。
 お礼を言うのはそのときにするしかなさそうだ。
 それに、労働してもらったんだから何か対価を払う必要がある。社会と言うのはそういうものだ。
 けれども、金だったら赤犬のほうが持っていそうだった。

「…………ううん……」

 ほんの少し悩んだ俺は、とりあえず赤犬が来たら何か御礼をさせてくれないか聞いてみようと決めて、抱えていた荷物を持って一度店へ入ることにした。
 来たら来たでずっと睨んでくるんだろう海軍大将赤犬へ、自分から話し掛けてみようと思ったのは初めてだった。




end


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