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デートの約束です
※変態気味主人公シリーズより



 ナマエは存外、人好きのしやすい男だ。
 大体において笑っているし、頼まれごとはあまり断らない。
 クザンの知っている悪い癖を除けば、もう少し強かったなら一般海兵の模範として置いておいてもよさそうなものである。
 顔立ちもそう悪くないし、はきはきとよく喋る。いうことが海兵らしくないことも多いが、事務方としての能力の高さは、クザンの同僚に『今度貸しとくれよォ』と声を掛けられるほどだ。
 『ものじゃねェんだから』と思わず呆れた声で呟いてしまったのは、以前相手側にナマエを引き抜かれたことのあるクザンの僅かな抵抗だった。
 それで笑って引っ込んだ筈の大将黄猿は、どうやら諦めたわけでは無かったらしい。

「おかえりなさい、クザン大将!」

 以前より期間の短くなった『散歩』を終えて、執務室へ帰ったクザンを出迎えに飛びかかってきたナマエは何ともいつも通りだった。
 しかしながら珍しく、その頭に制帽を乗せている。
 飛びついてきた相手を避け、先程クザンが閉じたばかりの扉にぶつかっている可哀想な部下を見やったクザンが、ひょいとその手を伸ばす。

「どうしたの、珍しいね」

 尋ねつつ帽子を奪い取ると、されるがままになったナマエが扉に体を懐かせたままで顔だけをクザンの方へ向けた。

「今日の午前中まで、ボルサリーノ大将のところにお伺いしてたので」

 ちゃんと制服着てこいって言われて行ったらサカズキ大将がいました、とぶつけたらしい鼻を押さえつつ寄越された言葉に、意味が分からずクザンは首を傾げた。

「ボルサリーノに? なんで」

「え? クザン大将には言っておくとおっしゃってましたよ?」

 尋ねたクザンへその体を向けつつ、ナマエの方もまた不思議そうだ。
 二日前です、と続く言葉はクザンがマリンフォードから出た頃の日付で、そう言えば子電伝虫がうるさかったなということをクザンは思い出した。
 しかしそれは海軍本部との連絡だけに使う子電伝虫で、面倒だったから手にはしなかったのだ。
 本当に急ぎだったならナマエが連絡を入れてくるだろうし、つい最近ナマエへ『新調したから』と言って新しく番号を教えた子電伝虫の方はとても大人しかったから問題は無かっただろう。
 あの連絡だったのか、と把握して曖昧に頷いて、クザンの足が自分の執務机に向かう。
 相変わらず真面目に働いていたらしいナマエの手によって、クザンの机には少量の書類が積まれていた。
 重要そうな順に並んでいるそれを上から眺めつつ、椅子に座ったクザンが頬杖をつく。

「ナマエからの報告はねェの?」

 『聞いていない』ことを誤魔化すように口を動かしたクザンの前で、は、と顔を引き締めたナマエが、慌てた様子でクザンの正面へと移動した。
 それから形式ばった敬礼までして、クザンへ向けて口を動かす。

「一昨日から今朝方まで、ボルサリーノ大将の執務室でお手伝いをしていました。クザン大将の決裁が必要な書類はそちらで全部です」

「へえ」

「あと、途中でサカズキ大将が書類を持ちこんだため、部屋がとても狭かったです」

 でも俺頑張りました褒めてくださいと、海兵がやるには到底ふさわしくないような言葉が続く。
 それを聞き、何となく執務室一部屋に海軍大将が二人も居座っている様子を想像してしまったクザンは、その場の緊張感までも想像してうんざりとため息を零したくなった。
 どうしてか海軍大将に物怖じしないナマエは気にしなかっただろうが、きっと大将黄猿の部下や給仕たちは胃の痛い思いをしたことだろう。

「いじめられなかった?」

「はい、二日間のお手伝いでしたが、とても良くして頂きました」

 クザンの問いかけに、ナマエが引き締めていた顔に微笑みを浮かべた。

「おやつも頂きましたし、それにクザン大将の話もたくさんしていただきました!」

「…………へえ」

 嬉しげに寄越された言葉に、クザンは少しばかり相槌を打つのに時間が掛かった。
 いくつか年上の同僚の顔を思い浮かべ、どっちつかずの誰かさんがいつもその顔に刻んでいる笑みを脳裏に描いてその眉間に皺が寄る。
 クザンより年上である彼は、新兵であった頃のクザンのこともよく知っている。
 さすがに人の失敗や何かを面白おかしく吹聴するような酷いことはしないだろうが、それでも自分のいないところで自分の話をされるというのは、どうにも気になることだ。
 何の話したの、と尋ねたクザンの前で、いろいろです、とナマエが答える。

「クザン大将がガープ中将によくあっちこっちに連れて行って貰っていたとか、上にも横にも下にも『友達』を作るのが上手なんだとか」

「…………」

「そのせいで放浪癖がついたに違いないだとか、落とすならクザン大将の『友達』から攻めてみるのはどうだとか」

「あららら、それも言っちゃうの」

「は! そうでした!」

 何でもかんでも口にする相手にクザンが呆れた声を漏らせば、敬礼を解いたナマエが慌ててその口を閉じる。
 それからその目が『聞かなかったことにしてください』と訴えてきて、それを受け止めたクザンの口からは溜息が漏れた。
 どうやら、二日ほどの間、勝手にナマエを『借りた』大将黄猿は、随分と好き勝手なことをナマエに吹きこんでくれたようだ。
 ひょっとしたら大将赤犬も参戦したのかもしれない。あまり噂好きでは無い同僚の一人を思い浮かべて、何のつもりなんだかと胸の内で零したクザンの背中が、椅子の背もたれへと押し付けられる。

「大体、今更そんな作戦取られてもね」

 『友達から』云々など、ナマエはすでに実行していることなのだ。
 ナマエの悪癖を放置するクザンを詰ってきた部下を思い出し、ついでにその傍らにいた彼の同僚の顔すら思い出して、クザンの唇がそんな風に言葉を紡いだ。
 同じ男であるというのに、ナマエはクザンを『好きだ』と言う。
 『結婚してください』なんていう冗談にしか聞こえないような愛の告白すらも日常茶飯事で、それをすげなく断ったり無視をするのがいつものクザンだった。
 当然ながら、どこでも堂々と告白をしてくるナマエのそれを、クザンの周囲の人間は大体理解している。

『どうしてはっきり言わないのかしら。ヒナ困惑』

 厚みのある唇に煙草を咥え、おおよそ上官であるクザンに対する態度とも思えない顔でクザンを見やった彼女の台詞に、断ってんだけどね、と呟いたのはあの日のクザンだった。
 そんなつもりも無い癖に、と更にクザンを詰った彼女を止めたのはクザンの直属の部下で、葉巻を咥えた彼が無理やり彼女に後ろを向かせた。
 それはアンタの自由だ好きにしろ、と最後に言葉を寄越して来た白猟の二つ名を持つ男も、今思えばどことなく非難がましい目をしていた気がする。
 いつの間にやら、あの二人はナマエと友好を深めていたらしい。幾度かあちこちの部隊を混ぜた演習などが行われているため、そこで知り合ったのだろうとクザンは思っている。
 ナマエが自分よりも誰かと親しい事実はクザンに奇妙な心地を抱かせたが、同じようにナマエと親しい海兵は、この本部の中にはいくらでもいた。
 給仕達、特に可愛らしい女性たちと友好を深めている様子も、幾度か見かけたことがある。
 女性嫌いというわけでもないナマエを『真っ当な道』に戻してやりたくて、一度はその前から姿を消すように本部から逃げ出してみたこともあるのだ。
 その結果として襲ってきた不愉快さすらも思い出し、眉間に皺を寄せたクザンの前で、ナマエが少しばかり不思議そうな顔をした。

「クザン大将?」

 ごめんなさい不快でしたかと、気遣わしげに寄越された声音に、別にそんなことねェけど、とクザンは答えた。
 しかし漏れた声には自分でも分かるほど低さが宿っていて、それを誤魔化すように軽く伸びをする。

「あー……そうだ、ボルサリーノのとこで食ったおやつ、何だった?」

「え? あ、ああ、チーズスフレと、昨日はお煎餅でした」

「へェ〜、おれも食いたかったなァ」

 真面目に働いておけばよかった、と口にしてはみるものの、それをご相伴に預かるためには海軍大将黄猿の執務室に赴いておく必要がある。
 海軍大将が三人も揃っている一部屋など、クザンが給仕だったならできれば入りたくない圧迫感だ。
 実現はしなかっただろう言葉を口にしたクザンを前に、どうしてかナマエがその顔を輝かせた。
 それに気付いてクザンが少しだけ目を丸くしたところで、そうおっしゃると思って、と言葉を零した彼がその手で自分の胸を叩く。

「大将の分、今朝出勤前に買ってきたんです! よかったらどちらか、今日のおやつにいかがですか?」

 同じものを買ったんです、どっちもとっても美味しかったですよ。
 そんな風に言ってにこにこと笑うナマエに、ぱちりと目を瞬かせたクザンは、それからその唇に微笑みを乗せた。
 椅子にもたれこんでいた姿勢を戻し、改めて執務机に頬杖をつきながら、目の前の相手を見あげる。

「それじゃあ、今日は真面目に働くことだし、そうしようかな。ナマエの好きな方にして。明日は残りの方で」

 座ったままでクザンがそう言うと、何やらとてつもなく嬉しそうな顔をしたナマエが、それじゃあすぐに用意します、と言葉を放った。
 それからすぐさま給湯室の方へ引っ込んでしまった相手を見やり、かちゃかちゃと聞こえだした物音に耳を傾けながら、クザンは机の上に積まれたままだった書類をめくった。
 先に大将黄猿の決裁が済まされたらしい書類を眺めて、普段回ってくる資料とは違う並びで作られたそれらを作った人間が誰だかを把握し、何となくその眉間にしわが刻まれる。

「……勝手にしてくれちゃって」

 『貸しとくれよォ』なんて言われたって、誰かさんはものではないし、何よりクザンはそれを了承した覚えがない。
 子電伝虫だって取らなかったのだから、それが伝わっていないことは相手だって理解しているだろう。
 その癖勝手にナマエを連れ出し、自分の仕事を手伝わせた同僚には、後で抗議をしてやらなくてはならないのではないか。便乗したもう一人の方も同罪だ。
 そこまで考えながら書類を一枚、二枚とめくり、だんだんと面倒くさくなってそれを放ったクザンの口から、またしてもため息が漏れる。

「……次は連れてくか」

 そうすると書類が随分とたまりそうな気もするが、最近の『散歩』の期間だったなら、きっとそれほどは負担にならないだろう。
 氷上を歩くことに慣れていないナマエは間違いなく転ぶだろうが、海の上では自転車から降ろさなければ問題ない。
 きっと本部の人間はナマエがいないことに多少動揺はするだろうが、もともとはどこぞの海軍大将達が悪いのだ。
 これは勝手なことをされたことが嫌だったのであって、それ以上の感情は何一つない。
 胸の内で自分を誤魔化すように呟いたところで、クザンの鼻をコーヒーの匂いがくすぐる。
 それに気付いて給湯室の方を見やると、ちらりとナマエの横顔が見えた。
 いつになく楽しそうな誰かさんのその顔に、誘ったらどんな顔をするかなと考えてしまったクザンの唇にも、わずかな笑みが浮かぶ。

「え……! い、いい、いいんですか!? 腹筋触り放題ですか!?」

「……」

 頬すら紅潮させてそんな馬鹿なことを言い出した相手にはわずかな後悔を抱いたが、寒さには弱いだろうと適当な理由をつけて寝袋に突っ込んだ相手を背負っていくという方向で、話はすべてまとまった。



end


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