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※ポッキーの日



「クザン大将!」

 声掛けと共に大きな音を立てて扉を開かれ、クザンはちらりと視線を向けた。
 ノックの一つくらいしなさいや、なんて言葉をクザンが投げれば、申し訳ありませんでした、と言葉だけはしおらしく謝ったナマエが、それから素早く扉を閉ざしてクザンの方へと近寄ってくる。
 飽きてきた書類の束を端へ押しやり、椅子に座ったまま行儀悪く頬杖をついたクザンは、それを見やって軽く首を傾げた。

「何かイイコトでもあった?」

 瞳をきらきらと輝かせ、その顔に微笑みすら浮かべているナマエの顔には、はっきりとそう書いてある。
 そしてクザンの問いに『はい』とはきはき答え、ナマエのその手が持っていた小さめの紙袋をクザンと自分の間に差し出した。

「俺は今、猛烈に感動してます! 人間って、考えることはみんな同じなんだと!」

「あららら、何だか知らないけど大げさだね」

 言いながらどうぞと袋の口を向けられて、クザンの手が紙袋をつまむ。
 何が入っているのかと覗き込み、その目は軽く瞬きをした。

「……何これ」

 呟いて、クザンはひょいと中身を一つつまみだす。
 ヒエヒエの実を食べた氷結人間の指先に挟まれたそれは、妙に細長い棒状のビスケット菓子だった。
 半分以上をチョコレートで覆われていて、先端を覆った丸みがつやりとほんの少しばかり光を弾く。
 漂う匂いにもう一度首を傾げたクザンの前で、お菓子です、とナマエは答えた。
 そんなものは見れば分かるよとそちらへ言い返して、軽く細長いそれを振ったクザンが、その目を菓子からナマエへ戻す。

「これの何が感動するわけ?」

 少し変わった形状だが、普段口に運ぶ菓子類と何か違いがあるようには感じない。
 しかし怪訝そうなクザンの前で、ナマエはとても嬉しそうな顔をしているままだ。

「俺の故郷にあったんです」

「……へえ?」

 そうして放たれた『故郷』の話に、クザンの眉がわずかに動く。
 クザンがナマエの『過去』を知らないと気付いたのは、ふとした出来事がきっかけだった。
 それからというもの、クザンはこっそりとナマエの語るそれらに注意を向けていて、少しずつ情報を収集している。
 面と向かってそれを問わないのは、それに気付いてから普段通りになったナマエへ『故郷の島ってどこの海?』と軽く尋ねた時に、ナマエが少しばかり困った顔をしたからだ。
 それ以来、クザンはナマエへまっすぐに問いを投げることを止めた。
 そしてその代わり、交わす雑談の中で情報を集めていくことにしたのである。
 小さな頃の話や、ほんのたわいもない雑談からくみ取れる過去の情報はまだ微々たるものだが、時間を掛ければいいだけの話だ。
 以前話したところによれば、彼と仲の良いヒナですら知らない情報が混じっていたようなので、クザンとしても満足の行く成果が上がっている。
 頬杖を解き、改めて手元の菓子を見やってから、同じのだった? とクザンは尋ねた。

「名前は違いました。あ、でも、味とかすごくそっくりなんですよ!」

 それに対して答え、言葉の後ろでは拳まで握って、ナマエがそう主張する。

「そ。良かったね、ナマエ」

「良かったです! で、ですね、クザン大将」

「ん?」

 どうでもよさそうなクザンの相槌にすら笑顔を向けてから、ナマエは少しばかり声を潜めた。
 内緒話をするようなそれにクザンがもう一度視線を戻せば、おずおずとナマエが口を動かす。

「その……それ、噛まずにこう、咥えてみてくれないかなって」

 おかしな要求をしながら、きゃ、言っちゃったと乙女のように片手を頬にあてたナマエに、クザンは不思議そうに眉を寄せた。

「口に入れた後のもんはやらないよ?」

 そうして思わずクザンがそう呟くのは、いつだったかのハロウィンで、クザンが食べかけのチョコレートをくれてやった時のことを思い出したからだ。
 最終的にはナマエの口に収まったものの、クザンが手を出さなければ恐らく、あれはそのままナマエの部屋のどこかに飾られてしまっていたに違いない。
 公然とクザンを『好きだ』と発言するおかしな彼は、クザンの所有物を収集する悪癖がある。
 盗まれるだけならクザンもそれを止めさせただろうが、ナマエは必ず代用品を置いていくので、今のところある程度はそれを許容している。
 気付けばクザンの身の回りの小物はその殆どが上等な新品に取り換えられていて、たまたま顔を合わせたスモーカーに『放っておくアンタもアンタだ』と唸られたのは半年ほど前だったろうか。

「ほ……! ……ほ、ほしいですが、そう言うなら諦めます……!」

 クザンの言葉に強く拳を握って、苦渋の決断をするように声を漏らしたナマエは、しかし先ほどの自分の要求を通すつもりなのか、だからお気になさらずどうぞ、とクザンへ片手の掌を向けた。
 促されるまま軽く唇に菓子の先端を押し当てて、クザンはじっとナマエを窺う。

「……おれに咥えさせて、何する気?」

 わざとらしく低く囁いて、言わなきゃやんないよとクザンが続けると、わずかに顔を赤らめたナマエが発言した。

「ポッキーゲームしたいな、と思いまして」

「ぽっきーげーむ?」

 耳慣れない単語に、クザンがナマエの言葉を繰り返す。

「何それ、どんなゲーム?」

 そうして未だ菓子を口に入れずに問いかけると、えっと、と声を漏らしたナマエが記憶をさらうように少しだけクザンから目を逸らした。

「こう、片方がポッキーを口に咥えて、もう片方が反対から…………………………」

 そうして、説明をしていた言葉の途中でその顔が真っ赤になり、その手が持っていた紙袋がぽとりとクザンの執務机へ落下する。
 ナマエ? とクザンが名前を呼ぶと、ナマエは恥じらうようにその顔を両手で覆った。
 耳まで赤くした相手に、何なの、とクザンが不思議そうに口を動かす。

「や……やっぱりいいです……っ!」

 掌に覆われた口からくぐもった声を出すナマエに、クザンはふうと軽く息を吐いた。
 言うこと成すこと勝手で大胆な癖をして、ナマエは時々いやに純情な反応を寄越す。
 その様子と、途中だったナマエの説明から考えても、恐らく『ポッキーゲーム』と言うのはろくな遊びではないだろう。
 口に当てていた菓子を離して見やったクザンの目に、先端のチョコレートがわずかに溶けている様子が映る。
 仕方なくほんの少しだけ能力を発動させて、クザンは柔らかくなっていたチョコレートをひんやりと冷やし固めた。

「ナマエ」

「いや本当にすみません、俺絶対心臓持ちません、これはもうクザン大将が他の人とやってるところを激写して写真相手に何度か練習するしか、」

「その前に、ちょっと実践してみなさいや」

 うだうだと言い訳とおかしな妥協策を並べるナマエへ言いつつ、クザンの手が自分の持っていた菓子をナマエへ向けて差し出す。
 え、と思わずと言った風に声を漏らしたナマエが、目元を覆っていた指を軽く開き、その隙間から瞳を覗かせた。
 その目がクザンの顔を見て、それからクザンが差し出している菓子を見て、それから再びクザンの顔を見る。
 指の隙間から覗く羞恥に染まったその顔を見つめながら、何となく気になったクザンの舌が自分の唇を辿った。
 ほんの少し甘い味がしたのは、恐らくチョコレートがついていたからだろう。同僚に見られたら、ガキじゃないんだからと笑われるか怒られるかのどちらかだ。

「何なら相手役やってあげるから」

 ほら咥えて、と言葉を紡ぎつつ、椅子から立ち上がるついでに伸ばしたクザンの手が、ナマエの両手の間から覗くその口に菓子を差し込む。
 呆けているように見えるナマエが落としたりしないよう半分ほどをその口へ入れて、そっと手を放しても落ちないことを確認してから、それで、と尋ねたクザンの指が、ナマエの口から生えている菓子を軽く揺らした。
 真っ赤になったその顔にふさわしく、体温が上がっているらしいナマエの唇がチョコレートを溶かしたようで、触れているところが少しばかり汚れていく。
 それを見やって笑いながら、わずかに身を屈めて、クザンは口を動かした。



「反対側からどうすりゃいいって?」



 尋ねたクザンの前でナマエが後ろ向きに倒れてしまったのは、決してクザンのせいではない筈である。
 普段と違う反応にクザンはとても驚いたが、気絶したナマエを介抱し、後で『ポッキーゲーム』とやらの全容を聞き出した後には、変なことばかり考えつくナマエに呆れを含んだため息を零すしかなかった。



end


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