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恋はいつでも
※時間軸が捻じ曲がっている気がしないでもないが気にしない方向で。
※青雉不在
※黄猿が勝手にサド認定




 ナマエがうるさい男だと、スモーカーは知っていた。
 クザン大将がクザン大将がと海軍最高戦力の名前を繰り返し、楽しそうに『最近のクザン大将』の話を聞かせて寄越す。
 しかもそれが『ペンを落として椅子の上から手を伸ばして拾った』だの『こっそり執務室を出て行って昼寝に行った』だのといった本当にただの日常で、聞いている方としては全く面白くもない。
 時々間に挟まれる窃盗の告白に、しょっ引いてやろうかと考えたのも一度や二度ではなかった。
 どうも青雉のほうが面倒がって許容しているようだから手は出さないが、犯罪は犯罪である。上等な替えを用意すればいいという話じゃない。通りで最近青雉の持ち物が無駄に高級感溢れているわけだ。そのうちアイマスクも高級メーカー品に替わるのではないだろうか。
 スモーカーに会わない日は他の海兵が犠牲になっているらしいその話を右から左に聞き流しつつ、スモーカーは本日の疲れを癒すべく入った酒場で少々味の悪くなった気がする安酒を軽く舐めた。
 となりにはいつものようにナマエが座っていて、いつものように話をしつつ注文した料理の半分をスモーカーの皿へ乗せている。話を聞く報酬のつもりのようだ。

「でさ、お嫁に行きますからって言ったら呆れた顔をされちゃってさ! もう、本当にあの人かわいい!」

「その結論に至った過程がおかしいとおれは思うんだが、お前の思考回路は一体どうなってるんだ」

 寄越されたチキンにフォークを刺しつつ、スモーカーはいつも投げる問いを改めてナマエへ放った。
 スモーカーよりも上背があり強くどう見ても男である大将青雉を『可愛い』と言い切るのは、恐らくこの酒場ではナマエだけだろう。
 スモーカーの言葉に、真顔のナマエが拳を握る。

「俺の思考回路はもちろんあの人への愛で溢れてる」

「なるほど病気か」

「え? 恋の病? ああ確かにそうかもしれない」

 そこまで続いてデレっと顔を緩ませたナマエに、馬鹿じゃねェのかとスモーカーは呆れた顔をして報酬を口へ運んだ。
 ざわざわと騒がしい酒場ではナマエのうるささも紛れ気味ではあるが、本当に、スモーカーの隣に座っているこの男はうるさい。

「大体、何でお前はそんな病気になってやがるんだ」

 前に青雉へ聞いた時、『さァ……?』と首を傾げられた質問をナマエへ向けたスモーカーに、ナマエは少しばかりきょとんとした顔をした。
 それから、うーん、と唸って、その手で自分のグラスを持つ。

「多分、助けられたからだと思うんだけど」

「助け?」

「そう。めちゃくちゃ強くってさ! うわーこの人かっこいーって、なるじゃん」

 じゃん、なんて少し砕けた口調になっているのは、どうやら酒が入っているからのようだ。
 相変わらず酒に弱い男の隣で、そうかとスモーカーは頷いた。
 大将青雉がめちゃくちゃに強いことは否定しない。ロギア系の能力者でもあるかの大将は、他の二人と並んで海軍最高戦力の一人だ。強くないわけがない。

「ついていきたい! って思うじゃん」

 ナマエが語るのは、いたって分かりやすい思考回路だった。
 そうかともう一度頷き、スモーカーの手が自分のグラスへ酒を注ぐ。
 ついでに隣の男のグラスにも継ぎ足すと、グラスの中で丸い氷がカランと音を立てた。

「多分その瞬間には好きだったと思う」

「………………ん?」

「知らないのかスモーカー、恋は落ちるものらしいぜ!」

 あっはっは、と笑ったナマエの手が自分の料理を口へ運んで、また笑う。
 それは男女の間だったら分かりやすい経緯かもしれないが、しかしスモーカーの横に座るナマエは男で、彼が傾倒する大将青雉も当然ながら男だ。
 それほど珍しい話ではないし、自分に向かないなら気にしないが、今一よく分からない。
 もしや、これはいわゆる憧れからくる感情と言う奴なのではないだろうか。
 スモーカーはちらりと傍らを見やり、またも青雉の日常のどうでもいい話をし始めたナマエを観察した。

「でさー……ん? どした?」

「それじゃあ、あの人のどこがそんなに好きだってんだ」

 いつもならしないような問いをスモーカーがしたのは、恐らく、二人であけている酒瓶がいつもより二本ほど多い所為だろう。
 ましてやナマエは酒に弱くて、殆どをスモーカーがあけているのだから仕方無い。
 尋ねられたナマエは、今していた青雉のアイマスクの柄についての熱弁を中断し、さらりとスモーカーの問いに答えた。

「一番最初は、海賊を足蹴にして面倒くさそうにしてた大将だなー」

「………………は」

「それから、俺が『好きです!』って言ったときの、ちょっと呆れた大将」

「…………」

「それと、俺が思いっきり飛び込んでいったときに避けないで受け止めてくれるときとかかな! そのまま避けられちゃうことのが多いし、それもまたイイけど!」

「…………」

「あ、そういえばこの間、ソファで昼寝しようとしたから押し倒しに行ったら床に落とされて服とか凍らされて床に貼り付けにされたんだけどさー、身動き取れないように軽く背中踏まれたんだけど、それもまた」

「……そうか」

「あとはー、ああそうだ、アレとか、」

 どうやらテンションが上がっているらしく、ナマエは声高に『青雉のここが好きだ』と語っている。
 けれどもどう聞いても、それは青雉がナマエを面倒臭がっている対応にしかスモーカーには聞こえなかった。ぞんざいに扱って、時々虐げているようにも思える。
 つまり、もしやスモーカーの傍らに座って酒で顔を赤くしている楽しそうなこの男は、被虐趣味があるのだろうか。
 だとすれば、そこまで嗜虐的ではない青雉には負担がある気がする。あの男はただの面倒臭がりだ。その背中に掲げた正義から見ても、嗜虐趣味とは程遠い。
 むしろ、青雉の同僚であるほかの大将のほうが、そういった意味ではナマエの趣味に合っているだろう。


「…………大将黄猿にでも惚れてりゃお互い幸せだったんじゃねェのか」

「ん?」

「……………………何でもねェ」


 思わず呟きはしたものの、聞こえていなかったらしいナマエに軽く首を横に振り、スモーカーはいつものように大人しく、うるさいナマエの面白くも無い話を肴に酒を舐めることにした。
 恋はいつでもハリケーンだと言うし、今更他を勧めたってきっとどうしようもないことだろう。



end


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