過剰包装
※変態気味主人公と青雉とスモーカーとヒナ
※前半→スモーカー寄り視点 後半→主人公寄り視点
「もうじきあの人が生まれた記念すべき日なのに、プレゼントが決まらない……」
ぽつりと落とされたどうでもいい悩みに、スモーカーは心底うんざりとため息を零した。
スモーカーの隣に腰を下ろしたナマエが、まるでこの世の終わりのような顔をして廊下を歩いているところに遭遇したのは、今日の日中のことだった。
ちょうどスモーカーはヒナと立ち話をしていたところで、ナマエの様子に気付いたヒナが彼を酒場へと誘ったのに巻き込まれる形になったのだ。
どうでせくだらないことだから放っておけと言ったのに、ヒナ憤慨と唸った同期に左腕を拘束されてしまったスモーカーは、ナマエとともにいつもの酒場へと連行された。
そうしてあまり酒の強くないナマエに弱い酒を勧めてやって、こうしてようやく聞き出してみればやはりくだらない話だった。
「ほらな、言っただろうが」
そう言葉を放って見やれば、ナマエを挟んだ向こう側に座っているヒナは眉を寄せてスモーカーを見やる。
何を言っているのだ一大事ではないか、と言いたげなその顔に、スモーカーはとりあえず葉巻を噛んだ。
もう一度吐きかけたため息をどうにか酒と一緒に飲み込んで、とりあえず傍らのくだらない理由で悩んでいる馬鹿の悩みを解決してやるために口を動かす。
「……あー……この間、いいネクタイを見つけたとか言ってたんじゃねェのか」
酒場でスモーカーと遭遇するたびどうでもいい話を延々聞かせてくるナマエが、確か数日前そんなことを言っていた筈だ。
これはもう誕生日プレゼントとして渡すしかないだの何だのと、どれだけ大将青雉に似合うネクタイであるかを実物も見せないくせに言葉を尽くして説明していたナマエはとてつもなくうざったかった。
スモーカーの言葉に、ナマエはちらりと悲しげな視線を向ける。
「その、一昨日ソファに置いていかれたネクタイの誘惑に耐え切れず……」
「またやったのか」
寄越された告白に、スモーカーの眉間のしわが深くなった。
これまで、ペンにカップ、ネクタイピンにペーパーウェイトやハンカチなどあれこれ小物ばかりが狙われてきたが、どうやらついに大将青雉のネクタイもその餌食となったらしい。
ナマエのこの癖は、一体いつになれば改まるのだろうか。
犯罪は犯罪である。
上等な替えを用意すればいいと言う話ではない。
じとりと睨み付けたスモーカーに、でもセンスがいいって喜んでくれたから! と慌てたようにナマエが口を動かす。
そういう問題じゃないだろうとスモーカーが唸る前に、あら、と声を漏らしたのはヒナだ。
それを受けてスモーカーの鋭い視線から逃げるようにヒナの方を見やったナマエへ、口に煙草をくわえたままの彼女が呟いた。
「この間、あの人がすごい恰好の准尉を面倒くさそうに褒めてるのを見かけたわ。ヒナ不安」
「え!?」
寄越された言葉に、がたりとナマエが椅子を揺らす。
あまりにも大きな声に周囲の何人かがナマエとスモーカーとヒナの座っている方を見やって、いつも騒がしい一人が騒いだだけだと確認してすぐに視線を逸らしていったのを、スモーカーは横目で把握した。
うんざりしながら手を伸ばして空のグラスに酒を注いだスモーカーの隣で、慌てたようにナマエがその体をヒナの方へと傾ける。
「だ、誰なんだ、その褒められた人……!」
教えてくれと意気込まれて、ヒナがわずかに目を細める。
とても楽しそうな趣味の悪い同期を見やってから、スモーカーは葉巻を置いて先ほどナマエが注文した皿からチーズと一切れ奪い取った。
教えたらあの准尉に何かするのかと尋ねたヒナへ、する! とナマエは大きく頷いて答えた。
その言葉に、なんだ珍しい、とスモーカーが視線も送らず首を傾げる。
うじうじと悩むことの多いナマエだが、その心にある嫉妬を口にしたことは殆ど無いはずだ。
懸想している相手が女性と逢瀬を交わしても表面上は気にしない態度をとるはずの男でも、やはり気にしてはいたのだろうか。
そんなことを考えたスモーカーの横で、ナマエがぐっと拳を握った。
「俺もその着こなしを伝授してもらう! そうしたら、俺も褒めてもらえるよなっ」
ひたすらに貪欲で、そして阿呆丸出しの発言だった。
放たれたそれを聞いて、先ほどの自分の考えを丸ごと否定されたスモーカーが、じとりとやはりうんざりした目で傍らを見やる。
スモーカーとは反対に楽しげな顔をしたヒナが、それからわざとらしく悲しそうな顔をした。
「それはいやよ、あんな恰好のナマエは見たくないわ」
「えー、お願いだヒナ、ヒナちゃん、ヒナ様、教えて!」
拒否したヒナへ縋り付くようにして、ナマエは必死に言葉を募らせている。
先ほどまでの馬鹿みたいに暗い顔がなくなったのを見やって、スモーカーは瓶の中の最後の一杯を注いだグラスをその手に持った。
それをぐいと一気に飲み干して、さっさと勘定をして帰ってしまおう、とその手がテーブルに触れる。
けれどもその体が立ち上がらなかったのは、身じろいだスモーカーに気付いたナマエがすばやく振り返り、ばっと広げた両手でスモーカーの体に飛びついたからだった。
「帰らないでくれスモーカー!! 俺を捨てないで!」
「うぜェ……」
どうやら酒が入っておかしなテンションになりつつあるらしい相手に縋られて、ぐりぐりと腹筋に頭を押し付けられたスモーカーが低く唸る。
あら浮気みたいね、とそんな二人を眺めてとても楽しそうに恐ろしいことを呟いたヒナは、その口にくわえていたたばこを灰皿に押し付けてから優しく言葉を零した。
「でも確かに、ナマエの悩みが全然解消されてないわね」
「うう……」
放たれた言葉を聞いて、スモーカーに抱き着いていたナマエの腕がわずかに緩む。
その隙に捕まえた頭を自分から引き剥がして、スモーカーはナマエの体を元の位置まで押しやった。
そのうえで、浮きかけていた腰を落ち着けて、仕方なく二人に付き合ってやる体勢を整える。
スモーカーの服の端を掴んだままで、ナマエがその視線をヒナへと戻した。
「ヒナだったら、どんなの贈る?」
「そうね……消え物の方がいいと思うけど、どう? スモーカーくん」
「ああ、そういや好き好んで飲んでる酒があったな」
思ったより無難な選択肢を提示したヒナに、スモーカーも頷いた。
時々部隊でやる酒盛りで、大将青雉が口にしていた銘柄はスモーカーも記憶している。よく飲んでいるから、何度か一緒に酒を飲んだことのある海兵ならそれなりに把握していることだろう。
けれどもヒナとスモーカーの提示に、駄目だとナマエは首を横に振った。
「それは多分、他の人からもいっぱいもらうから。どれだけ好きな食べ物や飲み物でも、たくさんもらうと嬉しくなくなるんだ」
きっぱりと、まるで自分がそうなったことがあるかのように口にしたナマエに、それはそうかも、とヒナが頷く。
スモーカーの手に比べて細い掌が自分のグラスを掴まえて、先ほどスモーカーの瓶から無理やり奪った酒があでやかな唇を軽く濡らした。
「でも、消え物じゃイヤなんだったら、どんなものを贈りたいの? あの人が置物を飾ったりするとも思えないけど」
軽く首を傾げたヒナの言葉に、そうなんだよな、とナマエはしっかりと頷いた。
「どうせなら、他の誰からも貰わないような珍しいものを贈りたいんだけど、そういうの何にも思いつかなくて……」
「そうね、二つと無いものが一番印象的でいいとは思うけど……」
ナマエの言葉にこくりと頷いて、ヒナがそっとグラスを置く。
ウェイターに合図を送ったスモーカーの下へ新たな瓶が届くまでの間、そうやって何かを考え込んでいたヒナとナマエは、スモーカーが受け取った瓶の封を切ったのとほぼ同時に、『あ』と揃えて声を漏らした。
お互いにお互いを指差した二人に、スモーカーが怪訝そうな顔をする。
「何だ、思いついたのか?」
問いかけると、揃ってその視線がスモーカーを見やった。
どうやら、言葉も交わしていないというのに、二人はその思いついた『贈り物』が同じであるという確信があるらしい。
ナマエがそっと両手を組んで、男がやるには少々女々しい姿勢でスモーカーへ視線を注ぐ。
「これしかない、スモーカー。これなら、大将だって絶対貰ったこと無いから!」
二人の協力が不可欠だけど、と前置いたナマエの後ろで、こくりと頷いたヒナがとてつもなく楽しそうに微笑みを浮かべる。
「スモーカーくんも、お手伝いしてくれるわよね?」
「いや、だから、何を思いついたんだ」
「大丈夫だヒナ、スモーカーは優しいから絶対協力してくれる。ありがとう二人とも!」
「……………………」
スモーカーの問いかけに答えずに、にこにこと笑ってそんな気の早い礼を言ったナマエに、また何だか面倒なことを思いついたなと眉を寄せて、スモーカーは改めてうんざりとため息を零す。
けれども、服の端を掴まれて、更には趣味の悪い同期ににこりと微笑まれたこの状況で、逃げられないことなど火を見るより明らかなことだった。
※
「と、言うわけです」
言葉を放ち、じいっとナマエが見つめた先で、広い執務室の主がふうんと声を漏らした。
「それで、それなわけ」
「はい。二度目ですが、誕生日おめでとうございますクザン大将!」
寄越された言葉にこくりと頷いて、改めて祝いの言葉を述べたナマエの頭の上で、大きなものが揺れる気配がする。
ナマエの両手は堅い手枷でとらえられ、その足も同じような枷によって拘束されていた。
見聞色の覇気によって中身が察知されないように寝たまま運ばれることになったナマエが、中で身じろいで目を覚ましたり大きな音を立てたりしないように、という心優しい海軍大佐からの心遣いだ。
そして、その両手両足を戒め、肩口と膝、腰と足首と膝をも捉えた無骨な拘束具を覆い隠すように、ナマエの体をぐるぐると巻いて彩っているのは派手で可愛らしいリボンだった。
大将青雉に贈るのだからと、当然ながらその色味は青基調だ。
不審物だった大きなプレゼントボックスを開けた青雉を見上げて、笑顔でナマエを拘束してきたヒナが手渡した鍵を握っていた拳を開き、ナマエはそこにあった鍵を目の前の相手へ差し出して見せた。
「ちなみに、この枷とリボンはすべてヒナがつけてくれました。あ、この箱を秘密裏にここまで運搬してくれたのはスモーカーです」
こちらバースデーカードです、と自分の拘束された両手の間に挟まっている三人分のメッセージが書かれた小さなカードまで示して笑ったナマエを見下ろして、大将青雉はやや置いてから小さくため息を零した。
身を屈めた彼の手が、ひょいと箱の中のナマエから鍵を取り上げる。
「相変わらず、あの二人と仲良しじゃないの」
呟きつつ少し面白くなさそうな顔をした青雉へ、でも俺が一番仲良くなりたいのは大将です! とナマエはきっぱりと宣言した。
そうしてにこにこと笑顔を向ければ、その顔を見下ろした青雉がそのまま箱を掴まえてずるりと引きずる。
寄せられたのはソファのそばで、ぱちりと瞬きをしたナマエを見やりながらソファに腰を下ろした青雉は、この場で唯一ナマエの拘束を解くことのできる鍵をつまんだままで、呆れたような声を出した。
「あー…………まあ、全身そんなリボンと枷まみれで、恥ずかしいとか思わないのはすごいんじゃない」
寄越された言葉に、褒められた、とナマエが瞳を輝かせる。
贈り物の癖をして今日が誕生日である海軍大将より嬉しそうな顔をしたまま、ナマエはぎしりと体を揺らした。
本当なら今すぐ目の前の相手へ飛びかかりたいところだが、それをヒナの巻いたリボンと彼女の用意した拘束具が邪魔をしている。
「ク、クザン大将、これこれ早く解いてください……!」
「……何だか、解くとろくな目に遭わない気がするんだけど」
必死に乞われた青雉が、呟きつつその手をひょいと伸ばす。
一番最初に解かれたのは可愛らしくナマエの頭の上を飾っていた大きなリボンで、しゅるしゅると大きなそれを引いて緩めたクザンは、鍵穴があらわになった肩口の拘束具にまず鍵を入れた。
かちりと音を立てて拘束具が外れ、箱の中に落ちて小さく音を立てる。
一つとれたところでナマエの不自由は変わらず、大人しく開封されることを待ちながらその顔を見上げた贈り物を見下ろして、次なる鍵穴を探してリボンを解きながら青雉は少しばかり眉を寄せた。
「まァ、別にいいんだけど、『プレゼントは自分』なんて古典、もうやんないでね。解いてやるのも面倒臭ェから」
「え、当然です。だってもう俺は大将のですから!」
反対側の肩とひじをつないでいた拘束具を外されながら、ナマエはきっぱりと言葉を放つ。
渡したものを回収してまたも贈るなんていう無作法な真似が、ナマエに出来るはずが無い。
とても真剣な顔をして言葉を紡いでいるナマエをちらりと見やって、はいはい、と青雉はいつものようにどうでもよさそうに返事を流した。
「それじゃ、『おれの』になったナマエは今日何をしてくれるつもりだって? あー……ほら、そっち浮かして」
体とひじをぴったりと密着させている拘束具をつついた青雉に従って体を動かしながら、何でもしますよ、とナマエは答える。
「書類整理でも部屋の掃除でもおつかいでも料理でも……あ! なんならその、大人向けな……」
「はい口閉じる」
言葉の後半を顔を赤らめて口にしたナマエへ、青雉はぴしゃりと命令した。
放たれたそれに素直に従ったナマエが、んぐ、と素早く口を閉じる。
ナマエの両ひじをその上半身と固定していた拘束具をようやく外した青雉は、彼の両手の間にあったカードをつまみ上げてソファの上に放ってから、続いてその指でナマエの両手首をつないだ拘束具に巻かれたリボンを解き始めた。
「すぐ馬鹿みたいなこと言って。大体、その前半だっていつもと何にも変わらないでしょうや」
そうして寄越された言葉に、そうだろうか、とナマエは首を傾げて青雉を見上げる。
確かに、ナマエは彼のそばにいるべく努力して地位を得た文官で、大将青雉の執務の手伝いをするのが仕事だ。
書類整理だって部屋の掃除だっておつかいだって、いつだって手を抜かず行っている。
なるほど確かにそうだ、と気付いた事実に目を瞬かせたナマエをみやり、あー、と声を漏らした青雉の手が解いたリボンをぽとりと箱の中へ落とした。
「それじゃ、今日くらいはありがたく貰ってやるから。さっきボルサリーノがケーキ置いてったから、あとでお茶淹れてケーキ出して」
こんな年になって誕生日ケーキも何も無いけどさァ、と呟いた青雉を見上げ、ナマエが口を引き締めたままでこくこくと何度か頷く。
言葉を発しないナマエに少し不思議そうな顔をした青雉は、命令に忠実に口を閉ざしたままのナマエに気付き、馬鹿正直だなとほんの少し笑った。
「馬鹿なこと言わなけりゃしゃべっていいから、ほら、次はその手だからこっちに出して。ナマエ、お手」
「わん!」
鍵を持っていない手を出した青雉の言葉に、ナマエはすばやく反応して拘束された両手を伸ばした。
素直なナマエに先ほどより笑みを深めた青雉は、面倒だと何度か零しながらもせっせと手を動かして、ナマエから拘束具とリボンを取り払っていく。
可愛らしいリボンにまみれた状態で、完全に自由になったナマエが箱の中から目の前の大きな体に突撃したのは、それから十分ほど後のことだった。
end
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