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春うらら
※転生トリップ系主人公は大蛇で大将青雉の飼い蛇



「しゅら……」

 小さく口から息を吐いて、俺は中庭に寝そべっていた。
 いつもはきちんと体をまとめているのだが、今ばかりはそうするわけにもいかないで、大きく育った体をゆるく中庭に広げている。
 日当たりも良いこの時間、穏やかな陽光に誘われてうとうとしていたところで、嗅ぎ慣れた匂いに気付いてちろりと舌を動かした。

「あららら」

 声と共に足音まで聞こえて、寝そべったままで視線を向ける。
 いつもより随分低いところから見上げる形になった俺の飼い主が、おかしそうに唇に笑みを浮かべてこちらへと近付いてきているところだった。

「珍しい形になってんじゃねェの、ナマエ」

「しゅら……」

 寄越された言葉に、ひとまず返事をするように息を漏らす。
 確かに青雉の言う通り、俺はいつもの素晴らしい蛇体形をすっかり崩してしまっていた。
 それもこれも、今日の『差し入れ』が悪かったのだ。

『おお、ナマエ、元気にしとったか!?』

 にかりと笑って『これでも喰え!』と差し出された食事を無下に断ることなんてできなかったし、そしてあのガープという名の海軍中将はとんでもなく狩りがうまいらしい。
 今までにないほど大きな食べ物は、もしも俺が海軍本部へ連れてこられた頃の大きさだったなら飲み込めなかったに違いない。
 今だってほとんどぎりぎりで、吐き戻すほどじゃないが、できれば半分ほど消化できるまでは動きたくない。向こう二週間は食べなくてもよさそうな気がする。

「何食ったの?」

「しゅら〜」

 尋ねながら屈んできた相手に膨らんだ腹のあたりを軽く撫でられて、『名前は知らない』と返事をしてみる。
 しかし俺の言葉を青雉が分かる筈もなく、へェそうなんだよかったね、ととんでもなく適当な相槌を打ってきた青雉は、その手をするりと滑らせて、俺の頭をその手で撫でた。
 少しひんやりとしているのは、俺の飼い主がヒエヒエの実とやらを食べた氷結人間だからだろうか。

「ガープさんが『うまいもんを食わせてやった』って言ってたし、あの人からもらった?」

 問われて軽く頷く俺に、なるほど、と青雉の方から声が漏れた。
 何かを思い出すようにその目が少しだけさ迷って、それから少しばかり怪訝そうな目がこちらへ向けられる。

「……あんなでけェの、食えるのか?」

 ぽつりと落ちた問いかけからするに、ガープさんとやらが何を持ってきていたか聞いていたんだろうか。
 確かにとても大きな生き物だった。いやすでに事切れていたが、とにかく大きな獲物だった。
 しかし、俺は蛇なんだから、そんなことを聞かれても困る。

「しゅららら」

 ひとまず息を漏らすと、青雉の両手が改めて俺の頭を捕まえた。
 左右ではなく上下を挟む掴み方に目を瞬かせていると、青雉の手が軽く力を籠める。
 口を開かせようとする動きに従って口を開いた。
 俺の頭より少し小さい頭がひょいと近付いて、青雉がしげしげと俺の口の中を眺める。

「……こんなもんで本当に入る?」

 尋ねてくる相手に、しゅう、と息を吐いてから、俺はそのままさらに大きく口を開いた。
 ついでに少し喉も開いて、先ほどの食事の時のようにめいいっぱい広げる。
 俺のそれに目を丸くした青雉の頭が、少しばかり俺の口の中へと入り込んだ。

「……へェ、すげェな」

 こんなに開くの、なんて寄越された声を聞いて、そういえば青雉が持ってくる食べ物はあまり大きくなかったことを思い出した。
 狩りが下手なのかとこっそり思っていたのだが、どうやら俺の口に合わせたつもりだったらしい。
 この分だと、もしかしたら少し大きな食べ物をくれるようになるんだろうか。
 今日のように大きいやつは、二、三か月に一回くらいにしてほしいものだ。

「……しゅ」

 しばらくそのまま口を開いていたが、青雉の指が口の中に入り込んだのか少し冷たい感触がしたことに息を吐いて、俺は舌を動かした。
 適当に動かしたそれで口の中に傾いていたものを押しやると、俺の舌先に押された青雉の顔が俺の口の中から離れる。

「あららら、ごめんね、疲れちまった?」

「しゅらら」

 寄越された言葉に相槌を吐くように息を吐き、そっと口を閉じる。
 ちらりと動かした舌でつかまれていたところを少しばかり舐めると、わずかに青雉のにおいがする。
 顔は近いまま、俺の様子を眺めて青雉は笑っている。
 いくら俺が飼い蛇とは言え、蛇の口に頭を突っ込んだりするような変な海軍大将を見上げてから、俺はそのままもう一度中庭の芝生へと懐いた。
 寝そべった俺の頭を、青雉の手がまた撫でる。

「寝ちまうの?」

「しゅら〜」

 寄越された問いかけに、俺はひとまずそう返事をした。
 とにかくさっさと消化しなくては、自由に動くことも難しいのだから仕方ない。
 それに、とりあえず青雉は、いつの間にかやってきてすぐ後ろで立ち尽くしている部下らしき海兵をどうにかしたほうがいいんじゃないだろうか。
 多分青雉を呼びに来たんだろうが、見慣れない顔だ。きっと新兵だろう。
 俺は青雉の飼い蛇だし、さっきのだってただのスキンシップで青雉を食べるつもりなんて無いんだから、あんなに怖がった顔をしないでほしい。

「しゅら……」

「んー……おれも寝ちまおうかなァ」

 先ほどと同じくうとうととしながら漏らした俺の不満には気付いた様子もなく、青雉がそんなことを言っている。
 いや、働いた方がいいんじゃないのか。

「しゅら〜」

「なァに、添い寝してほしいって?」

 半分目を閉じたままで漏れた俺からの音に、青雉が笑って言葉を落としてくる。
 その様子に、どうやらサボるつもりらしいと把握して、俺はそのまま目を閉じた。
 とぐろがまけたら青雉を中に入れてかくまってやるところだが、残念ながら今日はそれもできないらしい。
 青雉もそれは期待していないのか、先ほどと同じ穏やかな動きで俺の頭を撫でている。
 ややおいて、俺の体を枕にして眠り込もうとした青雉に、新兵が慌てて声を掛けてきていたのが聞こえたが、そのまま眠り込んでしまった俺からはすぐに遠のいていってしまった。



end


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