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口が裂けても言わないけど
※アニマル主人公は大蛇でクザンさんの飼い蛇
※『乙巳の午睡』設定
※ほぼスモーカー


 俺が『青雉』と呼ばれる海軍大将の飼い蛇となって、かなりの時間が経った。
 海軍本部と呼ばれる場所の中庭で大人しく日に当たっているのが日課なのだが、どうしてか今、俺はうっそうと生い茂る森の中にいる。
 見上げた空は生い茂る木々の狭間からほんの少ししか見えず、辺りに満ちた匂いは自然のものに満ちていた。

「しゅら……」

 小さく息を吐いて、ちら、と舌を揺らす。
 様子を窺ってみても、近くに大きな生き物の匂いは感じない。

『たまにはおれについてくる? 野生の勘が鈍っちゃあしょうがねえし』

 よく分からないがそんなことを言った誰かさんが、ひょいと俺を担ぎ上げたのは一昨日の事だった。
 驚いたが、マリンフォードで過ごすうちにすくすくと育った俺の体はぜんぶが持ち上がっておらず、だと言うのに気にせず歩く青雉に仕方なく体を巻き付けたのは、仕方の無い話だと思う。
 『大将青雉が捕食されそうになっている!』と悲鳴を上げたどこかの新兵が攻撃しようとしてきたのを止めてくれたのはありがたかったが、周りからの悲鳴やら好奇の視線やらも気にせず俺を船に乗せてしまった青雉は、中々にマイペースの奴だ。
 いや、よくよく考えると蛇攫いまでして俺を連れて帰ったような奴なのだから、元より自分勝手な奴なのかもしれない。
 それでも、飼われている日々はなかなかに居心地が良かったし、『大将青雉』の『飼い蛇』という立場だからか、表だって俺を嫌悪してくる奴だっていなかった。
 気まぐれに俺のことを虐めにくる恐ろしい海兵はいたが、俺が食いそうなものをと頻繁に食べ物を差し入れてくれた海兵もいた。
 時々端が焦げていたが全部ちゃんと平らげたのだって、相手に感謝を示したかったからだ。
 何かやらかした、という自覚は俺には無い。むしろ、うまくやっていたと思う。
 だがしかし、どう考えてもこれは。

「…………しゅら」

 『捨てられた』の五文字が頭の上に浮かんだので、そっとそれを打ち消すように頭を左右に振り、それからすぐそばにあった樹木へ体を預けた。
 ぐるりと体で締め上げるようにすると、あまり太くなかった幹がわずかに悲鳴を上げるように軋む。
 折ったりはしないように気を付けながらそのまま幹伝いに体を上へと動かした俺は、高くなった視点からもう一度辺りを確認した。
 木々の狭間から、綺麗な海辺が見える。
 昨日まで、あそこには海軍の船があったのだ。

『ほら、久しぶりに羽伸ばして来なさいや。羽は生えてねえけど』

 そんな風に言った青雉が俺を送り出したから、俺は大人しくそれに従って島の方へ移動した。
 けれども、森に入ってすぐに気になって見に行った時には、海軍の軍艦はただ一隻も無かった。
 あの瞬間の衝撃と来たら、自分が『蛇』に生まれ変わってると知ったかつてのあの日に匹敵していたと思う。
 どうやら俺は、自分で思ったよりもあのサボり癖のある海兵が好きになっていたらしい。
 そのことにも戸惑ったが、置いていかれた以上、どうしようもない。
 俺はこの島があのマリンフォードからどのくらいの距離にある場所なのかも、マリンフォードがどの方向なのかも分からないのだ。
 何より、どうやら人里が無いらしいこの島では、蛇の身では海を泳いでいくしか方法が無いし、海王類の生きる海をそんな方法で横断できる気は全くしない。来世の自分が虫やそれ以外である可能性を考えると、みすみす命を捨てに行くことは出来ない。

「しゅら……」

 迷惑をかけた木から体を離し、ひとまず視点を低くして、俺はそのまま大地の上を這った。
 成長した分厚みが出来たらしい皮は、落ちている木の枝を踏みつけても全く痛みを感じない。
 ずるりと森の奥へ向けて進みながら、ひとまず、俺は息を吸い込んだ。
 周囲を探索することに意識を払って、自分より小さな生き物の気配を追う。
 落ち込んでいても仕方がない。
 何よりまずは、自分の寝食の確保が優先だ。
 そう心に決めたのと同時に、近い場所に生き物がいることを確認した俺は、音をたてぬよう気を付けながらするすると大地を這って、その獲物を狩ることにした。







 久しぶりの狩りには少し手間取ったものの、元々自分で食料を調達していた俺が狩りの勘を取り戻すのに、そんなに時間はかからなかった。
 腹がくちくなり、ひとまず次は安全な寝床を作ろうと、更に森の中を進む。
 昨晩は状況を受け入れることが出来なくて適当な場所で寝たが、これから先もここで過ごすのなら、そんなことはしていられない。
 確認した限り俺を狩れるような大きさの生き物はいないようだが、ここはあの『ワンピース』の世界なのだ。自分のことを過信するつもりは毛頭ないし、安全を確保することには全力を尽くすに決まっている。
 そう決めて、森の中でもより見晴らしのいい場所を探してのそりと動き始めた俺が動きを止めたのは、ふと煙たい香りが鼻を掠めたからだった。
 火事か、とわずかに窺ったが、火の気配は感じない。
 そのことに頭を傾げて、とりあえず確認するかと、匂いのした方を目指す。
 途中で大きな物音がし始めて、たまに聞こえる鳴き声に、何か動物が暴れているらしいと言うことも分かった。動物同士の喧嘩かとも思ったが、鳴き声は一匹分だけだ。
 そのことに戸惑いつつ、俺の体でも少しは隠してくれそうな場所からひょいと顔をのぞかせた俺は、そこにあった『匂い』の元に、ぱちぱちと目を瞬かせた。
 何やら、白いもくもくしたものにまとわりつかれた、俺が消化に三日ほどかかりそうな大きさのクマらしき生き物が、がくり、とこと切れている。
 あたりにはあちこちに深く刻まれた傷跡があり、その生き物が抵抗するのに振り回した後であることは間違いなかった。
 しかし、あのもくもくとしたものは何だろうか。
 異常現象に戸惑う俺の目の前で、体中をがんじがらめに締め付けられた生物がこと切れたことが分かったのか、ゆるりと白いそれがうごめきだす。
 俺の見ている前で一カ所へ向けて集まったそれは、どうしてかそこに人の形を作り出した。

「……ああ、しまった。おれァこっからこいつを運ぶのか」

 足元の生き物を見下ろしてため息を吐いたその男の後ろ姿に、ちら、とわずかに舌を出す。
 空気に混じった匂いは、先程俺の鼻を掠めたものと同じだった。
 そして、目で見たその姿に、それが誰なのかにも気付く。
 一度も直接会ったことは無いけど、あの『漫画』でだって見たことがある。

「しゅら〜?」

 確か『スモーカー』なんて名前だったはずだ、なんて考えた俺の口からは鳴き声としては不合格な掠れた音が漏れて、それが聞こえたらしいその海兵が、ぐるりとその場から振り向いた。

「新手か」

 眉間に皺を寄せたまま、怖い声で怖いことを言った誰かさんが、その場で身構える。
 ぎん、と向けられた鋭い眼差しに身を揺らして、俺はふるふると頭を横に振った。 敵対する意思は無いのだと示したくて、ひとまず木の影から全身を出す。
 ずるりと動いた俺に眉間のしわを深くして、その口が咥えている葉巻がぎりりと噛みしめられたらしい音を零したのが聞こえた。
 しかしそれでも、低い姿勢で様子をうかがう俺を見て思うところはあったのか、ひとまずその拳が少しばかり解かれる。
 そのことにほっとして、俺はしげしげと目の前の海兵を観察した。
 やはり、誰がどこからどう見ても『スモーカー』だ。さっきのあの白いもやもやとしたものも、彼が変化したものだろう。『スモーカー』はそう言う能力者だったはずだから当然だ。
 しかし、どうして彼がここにいるのだろうか。
 あの時、俺は自分が乗せられた船一隻しか知らないが、他にも海軍の軍艦があったのだろうか。
 そうだとしたら、もしやこの海兵もこの島に『捨てて』いかれたのか。
 それは何というか、とても可哀想だ。
 俺は元々が野生動物だからいいとして、俺の目の前の彼はどう見ても人間なのである。
 女の子だったら泣いてもおかしくない状況だろう。

「……しゅら……」

 そっと相手へ囁きかけるように息を零して、俺はそうっと『スモーカー』の方へと頭を寄せた。
 近寄ってくる俺に気付き、彼がすっとこちらへ手を出してくる。
 頭に触れたその手を受け入れて少しばかり目を細めると、俺の様子を見た彼は、しばらく考えてから『ああ……』と声を漏らした。

「てめェ、ナマエか」

「しゅ?」

 そうして寄越された自分の名前に、戸惑って相手を見上げる。
 さっきまで警戒していた筈なのに、すでに気にした様子もなくその手で軽く俺の頭を撫でてから、彼がひょいと俺の頭から手を離した。

「人馴れしてる巨大蛇なんて、この無人島で他にいる筈がねェ」

 言いながら、顎を伝っていた汗を軽く拭いた海兵が、そのままくるりとこちらへ背中を向ける。
 無防備なそれに頭を傾げてから、俺は体を伸ばして彼の前へと回り込んだ。

「しゅらら?」

 俺が『スモーカー』を知っているのは、こうして蛇に生まれ変わってしまう前、俺が彼の出てくる漫画を読んだことがあるからだ。
 けれども、この世界の俺と『スモーカー』は初対面であるはずだ。
 どうして俺の名前を知っているのか、そう尋ねたくて見つめる前で、自分が倒した生き物を適当に拝借した蔓で縛りながら、葉巻を咥えた口が言葉を零す。

「あの人も、『この島で一週間過ごしてる間にナマエと合流しろ』だなんて、妙な任務を寄越したもんだ」

 しかもいるのが妙に手ごたえのある動物連中だしな、なんて言いながら、巨大な生き物を引きずって歩きだしたその背中を見やって、もう一度頭を傾げる。
 『スモーカー』の言う『あの人』というのは、誰のことだろうか。
 何となく脳裏に思い浮かんだのは俺の飼い主たる無責任な誘拐犯の顔だったが、そんな話は全く聞いていない。
 よく分からず戸惑っている俺の前で、少し距離を空けたところで振り向いた『スモーカー』が、おい、とこちらへ声を掛けてくる。

「何してんだ、行くぞ」

 さっさと来い、とばかりに顎でやられて、よく分からないもののそちらへ近付いてしまったのは、まあ、思ったより一匹で過ごした昨夜が寂しかったからに他ならない。







 『スモーカー』は、どうやら俺が降ろされたのとはちょうど反対側にあたる砂浜に降ろされたらしい。
 しかも道具は何一つなく、全部自分で用意してねと言う無責任な投棄だ。
 何度でもいうが、『スモーカー』は人間である。俺と違って食事だって毎日必要だし、水だって俺とは比べ物にならないほど必要だろう。

「なんでお前が怒ってんだ」

「しゅら!」

 憤りをぶつけるように折れていた木へ体をぶつけて粉砕していたら、後ろから呆れたような声が聞こえた。
 振り向けば、入江近くの岩穴をひとまずの住居としていた『スモーカー』が、自分の前で熾した火で肉を焼いている。
 とりあえず、薪はこのくらいあれば十分だろう、とかなり細かく砕けた元大木のかけらたちを少し咥えて運び、俺はそのまま『スモーカー』の斜め向かいでとぐろを巻いた。
 がらんがらんと薪を落として並べる俺の様子に首を傾げてから、とにかく、と彼が言葉を続ける。

「一週間足らずでてめェの迎えも来るから、ここで大人しくしてろ」

 本当は明日にでも探しに行くつもりだったんだが、なんて言葉を零した相手に、こく、と一つ頷いた。
 まったく説明を受けていない俺としては半信半疑なのだが、しかしそんな嘘を『スモーカー』が俺に言う意味なんて全く無いので、恐らく本当の事だろう。
 青雉が俺への説明を面倒くさがった可能性も俺の中で浮上している。
 何せあの海兵は面倒くさがりで、自分の口から説明しようとするのすら煩わしいと口を閉じてしまったりするのだ。
 俺を連れて帰った時だって、大将赤犬に訊かれて答える途中でやめて、大将黄猿に訊かれてほとんど答えなくて、ガープとか言うあの『主人公』の祖父に聞かれてようやく詳しく話していた。社会人としてどうなのかと、蛇の身で問いたかった覚えがある。
 言ってなかったっけ、なんて言いながら急な予定を聞かされることだって多かったし、きっとまた、言い忘れたんだ。
 そう思うと、今朝がたまでの自分の落ち込みが全部無駄になったような気がする。それでも、『捨てられていなかった』という事実に湧いてくる喜びに自分自身で苛立って、俺の尾の先をじたばたと荒ぶらせて砂を叩く。

「おい、肉に砂がつくだろうが」

「しゅ」

 そして途中でそう注意されたので慌てて動きを止めて、俺はすぐ、火に掛けられている肉を確認した。
 火にあぶられてじわじわと肉汁が零れつつあるその肉は、さきほど『スモーカー』が狩っていたあのクマらしき生き物の肉だ。
 まだまだたくさん切り分けられていて、彼の傍らには生肉の塊がいくつも置かれている。
 お前も食うかと差し出されたが、俺は食事を終えたばかりなので遠慮した。それよりも、全部一匹で食べるつもりなのかどうかがとても気になる。俺だったなら、絶対に消化でしばらく動けなくなる。
 じっと見つめる俺の前で、肉をくるりと裏返した目の前の海兵が、ふう、と葉巻の煙を吐き出す。
 そこら中に彼の咥えたそれの匂いが満ちていて、俺の鼻はすっかりその匂いを覚えてしまった。今度この匂いを嗅いだなら、俺は間違いなく『スモーカー』を脳裏に思い浮かべるに違いない。

「あと数日だけだが、残りの間はおれが守るから、おれから離れた場所に行くんじゃねェぞ、ナマエ」

 俺へ向けてそんな風に言ったその顔は、少し怖いが、なんとも紳士だった。
 面倒だなんてかけらも思っていないような、『正義の味方』の顔だ。
 『漫画』で読んだ時も思ったけど、この海兵は良い奴だ。
 そう把握して、しゅら、と軽く鳴き声を零す。
 こんなにもいい奴である『スモーカー』を、こんな極限状態に追いやったのが青雉であることを考えると、やはりちょっと苛立ちがわく。
 まったく、どうしてあの海軍大将はあんなにも適当なんだろうか。
 上司と部下の関係である『スモーカー』が文句をつけられる筈もないから、やっぱりここはひとつ、俺が仕返しをしてやらなくてはいけないだろう。そうだ、そうに決まっている。

「しゅらら〜」

 そんな決意を胸に抱いて、俺と『スモーカー』の数日間の無人島生活が始まった。
 大食漢らしい『スモーカー』の食料探しはなかなか大変だったが、『スモーカー』は言葉の通り俺を守ってくれようとしていたし、俺だってその気持ちにこたえるべく何匹かを締め倒した。
 よく分からなかったが、それなりに強い動物達だったのか、『スモーカー』は驚きながらも褒めてくれて、それが素直に嬉しかった。
 俺達は、いわば生物の垣根を越えた戦友のような関係になっていたに違いない。
 だからこそ、一週間足らずの夜が明けた日、何食わぬ顔で現れた背の高い『誰かさん』に俺は飛びかかったわけであり。

「あららら……寂しかった? ごめんね、ナマエ」

 『だけどさァ、おれが一緒にいるより一匹にしてやったほうがのんびりできるかと思って』、なんて。
 そんな風に言った大将青雉を思い切り締め付けて一度くらい体を粉砕してやることも出来なかったのは、俺の頭を撫でてきたその手の低い温度に、安らぎを感じてしまったからだった。

 なんとも悔しい話だ。



end


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