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良いものだと聞いたので
※大蛇主人公とクザン大将




「クザン、ちょいといいかァい?」

「聞く前に入ってきてんでしょうや」

 ノックも無しに扉を開いた同僚に視線を向けて、クザンは軽くため息を吐いた。
 一応聞くのが礼儀って言うじゃないか、とそれを見下ろして笑っているのは、三人いる海軍大将のうちの一人だ。
 サングラスの向こう側にあるその目がクザンの顔を見やって、おや、と一度だけ瞬きをする。

「働いてんのかァい、珍しいねェ〜」

 そのあざなにふさわしい色味のスーツを着込んだ相手が近寄ってくるのを見やるクザンは、執務室に置かれている己の執務机に向かい、きちんと椅子に座っていた。
 その手には書類の束があって、扉を開く直前まで触っていたらしい角印が朱肉の横に置かれている。

「おれだってたまには真面目に仕事するわけよ」

 部下が聞いていたなら何か不吉なことが起きるのではないかと慌てそうな言葉を吐いて、面倒くさいけど、と続けたクザンが頬杖をつく。
 ふうん、とそれを見下ろして声を漏らしてから、ああなるほど、とクザンの目の前の海軍大将が手を叩いた。

「クザンが珍しいことしてっから、怯えてんだねェ〜」

「は?」

 何とも失礼なことを言い放った相手に、何の話、とクザンがわずかに眉を寄せる。
 不審そうなその顔を見下ろして、黄猿の字を持つ海軍大将がいつも通りに笑って、凶器となりえるその恐ろしい指を通路側のどこかへ向けた。

「ナマエの話だよォ〜」







 ナマエと言うのは、クザンが『飼っている』蛇の名前だ。
 普通よりずいぶんと巨大な蛇で、そのくせ見た目よりずいぶんと大人しい。
 人語を理解している節があり、昼寝を始めたクザンを襲うでもなくそれに付き合ったナマエを気に入ったクザンが、その手でかどわかしてきたのだった。
 人間相手だったなら海兵として大問題だったかもしれないが、ナマエは野生動物だったので問題無い。
 眠っているうちに環境が変わったことに戸惑っていたようだが、ナマエはすぐにこの海軍本部にもなじみ、基本的には奥まった場所にある中庭を住処にしてのんびりと過ごしている。
 自分が責任を持つと言った手前、その様子を見るために本部へ戻る頻度の増したクザンに、巨大生物を持ち帰ったことを怒っていたセンゴクも仕方なくナマエを認めたらしい。いつの間にやらナマエのための小屋のような物も中庭の奥側に置かれていて、ナマエはそれに入っていることも多くなった。
 そのナマエが『おかしい』と聞いて、クザンはその足を中庭に向けた。
 うららかな日差しが注ぐ昼下がり、足音を消して歩んだクザンのそれを聞きとがめたように、とぐろを巻いた巨大な蛇が頭を持ち上げる。
 あららら、とそれに笑って、クザンは足音を消すのを止めて蛇へと近付いた。

「昼寝の邪魔して悪ィね、ナマエ」

「しゅらら」

 言葉を掛ければ、とぐろを巻いたままのナマエが息を吐いて音を出す。
 気にしなくていいよ、と言いたげに響いたそれに肩を竦めて近付いたクザンは、その手で軽くナマエの体に触れた。
 それを受け止めて、少しだけナマエの体が強張ったのが分かる。
 とぐろを巻いたまま、クザンを窺うナマエを見やって、クザンはそのままそっと手を離した。

「何にもしやしねェって」

 ナマエの様子がおかしい、とクザンに言ったのは、クザンから見ても随分とナマエを『可愛がって』いる同僚の一人だった。
 蛇であるナマエがとぐろを巻くのはいつものことだが、それにしたって動かない、ということらしい。
 確かに彼が言う通り、ナマエはクザンを前にしてもとぐろを緩めず、むしろきっちりと隙間なく体を纏めている。
 いつだったか、昼寝をしに来たクザンを匿った時のように、その内側の空間に何かを隠していることは明白だった。

「何か隠してない?」

 だから直接問いかけたクザンに、しゅら、とナマエが軽く息を漏らして舌を揺らす。
 とぼけた様子で首まで傾げた大蛇に、まあ何でもないならいいんだけど、とクザンは呟いた。
 もちろん気にならないわけではないし、無理やりにでも覗こうとすれば覗くことは出来るだろう。
 野生生物であるはずのナマエは、基本的にクザンや他の海兵達に危害を加えない。
 クザンから見てもやりすぎの『可愛がり』方をしている海軍大将に対してもそうなのだから、その『やさしさ』は筋金入りだ。
 だからクザンが今そのとぐろを無理やり解かせたからと言って、ナマエがクザンに噛みついてくるとは思わない。
 しかし、たとえ蛇であっても、持ちたい『秘密』の一つや二つはあるだろう。

「……見せたくねェんなら、今はそれでもいいけど」

 仕方なさそうに呟いて、それからクザンの片手がポケットへと仕舞われた。

「しばらく本部から出かけるし、今度帰って来た時には見せてくれない?」

「しゅら?」

 譲歩するように言葉を零したクザンの前で、ナマエがもう一度首を傾げた。
 不思議そうなその目が一度だけ瞬きをしてから、ちらちら、とその口からはみ出た舌が揺れる。
 あれ言ってなかったっけ、とそれを見上げて、クザンが言葉を紡いだ。

「久しぶりに遠征に行けって言われてさァ、さすがに自分とこのを放り出して逃げたりはできねえでしょ?」

 本部に戻ってくるようにはなったものの、クザンの『散歩』癖は健在である。
 今日だって本当は出かけるつもりだったのだが、センゴクに呼びつけられ、そんな任務を言い渡されたのだ。
 さすがにそれを無視することはできず、クザンの足は執務室へと逆戻りして、仕方なく放り出していくつもりだった書類を片付けていた。
 一週間くらいなんだけど、と続けたクザンに、しゅらら、とナマエが息を零す。
 何かを惜しむようなその響きに、ん? とクザンも首を傾げた。

「どうかした?」

 いつもはクザンがどこに出掛けようと気にした様子も無いのに、どうして残念そうな顔をするのだろうか。
 よく分からないままクザンが見つめていると、やや置いて仕方なさそうに舌を口の中にしまい込んだナマエが、それからゆるりととぐろを解いた。
 先ほどまで頑なに閉ざされていたそれが動き、驚いた様子で目を瞬かせたクザンの視界に、それが入り込む。

「…………何隠してんの、ナマエ」

 思わずクザンがそう呟いてしまったのは、そこにひしゃげた物体があったからだった。
 半透明だが、しっかりと鱗の形までびっしりと刻まれたそれは、誰がどう見ても抜け殻だ。
 更に言うなら、その大きさからして、ナマエ自身の物であることは間違いない。
 いつの間に脱皮なんてしたの、と呟いたクザンの前で、ナマエの口がそれを咥えて、ぐい、とクザンの方へと差し出してくる。

「しゅら」

「………………え、何、くれるって?」

 ぐいぐいと押し付けられてとりあえずそれに手を触れながら、尋ねたクザンが見上げると、ぱっと自分の抜け殻を放したナマエがこくこくと頷いた。
 どことなく満足げなその顔に、クザンはその視線をもう一度手元の抜け殻へと向ける。

「……捨てとけってことじゃあ……ねえよな」

「しゅら!」

 思わず呟いたクザンに、ナマエが憤慨したような息を零す。
 よく分からないが、どうやらナマエは、それを『クザンへ贈るために』隠し持っていたようだった。
 確かに、そのあたりに放置していれば親切な海兵の誰かが片付けてしまうだろうし、そうでなくても風雨にさらされて崩れてしまうだろう。
 だがしかし、蛇の抜け殻など、一体どうすればいいのだろうか。
 蛇同士ならその意味合いも分かったかもしれないが、あいにくクザンは化物じみてはいるが人間である。

「あー……」

 かといって、渡されたそれをいらないと言えもせず、どうしたもんかと軽く頭を掻いたクザンは、それから、はあ、とため息を零した。
 その手がナマエに手渡されたものを手繰り寄せて、とりあえず折り畳む。小さくしなくては、持ち歩くこともできはしない。
 クザンの『受け取る』意思を見て、ナマエは機嫌よくちらちらと舌を零している。
 運べる大きさになったそれを持ち直してから、その顔を見上げたクザンの顔に、仕方なさそうな笑みが浮かんだ。

「まあ、ありがとうって言っとくよ」

 どう扱えばいいかも分からないが、贈り物を貰ったのだからこの言葉が妥当だろう。
 そう思ってのクザンの台詞は正解だったのか、しゅら、と息を零したナマエは満足そうである。
 見た目は無表情であるはずなのに、随分と分かりやすい大蛇をよしよしと撫でてやって、クザンはその日の残り、蛇を愛でて過ごした。

 翌日の遠征の途中、部下の何人かに祝われて誕生日を思い出し、もしや抜け殻が誕生日プレゼントのつもりだったのか、と思い至ったが、まさか蛇にそんな思考がある筈も無いのでただの偶然だったのだろう。



end


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