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言葉のかわり
※蛇注意





「しゅら……」

 のどかだ。
 俺は一匹で、大きめの庭でとぐろを巻いてうつらうつらとしていた。
 大将青雉に連れてこられたこのマリンフォードで、海兵の飼い蛇となりつつ過ごして、もう結構立つ。
 俺の姿に悲鳴を上げるのはもう一般海兵くらいで、将校くらいからは身構えるか『ああ、大将の……』という反応をするかのどちらかだ。
 青雉は俺を持ち帰った後、家に連れて帰ろうとしたが、外でこんな蛇を連れて歩くなと元帥に怒られていた。俺も全くその通りだと思う。蛇の方が頷いたことに周りの海兵は変な顔をしていたが、それから結局、俺の住処はこの海軍本部の外れにある中庭になった。
 今日の太陽はほかほかと温かい。
 絶好の昼寝日和だなーと体をだらだらさせていたら、ふいににおいを感じて頭を上げた。
 俺の反応に、あらら、と声を出して笑ったのは俺の飼い主だった。

「足音させないようにしたってのに」

「しゅら」

 そう言われても、俺は嗅覚が発達した蛇であるので仕方ないと思う。
 軽く舌をちらちらさせて体を解き、ずるりと動かして青雉へ近寄る。
 足を止めた青雉が俺を待ったようだったので、俺はくるりと大将青雉の体を取り巻くように自分の体をゆるく巻きつけた。
 別に締め上げて殺して食べるわけじゃない。餌は青雉が用意してくれるので狩はしなくてよくなったからな。今やっているのは、青雉が座れるようにという配慮だ。
 そして俺の行動を確認してから、よっと、と声を零した青雉が俺の体の上に腰を下ろした。
 背もたれを作れば俺へ背中を預けた青雉が、はあ、とため息を零す。

「ナマエは相変わらず、気の利く蛇だなァ」

「しゅららら」

 褒められたのだろう、多分。
 だからとりあえず息を零して返事をしながら、何だか気になって俺は青雉の方へともう一度頭を近づけた。
 それに気付いて、くつろぐ体勢になっている青雉がちらりとこちらを見る。
 どうかしたかと言いたげなその眼差しを受け止めながら、その顔の近くでちらちらと舌を揺らして、俺はぱちりと瞬きをした。
 青雉から、いつもと違うにおいがする。
 何だろうかと頭を傾げれば、俺の様子を見た青雉が、ああ、と声を漏らす。
 その手がベストの内側からひょいと薄い箱を取り出して、これか、と軽く振られた。

「さっきそこで受付事務員のお姉ちゃんに貰ったのよ。ほら、おれ今日誕生日だから」

「しゅら………………ら?」

 どうでもよさそうな顔で言われて、なるほどと頷きかけてぴたりと動きを止める。
 誕生日。
 今、青雉は『誕生日』だとか言わなかったか?
 困惑する俺を見つめて、誕生日は生まれた日でお祝いするのが一般的なんだと、青雉が常識を知らない奴を相手にするような柔らかい口調で言葉を紡いでいるが、そんなことは知っている。
 俺が知らなかったのは、今日が青雉の『その日』だということだ。

「しゅら……」

 尾の端を軽く振ってから降ろして、ついでに頭も垂れた。
 何ができるとも思えないが、今日が誕生日だと知っていたら、朝一番で会いに来た時に早く仕事に行けと追い出すことなんてしなかったのに。
 なんなら、大将黄猿が来た時だって匿ってやったのに。
 大将赤犬が通りがかったところで寝てる青雉を差し出したりしなかったのに。
 珍しく食事を一緒にしようと言うのを、蛇と一緒に食べたって気分よく食べられないだろうと断ったりしなかったのに。
 なんということだ。
 ことごとく祝うタイミングを自分でつぶしたと気が付いて落ち込む俺を見やり、何しょんぼりしてんの、と青雉が笑う。
 仕方なく、気を取り直した俺はそっと自分の顔を青雉の頭のあたりに押し付けた。
 犬猫がするようにぐりぐりと擦り付けてみると、笑いながらも青雉は体に力を入れて俺の攻撃に耐えてくれる。
 何度かやって満足したので、顔を離してから青雉の体を乗せたままで体を動かした。
 青雉の体を内側にするようにとぐろを巻いた俺に、されるがままだった青雉が目を丸くしている。

「ナマエ?」

 どうかしたかと尋ねてくる相手を見下ろして、青雉の体が完全に隠れていることを確認する。
 後は俺が頭で蓋をしてしまえば、恐らく俺がいつも通り中庭で昼寝をしているように見えるだろう。海軍本部に来てから、十分なエサを貰ってぬくぬくと育っている俺の体は着実に大きくなっている。
 不思議そうな青雉を見つめていると、やや置いて状況を理解したらしい青雉が、片手をアイマスクに当ててから小さく呟いた。

「あー…………あれか、匿ってくれるって?」

「しゅら〜」

 こくこくと頭を上下に振って、息を吐き出して鳴き声に似た音を立ててから、頭で半端に蓋をする。
 俺の体の隙間から注ぐ日差し以外には何もなく、随分と薄暗くなっただろう俺のとぐろの内側で、青雉が軽く笑った気配がした。
 それと同時に支えている体から力が抜けたので、それを支えるようにしながら、眠っている状態を装うために俺も目を閉じる。
 人間の言葉が話せたら『誕生日おめでとう』くらい言えるのに、蛇の身ではそれすら叶わないというのは、何だか少し寂しい気もした。
 とりあえず、青雉が起きたら力の限り巻きついておくことにしよう。



end


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