怖くなどありませぬ
※アニマル主人公は大蛇につき注意
※青雉夢の筈が、なぜかとっても黄猿さん出現
大将青雉の飼い蛇となり、海軍本部のあるマリンフォードへと連れてこられてから、もう随分な時間が経った。
ほとんど誘拐のような形で連れてこられて、最初の頃は酷く戸惑ったが、今は俺も慣れたものだ。
むしろ、こんなのどかな空気を知ってしまったら、もう一度あの島へ戻ることは無理だろう。青雉には誘拐犯としての責任を果たしてもらって、俺のことを死ぬまで面倒見て貰おう。
そんなことを考えつつ、ぬくぬくと太陽の日差しを浴びながら目を閉じてとぐろを巻いていた俺は、ふと吹き抜けた風から嗅ぎ取ったにおいに、ぱちりと目を開けた。
ぐっと体に力を入れて、緩んでいたとぐろを締め直す。
頭をもたげて警戒するように前方を見やった俺の前で、ぴかりと何かが輝いた。
空から注ぐ太陽の光とはまた違う、まばゆい光がそこへと集まって、じわりと人の体を作り上げていく。
俺が知っている『人間』よりずいぶんと大きい海軍大将の一人が、まだ体の端を光にしたままでにまりと笑って、頭を持ち上げている俺のことを見上げた。
「オォ〜……今日も元気そうだねェ〜」
笑って言葉を寄越されて、しゅら、と口から空気が漏れるような音を零す。
にこにこと笑いながら、こちらを観察するようにその視線を向けてくるその男が、海軍大将の『黄猿』だということを俺は知っている。
もちろん相手が『黄猿』だと名乗ったわけでは無いが、あの日の俺が『大将青雉』を知っていたように、『大将黄猿』もまた漫画の中ではそこそこ有名な方だったのだから仕方の無いことだろう。
どっちつかず、なんていうよく分からない正義を背負ったこの男は、見た目はのんびりしているがピカピカの実を食べた光人間だった。
レーザーを放つ指先がひょいとこちらへ伸ばされて、びくりと体を退いた俺に、黄猿が面白そうに笑う。
「警戒しなくてもいいでしょォに〜……取って食いやしないよォ」
とても楽しそうに言っているのだが、目が笑っていない。
この海軍本部の中で、俺は一番この海兵が苦手だった。
青雉が俺を持ち帰った時は面白そうに笑っていたのに、青雉が俺を飼うと決めた途端にこの態度なのだ。
他の海兵が反対する中、反対も賛成もしなかった大将黄猿こそが、一番俺を受け入れていないと思う。
俺はただの蛇だというのに、何だか怪しまれている気もする。
だから俺はこの海兵が苦手で、多分相手も、それを分かっているだろう。
だと言うのに、俺の態度なんて気にした様子もなく、凶器になる掌がひらひらと招くように揺れる。
「ほーら、おいで、おいで」
優しく言葉を投げながら微笑んだ大将黄猿に、しゅ、と息を漏らしてからおずおず頭を近付けた。
今レーザーを放たれれば確実に眉間辺りに穴が開くな、という位置で止まった俺に、ぺたりと黄猿の掌が触れる。
はい、つーかまえたァ、と子供が言うように間延びした声を零してから、やれやれと黄猿が肩を竦めた。
「ナマエはノロいねェ〜……こないだ牛食ってた時の方がもう少し機敏だったんじゃァないかァい?」
面白くなさそうに言われて、別に鈍いわけじゃないぞ、と相手を見やる。
俺は黄猿の出方を見ながら恐る恐る動いているだけで、普段は普通の蛇と同じように動ける。
とぐろを巻いている時のジャンプ力はそこそこある方だと自覚もしている。落ちた時に痛いからなかなか飛ばないだけだ。
「しゅら」
そんなことを思いつつ息を吐き出すと、我ながら不満げな音が漏れた。
それを聞いて、んんー? と首を傾げた黄猿が、俺の頭に触れていた手を滑らせて、今度は俺の口元を掴まえる。開かないように先をぐっと合わせるように掴まれて、俺の口は閉じる恰好になった。
俺が頭を退いて口を開けば簡単に噛みつけるような位置だが、光人間にそんなことをしたって無駄なことくらいは俺だって知っていた。
青雉にしろ黄猿にしろ、自然系の能力者は大体において無防備だ。唯一の例外は大将赤犬だろうかと思ってみたが、昨日俺に餌をくれた赤犬も、そういえばそれほど俺を警戒していなかった気がする。
それにしても、掴まれている部分が痛い。ちょっと手に力を入れすぎではないだろうか。いたいけな蛇にこんなことをするなんて、それでも正義の海軍大将か。
「……しゅう、しゅ」
閉じられた口の隙間から不明瞭に息を漏らすと、顔を近付けた黄猿が俺の目をのぞき込む。
「ん〜……何言ってるかは分かんないけど、多分文句言ってんだろうねェ」
目を見て言いながら手を離されて、俺は慌てて首を横に振った。
まさかそんな、俺が文句など言うはずが無いじゃないか。
しゅららら、と息を漏らして弁解する俺を前に、何故か楽しそうに笑った黄猿が両手をポケットへと押し込む。
「ごまかしてんねェ〜」
言葉が通じないはずなのになぜか楽しそうにそう言われて、やっぱり目が笑っていない黄猿に酷くざわつくものを感じた俺は、その後ろ側から漂ったにおいにすぐに反応して顔を上げた。
俺の動きを見た黄猿も、同じように後ろを見やる。
「……オォ〜、クザンじゃないかァ」
「人のに何してんの、ボルサリーノ」
面倒くさそうな顔をしながら近寄ってきた大将青雉の後ろに後光が差して見えたのは、多分俺の気のせいじゃないだろう。
大将黄猿の体が完全に俺がいるのと逆方向を向いて、今回は早かったねェ、と言葉を紡ぐ。
何とも不本意だが、それには俺も同意見だ。
青雉は、つい三日前、『遠征』だと言って本部を離れていた。
いつもなら、行きで一緒だった部下達を放って出かけて、大体一週間は部下に遅れて帰ってくるのだ。
自転車を持って行った青雉を俺は知っているので、今回もそうなるんだろうと思っていたのだが、真面目になったんだろうか。
そんなことを考えて頭を揺らした俺を見やってから、黄猿の前あたりで足を止めた青雉が、軽く肩を竦めた。
「最近、ナマエの元気が無かったから何かと思えば……海軍大将が動物を虐めないでくれない?」
まるで非難するような青雉の言葉に、人聞きが悪いねェ、と黄猿が困ったような声を出した。
しかし、その目は決してそう言っていないだろうなと、頭を後ろから見ている俺にでも予想はつく。
当然青雉から見てもそうなんだろう、呆れた顔から表情を変えない青雉の前で、首を傾げた黄猿がわざとらしく言葉を紡いだ。
「わっしはただ、いつもみたいに仲良く構ってただけなのに、そんな風に言われちゃあ傷付くよォ〜」
ねェ? と声を掛けつつ後ろを振り向かれて、しゅら、と息を漏らす。
『仲良く』には語弊があると主張したいところだが、まあ確かに、黄猿は気に入らない俺のことを構っていたし、それはいつものことだ。
頷いた方がいいのか、それとも首を横に振った方がいいのか考えてしまった俺を見やってから、はいはい、と青雉が言葉を落とした。
「いいから、もう行った行った。そっちはおれと入れ替わりで遠征だって話だったでしょうや。だから今日は真面目にやってんのに」
「ふっつうの海兵は、いつでも真面目に仕事してんだよォ〜」
青雉の言葉にそう返事をしながら、けれどもそれでようやく、黄猿はこの場を去ることに決めたらしい。
じゃあねェ、ともう一度だけ俺の方を見て手を振ってから、すたすたと歩き出した背中を、青雉と揃って見送る。
光人間らしく眩い黄色のストライプスーツが見えなくなってから、全く、と声を漏らした青雉の視線が改めてこちらを向いた。
「大丈夫か? ナマエ」
尋ねながら、近寄ってきた青雉が伸ばした手が、いたわるように俺の顔を撫でる。
犬猫がやるように頭をその小さな手に押し付けてしゅらららと息を漏らしながら、ずっと強張っていた体からそっと力を抜いた。
俺の様子に少しだけ笑ってから、青雉の手がそっと俺から離れる。
「お前も、されるがままになるのが嫌なら逃げるくらいすりゃあいいじゃないの。……ボルサリーノは追ってきそうだけど。笑顔で」
何となく想像したらしい青雉に、そうなんだよ、と頭を軽く上下に振った。
俺だって、自分を好きでないらしい相手とわざわざ対面したいような鋼の精神は持っていない。
最初の頃は、黄猿が来ると察知した時点で逃げたり隠れたりもしたのだ。
しかし俺の体は蛇で、しかも大蛇と呼ばれる類の大きさであり、逃げ場にも隠れ場にも困るのが現状だった。見てくれが大蛇なのだ、一般兵もいるような通路に入るわけにもいかない。
そして、何故か黄猿は、俺のことを追いかけてくるのである。
『かくれんぼかァい?』
そんな風に笑って茂みを覗きこまれた時は、正直言って俺が人間だったなら野太く悲鳴を上げていたに違いないほどに驚いた。
「しゅら……」
ため息を漏らした俺の向かいで、青雉が軽く笑う。
「ボルサリーノにも気に入られちまったみたいだし、大変だなァ、お前も」
「しゅ」
何だか、困ったような笑顔から聞き捨てならない言葉を聞いた気がする。
ぱちぱちと瞬きをして、もう一度見やった先で、海軍大将青雉は俺に背中を向けていた。
もたれてくるその背中を支えてやりながら上から覗きこめば、体重を俺に押し付けた青雉の視線が空を仰いで、そこに割り込んだ俺を見上げる。
その手が先ほど黄猿に思い切り掴まれた俺の口先を軽く撫でて、逆さに俺を見ながら口を動かした。
「ボルサリーノの奴、気に入った奴は虐めるからなァ……ナマエも、あんまり愛想振りまくのはやめなさいや」
「しゅららら」
何か注意されているようだが、やっぱり納得がいかない。
大将黄猿は、どう考えても俺のことを気に入らないように見えるのだ。
目が笑っていないし、追いかけ回すし、ちょっと痛い目にも遭わせてくる。俺が普通の蛇だったなら、すでに反撃してやり返されて黒焦げで死んでいるところだろう。
俺のことを不愉快そうに見たくせに餌をくれるようになった由緒正しきツンデレ大将ならともかく、黄猿が俺を気に入っているなんてことは、多分絶対にありえない。
困惑する俺からそっと手を離して、軽く伸びをした青雉の体が本格的に俺の方へと倒れ込んできた。
巻いていたとぐろを解いて、青雉が転がりやすいように形状を変えながら支えると、俺の体の上に殆ど全身を横たわらせた青雉が、あー、と小さく声を漏らす。
「……ナマエがポケットに入るサイズだったら、おれが連れて歩くけどなァ」
「…………しゅ」
こればっかりはなァ、と呟く青雉の言葉は嬉しいが、それは遠慮したい。
そんなことを思ってしまった俺の考えが伝わったのか、ん? と声を漏らして閉じかけていた目を開いた青雉が、何故か不満げな顔をした。
「何、その嫌そうな目。結構傷付くよ、おれ」
そうは言うが、俺は蛇なので致し方ないことでは無いだろうか。
蛇というのは変温動物だ。
ヒエヒエの実の能力者である青雉に連れて歩かれていたら、そのポケットの中で冬眠どころか凍死してしまうことは想像に難くない。
何せ、どういうことなのかは全く分からないが、自然系能力者は着ているものすらその能力で再生できるのだ。
赤犬のポケットに収まっていたら焼け死ぬだろうし、黄猿のポケットに入っていたら光で失明しかねないだろう。
そして当然、青雉のポケットにいれば凍えてしまう。それだけは遠慮したい。
「しゅう……しゅららら……」
そっと息を漏らす俺の体の上で、ちょっとナマエ、と呆れたような声を漏らした青雉は、それから仕方がなさそうに笑って、まあとりあえず久しぶりにここで寝させなさいや、とわがままを言った。
俺みたいな蛇の体をベッド代わりにするのなんて、青雉くらいなものだろう。
まあ断る理由は無いので、頷いて体の上を青雉に提供した。
「おやすみ、ナマエ」
「しゅら〜」
挨拶を寄越してアイマスクを降ろした青雉に息を吐きながら、俺も日向ぼっこに戻ることにする。
どうやら報告書を出していなかったらしい青雉を、赤犬が怒鳴りに来たのはそれから少し時間が経ってからのことだった。
ただ怒鳴りに来ただけの筈なのに俺におやつまで持ってきてくれた赤犬に、そっちもなの、と青雉は少し変な顔をしていた。
end
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