本日も西瓜日和
※ほぼボルサリーノさん
※性別バレ後
しゃり。しゃり。
耳に小気味いいみずみずしい音を立てながら、口の中のものを噛んで飲みこみ、それからボルサリーノはその目をちらりと傍らへ向けた。
「……わっしの顔に、何かついてるかァい?」
問いかけた先で、は、と体を揺らした相手がふるふると首を横に振る。
ここ最近、かつらをかぶることを辞めた彼の黒い髪がするするとその肩口を滑り、その手が傍らに置いてあったペンを握りしめた。
普段使っているのとは違う言葉を使いたいのだろう、その手が横に放ってあったスケッチブックを掴み、少し困った顔をしながらそこへ何かを綴り出す。
あまり『文章』の得意でないらしい彼が何がしかを『話しかけて』くるのを待ちながら、ボルサリーノはもう一つ手元のものへ噛り付いた。
ボルサリーノのすぐ隣に座る彼は、『ナマエ』という名前の、可愛らしい見た目をした人間だった。
年のころは、少年とも青年とも言い難い頃だろうか。
顔立ちも元より可愛らしいが、その彼の可愛らしさを際立たせているのは、彼の趣味であるらしい『女装』である。
今日もふんわりとしたワンピースに身を包んでいて、まるで愛らしい少女のようだ。
家から出歩くときは己の性別を考えてか男性的な恰好をすることが多くなったようだが、見た目からして少女でしかない彼がそこまで気を遣う必要はないように思われる程に、彼の仕草は『女性的』だった。
普段だったら殆どかかわりのないボルサリーノと彼が今こうして縁側に並んで座っているのは、ボルサリーノが暇潰しに、自分の同僚の家を訪ねてきたからだった。
残念ながら家主はおらず、勝手に入り込んだ庭を掃除していたナマエに驚いた顔をされたが、『もうじき帰ってくるから』と今はこうしてもてなされている。
水分の多いそれは、夏の時期によく見かける植物で、緑色の張りのある皮に黒い縞模様が入っていた。
いつもならお茶を出すナマエが運んできたそれを物珍しげに眺めて、そういや時期だったねェ、なんて言いながらボルサリーノがそれを齧り出したのが、少し前のこと。
種の多いそれを器用に口に入れていたボルサリーノをどうしてか観察していたナマエが、ようやく文章を書き終えたのか、ペンを降ろす。
それからくるりとスケッチブックをボルサリーノへ向けてきたので、ボルサリーノはそちらへ視線を向けた。
『汚さない食べ方を教えてほしい』
お世辞にも上手とは言えない文字で記されたそれに、ぱちりとボルサリーノが瞬きをした。
それから、その目がちらりと自分の手元を見やって、そうして改めてナマエの方へと向けられる。
「……食べ方ってのァ、これのことかァい?」
不思議そうな海軍大将の問いかけに、こくりとナマエが頷いた。
確かに汁気の多い食べ物ではあるが、わざわざそんなことを聞いてどうするのだろうか。
まさか、どことなく世間知らずであるらしいナマエは、西瓜の食べ方も知らないと言うのか。
そんなことまで考えて、しかしよく冷やされたものが出されていると気付いてその考えを放棄する。
その代わり、意味がわかんないねェ、と首を傾げて、ボルサリーノはもう一口をぱくりと噛った。
「わっしに聞かなくても、サカズキに聞きゃァいいんじゃないかァい?」
この家の主であり、ボルサリーノの同僚である『サカズキ』は、ボルサリーノとほんの少ししか歳の離れていない海兵だ。
西瓜を食べたことが無いなんてことがある筈もないし、ナマエが強請ったなら、どんなくだらないことだって叶えるだろうことをボルサリーノは知っていた。
一見して少女と見紛うナマエに惚れて、ナマエが男だと知ってからも変わらず可愛がっているのはあの男なのだ。
それこそ手取り足取り教えてくれるだろうと言葉を続いたボルサリーノの前で、どうしてかナマエがへにょりと眉を下げる。
困ったようなその顔で、その手がぺらりとスケッチブックをめくった。
『二人とも汚してしまうから、大変』
先程で書いてあったらしいナマエの『事情説明』に、何と言っていいか分からなくなったボルサリーノは、そうなのかいと適当な相槌を打った。
それから少しだけ考えて、まだ自分が食べていなかった皿の上の一切れを傍らの彼へと差し出す。
「それじゃ、まずわっしの前で食べてごらんよォ〜」
優しげに言い放ったボルサリーノに、頷いたナマエがスケッチブックを置いた。
それから、ボルサリーノ達に比べて小さな口で、しゃくりと西瓜を口に運ぶ。
甘いものが好きなのか、美味しそうにそれを噛み、時々零れそうになった果汁にちゅう、と吸い付いているその様子を横から眺めて、ひょいと手を伸ばしたボルサリーノがナマエの傍らからスケッチブックを拾い上げた。
「見てもいいかァい?」
訊ねたボルサリーノに、少しだけ考え込んだナマエが頷く。
それを受けて、片手に持っていた西瓜を食べ終え、種と皮を適当に皿の端へと戻してから、少し汚れた手を渡されていたタオルで拭ったボルサリーノは、そのままぱらりとスケッチブックをめくってみた。
普段使いらしいそれは、もうすでに随分と終わりの方まで埋まっていて、白い紙の上のあちらこちらに、ナマエが恐らくはサカズキに向けたのであろう文章が記されている。
どういう会話をしているのか、『駄目!』とだけ大きく書かれたページもあって、これは今度からかいながら聞いてみようと心に誓ったボルサリーノの手がそのままスケッチブックを閉じたところで、その視界の端でナマエが身じろぎをした。
少し慌てたような様子にボルサリーノが視線を向けると、うまく吸いきれなかったらしい果汁を口の端から零しかけて、自分の片手を顎の下へ添えたナマエが困った顔をしている。
「……オォ〜、本当にへったくそだねェ〜」
なるほどと納得して笑いながら、ボルサリーノは先ほど渡されていたタオルをひょいと持ち上げた。
綺麗な面をその口元へ押し付けて拭ってやると、大人しくされるがままになっていたナマエが食べかけの西瓜を置く。
そしてその手がボルサリーノからタオルを受け取り、小さなその手もきちんと拭った後で、ペンを片手にボルサリーノからスケッチブックを取り返した。
開いた白いページにせっせと文字を書いて、それからその手がくるりと白紙の面を向け直す。
『俺だけじゃないです』
きっぱりとしたその文面に、ボルサリーノはぱちぱちと瞬きをした。
それから、少しばかり言葉の意味を考えて、それはつまり、と口を動かす。
「サカズキもよく零してるってェ〜?」
問いかけたボルサリーノに、ナマエはこくりと深く頷いた。
へェ、と声を漏らして、ボルサリーノの手がナマエの方からタオルを取り上げる。
「それじゃあ、ナマエくんが拭いてあげてんだねェ〜」
先ほどのナマエの様子からして、ナマエは横から手を伸ばされることに慣れてしまっているのだろう。
だとすればと考えた仮定からの鎌掛けに、気付いた様子もなくナマエが頷いて肯定する。
なるほどなるほどと頷き、おかしさにこみ上げてきた笑いをかみ殺せずにボルサリーノの口元が緩んだ。
大して年齢も違わぬかの海軍大将は、本当に傍らの彼を大事にしている。
そして、どうやらボルサリーノたちの知らぬところで、年下の恋人に甘えたりもしているらしい。
甘えられている当人が気付きもしないというのはどうかと思うのだが、どことなくズレた雰囲気のあるナマエならば仕方のないことなのかもしれない。
西瓜ごとき綺麗に食べられない筈がないのだ。もしかしたら他にも、そんな些細な甘え方をしているのかもしれない。
聞き出してやろうか、なんてことまで考えたところで感じた気配に、時間切れを悟ったボルサリーノが視線を向ける。
「……何をしとるんじゃ」
「オォ〜、君を待ってたんじゃないかァ〜」
いつの間にやら庭の方へ回り込んで来たらしい家主の低い声に、ボルサリーノはおどけてそう答えた。
いつもならそれで済むのに、ボルサリーノがナマエと二人きりだったことが気に入らないのか、仏頂面のサカズキがわずかに足音すら響かせながら縁側へと近寄ってくる。
そうして、その体がボルサリーノとナマエの間に無理やり割り込むように座り込み、その目がじろりとボルサリーノを睨み付けた。
「近い。離れんか」
勝手に近くへ座った癖にそんなことを言い、マグマ人間の手がぐいとボルサリーノを押しやる。
心優しき光人間は、くすくすと笑ってそれに従い、とりあえずの距離を開いてやることにした。
end
戻る | 小説ページTOPへ