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愛の形とは
※性別勘違い男子とサカズキ
※バレ後


 サカズキが、それをナマエへ買って与えたことに、他意など無い。
 ナマエをマリンフォードへ置いてたまの遠征や海賊討伐の帰りに、立ち寄った島でナマエへ土産を買うのはいつものことだった。
 サカズキにその気が無くとも、誰かに何かを言い含められているのかそれとも別に何か目的があるのか、同行していた部下達の方からサカズキへ『お買い物はよろしいのですか』と声を掛けてくるのだから、忘れることなどある筈もない。
 甘いものを好んで食べるナマエへの土産は、その島での食べ物であることが殆どだが、時々は服や装飾品を買って帰ることもあった。
 今サカズキがそっと手渡して、ナマエの掌の上に転がした指輪も、そのうちの一つだ。
 サカズキの指にははまりそうにもない大きさのそれは、先日の遠征で訪れた島の名産だと言う石がつけられた、あまり華美ではないものだった。
 いくつか並ぶそれらのうちで、一番ナマエに似合う色を選んだのは当然ながらサカズキ自身だ。
 目を丸くして手の上を見下ろしたナマエが、それからすっとサカズキを見上げる。
 サカズキの体に比べて随分と小さい『彼』の顔には、驚きのような戸惑いのようなものが浮かんでいて、サカズキの眉間に少しばかりのしわが寄った。

「……気に入らんか」

 目を丸くしているナマエへ向けてサカズキが問いかければ、すぐさまふるふるとナマエの頭が横に振られる。
 そうしてその顔に輝くような笑みを浮かべて、ナマエの小さな手がサカズキの渡した指輪を握りしめた。
 頬すらわずかに赤くして、とても嬉しそうな顔をしたナマエがサカズキを見上げている。
 言葉を紡ぐことの出来ないナマエは、その代りのように表情がとても豊かだ。
 『彼』の顔を見下ろせば、今回の土産も喜んでもらえたことくらい、サカズキにだって簡単にわかった。
 向けられている笑顔に、サカズキの口元もわずかに緩む。
 土産を手渡して、こうやってナマエに喜んでもらえるのが、サカズキには何より嬉しいことだった。







 サカズキの機嫌があまりよろしくない状況となったのは、それから一週間ほどしてからのことだ。
 いつものように本部から帰り、一緒に夕食をとった後、いつもならサカズキが読書なり持ち帰った書類なりを片付ける時間帯である。
 ナマエが出してくれた茶の入った湯呑を捕まえて、サカズキがちらりと見やった先には、居間に座り込んで何やら布と戦いを繰り広げているナマエの小さな背中がある。
 ここ最近、どうも縫い物にはまり出したらしいナマエの右手には、糸を通した小さな縫い針もあった。
 ナマエの手元の布は、一昨日ナマエと一緒に出掛けた先で買った布地である。
 暗い赤色を宿したそれはあまりナマエには似合わない色のようにサカズキには思えたが、ナマエはその布がいいと主張して離れなかったので、ナマエが使いたい分だけを購入したものだ。
 ちくちくと一生懸命針を動かしているナマエの左手には、何枚かの絆創膏が貼られている。
 針先で指を刺して痛がっていたのは最初の頃の話で、今はこつを掴みつつあるのかそう言うことも無かったが、随分と痛々しかった。
 けれども、努力するナマエの姿を見るのは、サカズキは嫌いではないのだ。
 ナマエは元より家事能力が低く、料理も掃除も洗濯も、それほどできるわけでは無い。
 それでも一生懸命にこなそうとする姿をサカズキは可愛らしいと思っているし、大怪我をするような無茶や危ない真似をしないのであれば、後ろからそれを見守ることにしている。
 だから、ナマエが縫い物に夢中であることが、サカズキの不機嫌の原因では無い。
 何が問題なのかと言えば、サカズキから見えるナマエの両手に、何も飾られていないことが問題だった。
 サカズキより小さくて細い指のどれにも、サカズキが購入して渡した指輪の姿が無い。
 嬉しそうな顔をして指輪を握りしめてくれていた筈のナマエが、それを着けていないと気付いたのはつい先日のことだった。
 気付いてからできる限り記憶を辿ってみると、サカズキはナマエがそれを着けているところを一度だって見たことが無かった。
 今までそんなことは無かっただけに、なんと言って良いのか分からず、見つけられない言葉をただ飲みこんで、サカズキの視線がナマエの背中を撫でる。
 結局今日も持ち帰った書類を読み込めないまま、用意して貰っていた湯呑の中身を飲み干してしまったサカズキは、そっとそれを目の前の卓上へと置いた。
 とん、と小さく音が鳴ったのを聞きつけてか、くるりとナマエが振り返る。
 その目がサカズキを見やり、それから湯呑へ動いたのを見て、今日はもういらん、とサカズキは継ぎ足しに断りを入れた。
 少しぶっきらぼうになってしまったその声を聴いて、ナマエが不思議そうに首を傾げる。
 それから、自分の手元のものをちらりと見下ろした後で、針を置き、縫っていたそれを隠すようにしながら小さな体がサカズキの方へと振り返った。

「どうしたんじゃァ」

 振り向いた相手へ問いながら、サカズキの片手が書類を湯呑の傍へと置く。
 きちんと自分の方へサカズキの注意が向いているのを確認してから、ナマエの手がぱっと手元のものをサカズキの方へと掲げて見せる。
 サカズキに比べれば小さいその手が持っているものに、サカズキは怪訝そうな顔をした。

「……巾着か?」

 何とも不格好なその赤い塊は、布を袋状に縫い合わせたものだった。
 大きさは、ナマエの片手で簡単に隠れてしまう程度のものだろうか。
 口の部分には紐が通っていて、それを使って口を閉じるのだと言うことは見れば分かる。
 どうやら、ナマエがここ最近一生懸命作っていたものは、その巾着のような物であったらしい。
 何でそんなものを、とサカズキが尋ねる前に、赤いそれを持ったままで手を降ろしたナマエが片手を広げて、その上で袋を逆さにする。
 緩んだ口からポロリと落ちたものに、サカズキの目がぱちりと瞬きをした。
 ナマエの手の上に転がったそれは、どう見ても、先日サカズキが渡した指輪だったからだ。
 あの日と同じ穏やかな色味の石が、照明をはじいてわずかにてらりと光る。
 自分が作った不格好な塊の紐を片手で掴み、頭から落として首から下げるような格好にしてから、ナマエは左手の上に落とした指輪をそっと摘み上げた。
 そのままそれを自分の左手の中指へとはめて、少しだけ困ったように笑う。
 その指が簡単にするりと指輪を外したので、サカズキにもナマエが言いたいことは分かった。
 どうやら、サカズキが買ってきたそれは、ナマエには少しばかり大きい物であったらしい。

「…………言えば、サイズくらい直させちゃるわ」

 むっと眉を寄せてサカズキが言葉を紡げば、ナマエはふるりと首を横に振る。
 指から外した指輪を掴んだまま、その手が卓の下に置いてあったスケッチブックへと伸びて、引き寄せたそれと転がしてあったペンを持ち直したナマエが、その上に文字を書いた。

『直すの 切るから ダメ』

 たどたどしい子供のような文字で主張されて、サカズキの首がわずかに傾ぐ。
 そちらを見つめて、手に持っていた指輪を首から下げている赤い袋へ入れたナマエが、更に文字を記す。

『貰ったから丸ごと自分の だから 少しだって減るのはだめ』

 きっぱりと記されたそれに、サカズキはわずかに目を瞬かせた。
 サカズキが文字を読み終えたのを見上げてから、次のページに更なる文字を書いたナマエが、そっとそれを自分とサカズキの間に辺と並べて置いて、首からさげている手製の袋を両手で掴む。

『でも つけてどこかに落とすのはしたくない』

 だから自分でちゃんと袋を作ったんだと、そんな風に主張している文字を目でなぞってから、サカズキは改めてナマエを見やった。
 にこにこと笑っているナマエの手元には、サカズキがその身に宿すマグマのように赤黒い布地の、手製の袋がある。
 微笑むナマエの顔をしばらく眺めてから、サカズキはわずかにため息を吐いた。
 どことなく疲れたようなそれに、首を傾げたナマエがそっと袋を手放して、首からそれをさげたまま、サカズキの方へとにじり寄る。
 どうかしたのかと下から見上げてくる相手を見やってから、なんでもない、とサカズキはごまかしを口にした。
 サイズの合わない指輪を持ち歩くために努力したナマエの左手は、痛々しくもあちこちに傷がついている。
 ちくりと針で指をさしては痛がっていた様子を思い出すと何とも言えない気持ちが過って、サカズキは少しだけ自分の明日の予定を考えた。
 部隊の訓練や演習などは全く入っていなかったのまでを思い出してから、午前中までを休みにすると心に決めて、改めてナマエを見やる。
 向けられた視線に、サカズキの傍らに座り直したナマエは不思議そうな顔をするばかりだ。
 以前に比べて随分伸びたその髪を撫でてやりたいような気持ちを抑え込み、サカズキは口を動かした。

「……明日、一緒に出掛けんか」

「?」

 尋ねれば、どこに? とでも言うようにナマエが首を傾げる。
 宝石店だとサカズキが答えると、はっと息をのんだナマエの両手が自分の首からさげている袋を隠した。
 サカズキから少しだけ身を引いて、ふるふると首を横に振るナマエに、その指輪には何もせん、とサカズキはぶっきらぼうに答える。
 本当ならその指輪のサイズだって直してやりたいところだが、サカズキにそれを贈られたナマエが嫌だと言うのなら、そんなこと無理強いできるはずが無い。
 けれども、このままにしておくことも無理なのだ。

「もう一つ買うちゃるけェ、付き合え」

 だからそう言い放ったサカズキに、ナマエはぱちりと目を瞬かせた。
 それから少し困ったように眉を下げたのを見て、ナマエが何を気にしているか分かったサカズキは、わしは別に構わん、と言葉を紡ぐ。
 家の中ではよく女性らしい恰好をしているナマエの性別は、サカズキと寸分たがわぬ『男性』だ。
 可愛らしい恰好を好むらしいナマエにサカズキがそういう服を贈ることは多く、ナマエも家の中ではそれをよく着込んでいるが、一緒に家から『外』へ出る時、ナマエはいつも『男性』としての恰好を選んでいた。
 自分の性別を考えて、サカズキの隣を歩けるようにと気を配っているらしいことを、サカズキはちゃんと知っている。
 確かに、男同士で宝石店へ入って、しかもサイズを合わせて指輪を見繕うなど、店員に不思議に思われても仕方の無いことだろう。
 けれども、今さらそんなこと、サカズキは構わない。
 ナマエが男であろうが年下であろうが話せなかろうが、大事な相手であることに違いは無いのだから当然だ。

「今度はちゃんと着けられるもんを買うちゃるけェの」

 サカズキの言葉に、ナマエはますます困ったような顔をする。
 しかし、その頬は少しの赤みを帯びていて、照れたようにその目が伏せられた。

「…………、」

 やや置いて、恥じらうようにしながら頷いたナマエに、サカズキは『土産』よりもっと似合う指輪を選んでやろうと心に決める。
 買ったそれをあえて左手の薬指にはめさせたら、ナマエがどんな顔をするのか、今から楽しみで仕方が無かった。



end


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