君は特別な人
※『性別勘違い』シリーズ
※性別バレ後
ホワイトデーというものをサカズキが意識したのは、それがバレンタインという日付と対をなすものだという話を聞いたからだった。
しかもその贈り物には意味があるというのだから、逐次その内容を調べてしまったのも仕方のないことだ。
少々女々しいような気もしたが、誤ったものを贈ってしまい、万が一ナマエがそれの『意味』を知っていたなら、誤解されてしまう可能性も否めない。
どうせならば喜ばせたいと考えてしまったサカズキが店頭まで行って購入した丸い妙に彩の鮮やかな菓子は、今ナマエの目の前に並んでいる。
「……?」
不思議そうな顔で菓子を見つめたナマエが、それから手元のスケッチブックをめくる。
知らない物を見せられた時に向けて寄越される一枚に、『なんていうの?』と記されていて、マカロンと言うらしいとサカズキは答えた。
そうしながら、どうやらナマエはホワイトデーの贈り物の意味を知らなかったらしいと気付いたが、まあいいだろう。
サカズキは食べたことがないが、その丸い菓子がとんでもなく甘いという話は知っているし、ナマエは甘いものが好きなのだ。
「先月の礼じゃけェ、全部ナマエのもんじゃあ」
丸いそれを示して答え、サカズキの手が目の前にあった湯呑をつかむ。
そのまま中身をごくりと飲めば、『ありがとう』とサカズキへ伝えたナマエが、改めてしげしげと目の前の箱の中身を見つめた。
それから両手をあわせて、いただきます、と音もなくその唇で紡いでから、サカズキに言わせれば小さな手が箱へと伸びる。
値段のわりに数の少なかった箱の中身のうちの一つを捕まえて、その口がぱくりとそれを齧った。
その目が丸くなってから、その目が手元を見下ろす。
「うまいか?」
それを見やってサカズキが問いかけると、ナマエはこくりと頷いた。
その言葉を示すように、手に残っていた半分をそのまま口へ入れて、もぐもぐとそれをかみしめる。
それからその手が箱のふたに触れ、そっと閉めてしまったのを見て、サカズキはわずかに戸惑った。
サカズキの前で丁寧にリボンまで戻したナマエが、サカズキの分を淹れるときに用意したお茶を一口飲んでから、ふう、と息を吐く。
いつもだったら土産物はすぐに食べてしまうはずなのに、どうしてか箱を閉じてしまったナマエを見やって、サカズキはわずかにその眉間へしわを寄せた。
もしや、気に入らなかったのだろうか。
サカズキ自身は味を見てすらいないのだから、どれほど甘いのかも分からない。ナマエにも許容できない味だったのだとしたら、それも道理だった。
しかし、サカズキが何かを問う前に、その顔を見やったナマエがスケッチブックを開く。
他では代用できないのか、新しいページを開いて何かを書く音が、二人だけの部屋の中に響いた。
やがてペンを置き、ナマエの手がスケッチブックをサカズキのほうへとむける。
『せっかく貰ったから、じっくり食べる』
とても嬉しそうに微笑んで、ナマエの言葉がそんな風に綴られている。
その顔に他意はなく、間違いなく『もったいない』と思ってくれていることが分かった。
サカズキの贈ったものをそんな風に思ってくれることが面映ゆく、ほうか、とサカズキが相槌を打つと、ナマエはスケッチブックを自分のほうへと向けなおした。
新たなページにさらに何か文字を書いてから、それがサカズキのほうへと向けられる。
『まかろんの意味ってある?』
首を傾げながら尋ねたナマエが、ぺらりと紙をめくる。
マシュマロとクッキーとキャンディはこの間雑誌で見た、と記されたそれに、サカズキはわずかにその眉間のしわを深くした。
意味、と問われれば、確かに意味はある。
しかし、あえてそれを問われて答えるとなると、話は別だ。
「…………さあ、知らん」
声を漏らし、ふい、と顔を逸らしたサカズキに、どうしてだかナマエが反応する。
スケッチブックを放り出し、ぐるりと二人の間にあったローテーブルを迂回してきた小さな彼は、そのままサカズキの横へと座り込んだ。
その手がサカズキの私服をつかんで、ぐいぐいと引っ張る。
ちらりとそちらを見やれば、真剣な顔でサカズキを見上げたナマエが、ぱくぱくと音もなく口を開閉した。
教えてくれと言っているのは見てわかり、それを知りながらもさらに顔を逸らしたサカズキの手が、先ほどナマエが閉じてしまった箱を捕まえて引き寄せる。
それに気付いたナマエが慌てた様子で箱を取り返そうとしているが、それをさせずに片手で箱を開き直したサカズキは、箱の中に納まっていた丸い菓子を一つつまみ出した。
「っ!」
サカズキの膝にもはや乗り上げるようにしながら菓子を取り返そうとしている相手を捕まえて無理やり座らせ、サカズキの手が持っていたものを無理やりナマエの唇へと押し当てる。
ナマエはぐっと唇を閉じたが、その隙間にねじ込むように押し付けながら、サカズキはナマエを見下ろした。
「全部食うたら、教えちゃる」
『後で食べる』なんていう理由で箱にしまわれたそれをつまんだまま、サカズキの唇がそんな風に言葉を落とす。
どちらかと言えば有言実行の様子のあるナマエのこと、こういえば引っ込むだろうと考えたサカズキの手元で、むっと眉を寄せたナマエが、それから大きく口を開いた。
ぱくり、とサカズキがつまんでいたものを一口で納めて、柔らかな唇がわずかにサカズキの指先を掠める。
驚いてサカズキが指を引くと、片手で自分の口元を抑えてもぐもぐと口の中身を咀嚼したナマエが、どことなく挑戦的なまなざしをサカズキへと送った。
後で調べればいいだろうことなのに、どうやらナマエはどうしても、サカズキの口からそれを言わせたいらしい。
その様子に思わず笑ってしまったサカズキの膝の上で、身を捩ったナマエの手が、サカズキの片手が開いた小箱を捕まえる。
引き寄せたそれを自分の膝へと乗せ、ごくんと口の中身を飲み込んでから、ナマエはサカズキの片手に指を乗せた。
ペンもスケッチブックもない状況で、するすると辿った指先が、『絶対教えて』と言葉を紡ぐ。
「なんじゃァ、『後で食う』と言うとったろうに」
『そっちが悪い』
笑ったサカズキの声音を受けて、頑張って眉間にしわを寄せたナマエの口が、また一つの菓子をばくりと噛みしめた。
口の中に広がった甘味にわずかにその顔が緩んで、それから慌てた様子で引き締められる。
膝の上でくるくる表情を変える相手を眺め、どうやらあきらめるつもりがないらしいナマエに、サカズキは仕方なく逃亡を諦めた。
わざわざサカズキの口から『意味』を聞きだそうだなんてひどい話だが、告げたらきっとナマエは目を丸くして、それから顔も赤くするだろう。
口に出すのはどうしようもなく恥ずかしい気もするが、その変化をみられるなら、それはそれで悪くない。ただし、能力を発揮しないように気をつけねば。
そんなことを考えて、サカズキは仕方なく時間がくるまで、膝の上の恋人を愛でておくことにした。
箱の中身は、あと二つだ。
end
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