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買い物デート?
※両思いな二人(性別バレ以前)



「買い物にでも行くか」

 赤犬がそんな恐ろしいことを言った。
 俺は、目を丸くして目の前の顔を見つめる。
 俺が作ったそこそこな味の朝食を向かい合って食べていた赤犬は、俺の視線を気にした様子もない。
 今日は休みらしいこの家の主は、いつものように庭で木やら盆栽やらをいじって過ごすんだと思っていたのに。
 どうしてそんなことを思い立ってしまったのだ。
 買い物なんて、仕事帰りにやってくればいいじゃないか。
 食料は配達を頼んでいるみたいだし、それでまったく問題ない。
 そう言って説得したいのに、声が出ない俺にはそうすることすら出来なかった。
 外に出る。
 それは困る。
 色々と俺にも都合と言うものがあるのだ。

「……ナマエ?」

 箸を動かしていた手を止めてしまった俺にようやく気付いたらしい赤犬が、俺のほうを見る。
 家でいつも着ているワノ国の服が似合ってるななんて考えつつ、俺は赤犬へ視線を注いだ。
 言葉も文字も駄目なら、後は眼力しかないだろう。
 家にいたい。猛烈に家にいたい。
 この気持ちが伝わらないかとじっと見つめた先で、赤犬が少しだけその目を逸らして、ぶっきらぼうに言葉を紡ぐ。

「その……たまには、二人で出かけるのもどうかと思ったんじゃがのォ……」

 あ、これ照れてる。
 そう気付いてしまった次の瞬間には、俺は自分の意思とは関係なくこくこくと大きく頷いていた。
 だって赤犬が照れていたのだ。
 言うことを聞いてあげないでいられるわけがない。
 所詮、この世は惚れた方の負けなのである。







 赤犬が俺を連れ出した先は、赤犬の家から少し離れたところにあるテナントがたくさん入った通りだった。
 もう少し庶民的な店が並んでいたら、商店街と言ってもいいのかもしれない。
 久しぶりに体験する人ごみに、おずおずと足を動かす。
 ざわざわと騒がしい周りは、日本にいた頃ならそれほど気にならなかったはずなのに、ずっとそういうところから離れていた所為か、すごくうるさく感じる。

「ナマエ、はぐれんようにな」

 俺へ向かって赤犬がそう言いながら、その手をこちらへと差し出してきた。
 しっかりとその大きな手を捕まえて、できる限り赤犬の影に隠れるようにしながら、赤犬のゆったりした一歩にあわせて足を動かす。
 俺は基本的に、赤犬の家から外には出ない。
 だって俺は何故かまったく声が出ないし、このワンピースの世界は言葉こそ分かるものの筆記が殆ど英語なのだ。
 英語なんて宇宙語は滅びてしまえと思っている俺が筆談できるわけもない。
 赤犬の家は広かったし、慣れない掃除や慣れない洗濯をして慣れない料理を一生懸命やってるだけで時間は過ぎるから、それでも全然構わないな、と思うようになったのは腕の火傷が治ったころのことだ。
 何より、俺が赤犬を好きになって、奇跡的に赤犬が俺を好きになってくれた時から、俺は赤犬以外の人前に出るのが怖くなった。

「……」

 自分が着ているワンピースを見下ろす。
 この間赤犬が買ってきてくれたそれは、ふわふわした生地で花柄の、随分と女の子らしい服装だった。
 まだ伸びていない髪の毛を隠すように被ったウィッグが、するりと生地の上を滑ったのまでを視界に納める。
 俺は、男だ。
 でも、今は女の格好をしている。
 それはこの世界に来た時からのことで、赤犬を好きになるまでずっと、俺は自分が『男』なんだと赤犬に伝える努力をしていた。
 けど、今はそれも出来ない。
 足を動かしながら、視線を赤犬のほうへと戻す。
 俺に合わせてゆっくり歩いてくれているこの海軍大将は、どうしてか奇跡的に、俺のことを好きになってくれた。
 俺も好きだったからめちゃくちゃ嬉しくて嬉しくて、だけれどもその嬉しさが落ち着いたときに少しばかり絶望した。
 だって、赤犬は俺のことを『女』だと思っているのだ。

「…………」

 声も出ないし文字も書けない上に臆病になってしまった俺は、自分から赤犬の勘違いを解かせる為の努力をすることをやめた。
 赤犬の家にいる限りは、それで問題ない。だって赤犬は鈍いのだ。
 けれども、世の中には鈍い人ばっかりじゃないだろう。

「あ、ねェねェ、あれ見て!」

 高い声が耳に届いて、慌ててそちらを見やる。
 ガタイのいい男が何人かいて、今のはどうやらそのうちの一人に寄り添って立っているお姉さんの声だったようだ。向かい側のテナントを指差しているその様子に、小さく息を吐いた。
 少しだけ力の抜けた掌が、ぐっと先ほどより少し強く握られる。
 視線を向けると、俺のとなりを歩いている赤犬が、歩きながらこっちを見ていた。

「……わしがついとるけェ、なんも怯えなくてええんじゃ」

 そう言って微笑まれて、俺はじっとその顔を見上げた。
 急に何を言い出すのだろうか。
 もしかして、俺が他の人の視線に怯えているのに気付いてしまったんだろうか。
 鈍いはずの赤犬が気付いてしまうくらい、俺はあからさまのか。少し考えてみても、よく分からない。
 けれども、もし俺が怯えていることに気付いていても、きっと赤犬は俺が『どうして』怯えているのかには気付いていないだろう。
 もしも今、誰かに俺が『男』だと見破られてしまったらきっと、赤犬は、そんな変態のことなんて嫌いになるだろうから。
 そうしたらきっと、こんな風に手を繋ぐことだって出来なくなる。
 それどころか、一緒にだっていてくれないだろう。
 だって、赤犬は『女』の俺が好きなのだ。
 いつか絶対にくるその日が怖くてたまらないことなんて、赤犬が知るはずも無い。
 だから俺はこくりと頷いて、できる限りの笑顔を浮かべて見せた。
 それが歪んでいるかどうかは鏡も無いから分からなかったけど、赤犬は目を細めてくれたから、きっと穏やかなものになったに違いなかった。







 小さな手だと、サカズキは思った。
 おおよそ戦えるとは思えない、か弱い掌だ。
 何人もの海賊を葬ってきたサカズキの手の中にあるそれは、サカズキの影に隠れるようにして歩いている小さなナマエのものだった。
 たまには一緒に買い物でも出来ないかと誘ったサカズキに承諾を返してくれたナマエをつれて、ここへ辿り着いてからまだ数分だ。
 ナマエと並んで目的の店まで歩き出したサカズキは、ナマエが自分の影に隠れるようにしながら歩いているのに気付いて、内心で舌打ちを零した。
 何故なら、ナマエが少しばかり怯えている様子を見せているからだ。
 うかつだった。そう一人胸の中で呟いてみても、サカズキの失態は変わりようがない。
 ナマエは元々、海賊に攫われて売り払われる寸前だったところをサカズキに助けられた『被害者』だった。
 ショックで声と文字を失ったらしいナマエがどこでどう過ごしていたのか、サカズキには知りようも無い。
 もしかしたら、今まわりにあるような人ごみにまぎれて攫われてしまったのかもしれない。
 そう考えてみれば、サカズキに隠れるようにしながら歩く様子にも納得が行くというものだ。
 怯えさせたかったわけではないというのに。
 空いた手でキャップを軽く押さえて、サカズキはこっそりとため息を吐く。
 サカズキとナマエの想いが通じ合って、しばらく経つ。
 毎日慣れない手つきでかいがいしく家事を行ってくれているナマエの姿は、噂に聞く新妻そのものだ。
 ボルサリーノやクザンが見たいというのを一蹴して家に帰るのがサカズキの日課になっていた。
 そして、たまの休みだから、いつも家に閉じこもっているナマエを外へ連れ出してみてはどうかと思ったのだ。
 こんなことなら、いつものように庭いじりでもしていたほうが良かったのだろうか。
 庭に立つサカズキを縁側に座って眺めているナマエの姿も、嫌いなわけではない。
 適当に買い物を済ませてすぐに帰ろうか、とまでサカズキが思ったところで、サカズキの手の中にあったナマエの手が少し強くサカズキの手を握る。
 それに気付いてサカズキがナマエを見やると、足を動かしながらナマエは通りを観察していた。
 同じ方向へちらりと視線を向けて、サカズキの眉間に皺が寄る。
 そこには、体格の良い男が数人たむろしていた。
 海賊とまでは行かないが、あまり良い雰囲気とも思えない風体だ。
 一般人なら、できれば避けて歩きたい相手だろう。
 少しばかり彼らを観察した後で、何かに安堵したようにナマエが小さく息を吐き、サカズキの手を握り締めた掌から力が抜ける。
 それを受けて、今度はサカズキがナマエの手を軽く握り締めた。
 手を握られたナマエの目が、サカズキを見上げる。
 ナマエが歩くのに合わせて足を動かしながら、サカズキは言葉を紡いだ。

「……わしがついとるけェ、なんも怯えなくてええ」

 ナマエを安心させようと、サカズキの口には小さく笑みが浮かべられた。
 言葉と笑みを向けられたナマエが、ぱちりと瞬きをする。
 それから数拍を置いて小さな頭がこくりと頷きを零して、そうしてその顔に笑顔が浮かんだ。
 ふわりと花開いたようなそれに、サカズキの目が細められる。
 こんな風にサカズキを穏やかな気持ちにさせるのは、ナマエだけだ。
 そう告げる代わりにナマエの手を引いて、サカズキは傍らのナマエを守るようにしながら、そっと足を動かした。



end


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