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嘘でも何でも構わない



「俺がいた世界ではそうだったんですよ」

 ナマエはよく、そんな風に言った。
 それは大体が些細な事柄で、『生まれ故郷ではこうだった』と言われれば『ああそうなの』と頷いてやるだけのようなものだ。
 今日もまたそのように言われて、聞こえたそれにクザンが頬杖をつく。
 彼をクザンが拾い、この行きずりの島へ残して生活をさせてから、もう半年ほどが経つ。
 カレンダーのページの中はいくつかバツ印だけで埋まっていて、今日は久しぶりにそのとなりにマルを書いた日だった。
 クザンの見る限り『普通』の青年は、未だに『異世界がどうの』と口走る嘘吐きのままだった。
 唯一の救いは、その『嘘』をクザン以外には吐いたりしないところだろうか。
 さすがに彼自身も、誰彼かまわずホラを吹いて周囲から浮いてしまう事態は避けたいらしい。
 掌に頬を預けたまま、自分を観察するクザンに気付いて、あ、とナマエが声を零す。

「まだ信じてなかったんですね」

 まるで聞き分けのない子供に言うようにしてため息まで零したナマエに、そりゃあね、とクザンは頷いた。

「信じろって言う方がどうかしてるでしょうや」

 吐き出した言葉は、目の前の彼を否定するものだ。
 けれどもナマエに傷付いた様子は無く、むしろ、そうですね、と軽く頷いてすら見せた。

「俺だって、実際まだ信じきれません。異世界にいるなんて」

 でもここは自分が生まれ育った世界じゃないということは分かるんです、とナマエは言う。
 その『違い』は、ナマエが語りクザンが聞いた限り、その平穏さの違いだった。
 クザンが知るよりずっと文明が発達しているナマエの空想上の世界には、生身で武力を行使する海賊は殆どいない。悪魔の実も無い。海王類もいないと言う。
 その目で見たことのないそれらの名称を口走るくせをして、なんとおかしな話だろうか。

「ナマエはおれのことも知ってたしね」

 頬杖をついたままで呟いたクザンの傍で、あははは、とナマエが笑った。
 誤魔化すようなその笑みを眺めて、ソファに座ったままで、クザンが問いかける。

「それで、どこの誰なの? お前さん」

 クザンが見た限り、ナマエはどこにでもいる普通の青年だった。
 その体に退化した翼は無く、また、青海に居ても平気な顔をしているので、空島から落ちて来た人間であるということもないだろう。
 本来の実力を隠しているだけかもしれないが、クザンより非力であり、少し世間知らずでもある。
 そして、クザンのことを何故か全面的に信頼している。
 それも初対面のあの時からだ。
 ひょっとするとクザンが覚えていないだけで会ったことがあるのかとも思ったが、全くその様子は思い出せないし、以前探りを入れた時も、ナマエは自分とクザンが出会ったのはクザンが拾ったあの時が初めてだと自己申告していた。
 海でクザンがナマエを拾ったあの日、ナマエはクザンに縋って助けを求め、断られるだなんて全く考えていないような顔をしていた。
 今もまた、嘘なんてついていないような目をして、クザンへ向けて言葉を綴る。

「異世界人ですよ、帰り方も分からない、ただの」

 はっきり、きっぱりと寄越されたどうしようもない嘘に、あー、とクザンは声を漏らした。
 やや置いて、頬杖を止めたその手で頭を掻き、軽くため息を零す。

「……そ、わかった」

「え?」

「ナマエは異世界人。信じてあげる」

 そんな風に言ったクザンに、ナマエが驚いたように瞬きをする。
 困惑をその顔に浮かべる相手に小さく笑って、どうしたの、とクザンが問いかけると、だって、と彼は困ったような声のままで返事をした。

「信じろって言う方がどうかしてるって、さっき言ったじゃないですか」

「まあ、どうかしてるとは思ってるけど」

 荒唐無稽な嘘を並べるナマエへ向けて言いながら、クザンは優しく言葉を続けた。

「ナマエのこと、信じたいとは思ってんの、これでも」

 だから『嘘』でなくて『本当』を聞きたいと思っているのに、彼がどうしてもその『嘘』を突き通したいと言うのなら、クザンはそれを信じてやることしかできないのだ。
 何を言ってるんですか、と戸惑うナマエの方へ、クザンの手が伸ばされる。
 掌を上へ向けて微笑みながら、クザンの口が言葉を紡いだ。

「……だから、もし帰ることになったらさ、ちゃんとお別れくらいは言いなさいね」

 おれに黙っていなくならないでね、と続けたクザンに、ナマエの目が丸く見開かれた。
 それから数秒を置いて、恐る恐ると動いた手が、クザンの掌に重ねられる。

「……はい、わかりました」

 ありがとうございます、と呟くその声はとても小さく、『嘘』を信じたクザンに向けた笑みは、とても嬉しそうなものだった。



end


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