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半分は嘘、という嘘



 クザンが拾ったナマエと言う名前のその青年は、酷い嘘吐きだった。
 ここではない世界から来ました、行くあてがありません、助けてください。
 クザンを一目見て『大将青雉』と呼んだくせにそう言って、助けを乞うたのだ。
 もしも拾ったのがクザンでは無くサカズキなら、どう考えても『怪しい』ナマエは海軍の監視下に置かれるか足の片方くらいは焦されるかしたかもしれないし、ボルサリーノだったならそのまま軍へと連れて帰られてベガパンクのところへ放り込まれていたかもしれない。
 けれどもナマエを大海原で助けて運んだのはクザンで、彼は『だらけきった正義』を信条に掲げるだらけきった海軍大将であり、

「…………あー……それじゃ、ここでとりあえず生活すれば? 当面の金は出すし」

 面倒くさがった彼の言葉によって、身元不明の青年は衣食住を確保したのだった。



■□■



 港町は朝が早く、いつもそれなりに騒がしい。
 訪れ慣れた島へ上陸したクザンは、そこまで漕いできた自転車を適当に砂浜の端に放置して、そのまま歩きなれた道を進んだ。
 うっすらと朝日を受け始めた朝の港で、行き交う島民達からの挨拶を受けながら適当に返事をして、その足を動かす。
 そうしてたどり着いた港の外れの小さな家へと、その手は扉を叩きもせずに押し開いた。
 軋んだ音を立てた扉に気付いて、室内にいた青年が振り向く。

「あ、クザンさんだ。おはようございます」

 勝手知ったる様子で入ってきた相手を非難する様子もなく微笑んだ相手に、元気そうだね、とクザンも言葉を投げた。
 おかげさまで、とそれへ応えて、ナマエが手元のトレイをすぐそばのテーブルへと運ぶ。

「二週間ぶりですね」

 温かそうなコーヒーとパンだけが並んだそれをトレイからテーブルへと降ろしながら、彼は呟いた。

「そうだっけ?」

 とぼけたふりをして首を傾げたクザンに、カレンダーに印つけてましたから、と答えたナマエが壁際を指差す。
 言われてそちらを見やったクザンは、二週間前は見なかったカレンダーがそこにあり、昨日までの日付に全て小さくバツ印がついているのを確認した。
 ちょうど二週間前の今日には、そのバツ印の横にマルが書かれている。
 ふうん、と声を漏らしてから、クザンの顔がナマエの方へと戻された。

「もう島には慣れた?」

「はい、それなりに」

 クザンの問いかけに返事をしてから、あ、そうだ、とナマエが軽く手を叩いた。

「ご飯食べていきますか? パンとコーヒーくらいしか無いですけど」

 すぐ用意できますよ、と続いたその言葉に、クザンは軽く頭を掻く。
 あー、と彼が声を漏らしている間に素早くキッチンへ向かってしまったナマエが、そこで新たなコーヒーを淹れだしたのを見やって、それじゃあ頂こうか、とクザンの口が言葉を紡いだ。

「コーヒーとパンだったら、そう壊滅的なことにはならないでしょ」

「酷いですね、俺、ちょっとは料理できるようになったんですよ」

 クザンの言葉にそう答えながら笑って、ナマエの手がコーヒーを淹れる。
 いやいやあれがそうそうまともなレベルにはならないでしょうや、と二週間前に振舞われた料理を思い返しながら言葉を放って、クザンはそのままテーブル脇の、室内に不似合いな大きさのソファへと腰を下ろした。
 ナマエには少し大きなそのソファが、この家に来た時のクザンの定位置だ。
 何度目かにクザンが訪れた時に、ナマエが買い揃えていた家具である。
 安く買えたんですとナマエは嬉しそうに笑っていたのだが、どう考えても一人暮らしには余計な出費だっただろう。
 けれどもナマエが何も言わないので、クザンも何も言わない。
 ナマエと言う名前の彼は、クザンが海で拾った漂流者だった。
 目を覚ましてすぐにクザンの名前を呼び、助けてほしいと縋った彼は、自分は『異世界の人間』なのだと言った嘘吐きだった。
 もしも本当にそうなら、彼はクザンの名前だって知らないはずだ。
 どう考えても嘘だと分かるが、クザンがそれを追求したことは一度も無い。
 それは、クザンが面倒くさがりであるという事実と、ナマエがクザンの服を掴みながら、とても怯えた顔をしていたのが要因だった。
 それから、『怪しい』人間であるナマエを放っておくこともできずに、クザンは時折この島を訪れては、ナマエの様子を観察している。

「はい、お待たせしました」

 陶器のぶつかる音を立てながら運んできたコーヒーをクザンの前に置き、焼いたらしいパンもその隣に並べてから、ナマエが椅子を引いてきてそれに座る。
 何とも質素な朝食だが、ありがたくご相伴にあずかることにして、クザンはコーヒーの入ったカップへと手を伸ばした。

「あ、クザンさん、今日はお昼も食べていきますか?」

 それとも早く帰っちゃいますか、と尋ねられて、コーヒーに口を付けるところだったクザンが動きを止める。
 その目がちらりとナマエを見やり、期待に塗れたその顔に、仕方なさそうなため息が漏れた。
 ナマエは料理の腕が壊滅的である癖に、妙なところで挑戦的だ。
 恐らく、二週間前のリベンジがしたいのだろう。

「……期待はしないでおくよ」

「そこは嘘でも期待してほしいところですけど」

 呟くクザンへそう言って、ナマエの手がパンをちぎる。
 ああはいはいと声を漏らしたクザンへ、面倒くさがらないでくださいと言葉を零しながら、それでも久しぶりに会ったナマエは楽しげだ。
 そうやっていると、クザンへ大嘘を吐いたのと同じ人間だとは思えない。
 昼に何を食べさせられるのかと、怖いもの見たさの期待を感じながらその顔を見返して、笑ったクザンもひとまずコーヒーへ口を付けた。


end


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