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あえかで苛烈
※ドレークが赤犬派閥だったらという妄想が若干入り交り
※ほんの少し名無しオリキャラ?注意




 俺に、赤いらしい革製の首輪が与えられて、しばらく経った。
 本日は晴天で、屋外での運動日和だ。
 俺が見上げた先で丸いフリスビーがくるりと回転し、それを片手に掴み直した海兵が、きりっと顔を引き締めたままで俺を見下ろした。

「用意はいいか、ナマエ」

「わん!」

 落とされた確認に、座ったままでびしりと背中を伸ばして返事をする。
 同じ人間の姿だったなら海軍式の敬礼をしていたに違いない俺を見下ろして、よし、と頷いた海兵の手がフリスビーを振りかぶったのを確認した後、俺はすぐさま芝生に押し付けていた尻を上げた。

「捕獲!」

 命令を出した海兵の手が、ぶんとフリスビーを投げる。
 飛び出したそれを追いかけて、俺もすぐさまその場から駆け出した。
 模様を輪のようにつなげて回転するフリスビーが、音も無く空中を飛行しながら、ゆっくりと地面へ向けて降りていく。
 まだ短い両前足と後ろ足をちぎれんばかりに動かして、地面を駆け抜ける俺が何にもぶつからずにいられるのは、今いるこの場所が海兵達の訓練場の一つだからだ。
 息は苦しいしだんだんと足が疲れてきたが、こんなことで根を上げるわけがない。
 必死になって駆けた俺は、やがて勢いを殺し始めたフリスビーを見つめて、更に低くなったそれへ向けて飛びついた。
 口でしっかりとそれを噛みしめて着地をし、勢いのつきすぎた体でごろりと地面を転がる。
 それでもすぐさま起き上がり、荒く息を零しながらも離さなかったフリスビーを咥えたままで振り向けば、戻ってこい、と海兵が大きく手を叩いた。
 それを聞いて、フリスビーを咥えたままで来た道を駆け戻る。
 口に咥えたフリスビーが大きくて、向かいからの空気抵抗を受けて揺れるせいで走りづらいが、俺の足はきちんと元来た道を辿って、海兵の前でその動きを止めた。

「わふ!」

 どうだ、と胸を張りつつ座った俺の前に屈みこんだ海兵が、ひょいと俺の口からフリスビーを取り上げた。
 彼の私物の筈だが、先程思い切り噛みついた俺の歯形が付いてしまっているそれを見ても笑ったままの海兵は、随分と心が広いと思う。
 その手がひょいと伸ばされて、まだ息の上がっている俺の頭をその手が撫でた。

「よくやった。偉いぞ、ナマエ」

 優しく言葉を寄越されて、くうん、と鼻を鳴らす。
 褒められるのは素直に嬉しいので、ぱたたたた、と尾を振って地面を叩いた。
 もしもこれがサカズキからの褒め言葉だったなら、俺の尻尾はきっとちぎれていたに違いない。
 しかし、今この場にサカズキはいなくて、だからこそ俺の尻尾は無事だった。
 何故なら、サカズキに遠方への遠征任務とやらが入ったからだ。
 黄猿と話していたのを横で聞いていた限りだと、ちょっと大きな組織を作り始めている海賊を『討伐』しに行く、という任務らしく、危ないそれには当然ながらペットたる俺を連れて行ってくれる筈もなかった。
 俺はただサカズキが拾っただけの仔犬で、強くも無ければまだ役に立てるような特技も無いのだから当然だ。
 当然だと分かっているのだが、出発の前日に、サカズキによってこの傍らのドレークとか言う海兵に預けられた時は、何だか酷い衝撃を受けた。
 木箱に入れて道端に放置されたあの日のことを夢に見て、何だか変な時間に目を覚ましてしまったのは、確か預けられた最初の日だったと思う。
 中身の『俺』が元は人間だと知らないサカズキや他の人達にとって、俺はただの『犬』でしかないのだから、捨てようと思えば簡単に捨てられるのだ。
 そう気づいてしまった俺は、今までの生ぬるいトレーニングを改めて、自分の体を鍛えることにした。
 この体が人間だったなら筋力トレーニングやおもり付素振りの一つや二つはやるのだが、犬の体で腹筋やらが出来るわけも無いので、俺を預かってくれたこの海兵を付き合わせている。
 遊びの延長でだんだんと遠くにフリスビーを投げてくれるようになった海兵は、動物は元気だなと笑っているが、これはただの遊びでは無いのだ。
 俺は強くならなくてはならない。
 サカズキにとって役に立つ犬になって、これからもずっとサカズキと一緒にいるのだ。

「少し休憩するか」

「きゃうん!」

 決意を新たにする俺へ向けて落とされた言葉に、俺は高く鳴き声を上げて抗議した。
 俺の様子を見下ろして、本当に元気だな、と笑った海兵が、しかしその手に持っていたフリスビーを後ろへ隠す。

「わんっ」

「お前も疲れただろう、ナマエ。無茶をして怪我でもしたら、サカズキ大将がお怒りになるからな」

 更なる抗議を放った俺へ向けて、言葉を落とした海兵の開いた手が、もう一度俺の頭をぐりぐりと撫でた。
 サカズキよりは小さいものの、俺の頭をわしっと簡単に掴めるような手でぐりぐりと撫でられるのは気持ちがいいし、疲れた体を撫でまわされたくてたまらなくなったが、ここでころりと芝生に転がっては俺の敗北である。
 サカズキが帰ってくるのがいつかは分からないが、俺は努力をしなくてはならないのだ。
 それを分かってくれない海兵に、もう一度抗議の鳴き声を上げようかと口を開きかけた俺は、ふわりと吹いた風に混じった匂いに、は、と目を見開いた。
 すぐさま視線を風上に向ければ、手の下での俺の身じろぎに気付いたらしい海兵が、ナマエ? と不思議そうに声を掛けてくる。
 わふ、とそれへ返事をしてから、訓練場に隣接している建物の向こうから漂っている匂いにすんと鼻を鳴らして、座り込んでいた体勢からもう一度立ち上がり、体をそちらへ向けた。
 ぶんぶんと、勝手に尻尾が揺れている。勢いが良すぎて時々すぐそばの海兵の足を叩いているような気がするが、ほんの少しなので気にしないでおく。今はそこに構っている場合ではない。
 だって、匂いがするのだ。

「わんっ!」
 
 大きく鳴き声を上げてから、少し休んだせいでダルさすら感じる足を動かして、すぐにその場から駆け出す。
 ナマエ、ともう一度後ろから名前を呼ばれたが、今はそちらへ返事をする時間も惜しかった。
 一度転んだのを前方に転がるようにしてすぐさま体勢を立て直し、まさしく転がるようにして建物の向こう側へと足を運ぶ。
 俺が辿り着いたそこには、やっぱりサカズキが立っていた。
 何日ぶりだろう。俺にカレンダーは与えられていないし、メモ帳も無いから日付を数えるのは苦手だが、少なくとも二週間は経っている気がする。
 相変わらず『赤い』らしいスーツを着込んだサカズキへ近寄ると、すぐそばに立っていた海兵と二人で厳しい顔をして何やら話していたサカズキが、その視線を俺へと向けた。

「……ナマエか」

「きゃう、わん!」

 低い声に名前を呼ばれて、嬉しくなって鳴き声を上げる。
 そのままぐるぐるとサカズキの周りを回って、あらゆる角度からサカズキを見上げた。どうしてかサカズキの両側の地面が少し焦げているが、まだ熱のあるそれをひょいひょいと飛び越えていたら、サカズキの足がならすようにその焦げ跡を踏みつけた。
 本当はその体に飛び付くなり擦りつくなりしたいくらいだが、訓練場で駆け回り転がっていた俺の体は確実に砂や土や草で汚れているので、そこは遠慮しておく。サカズキの『赤い』スーツを汚したら可哀想だ。
 俺の様子を見下ろしているサカズキの横で、何故か俺を見下ろす海兵の一人が焦った顔をしているが、俺にはその理由も分からない。
 サカズキより低い位置にあるその口が、少し慌てた様子で声も無く『今は離れていろ』と言った気がするが、サカズキを前にして離れろだなんて、なんて無茶を言う奴だろうか。
 俺の様子を見下ろして、いつものように厳しい顔をしていたサカズキが、ほんの少しだけその目元を和らげた。
 さっきまで一緒にいたドレークより大きな体がゆっくりと屈みこんで、伸ばされたその手にすぐさま頭を押し付ける。がし、と俺の頭を掴まえたその指がマグマ化して海賊を殺すことを俺はちゃんと知っているが、俺に触る時のサカズキがそんなことをしないことも知っている。
 ほんの少し何かを焦がしたような匂いがするから、やっぱり何かあって能力を使ったのかもしれない。
 それも気にせず、ぐりぐり撫でてくるその手に対抗して足をつっぱりながら、鼻先をその掌へと押し付けた。

「わん!」

 お帰りなさい、という気持ちを込めて鳴き声を上げる。
 俺のそれを聞いてか、サカズキの手の力が更に強くなった。
 どうにかそれに耐えようとしたものの、さっきまで走り回っていた足には体力が足りなかったらしく、ぐらりと体が傾ぐ。
 そのままころんと転がされてしまった俺の頭から腹のあたりまでその大きな手で撫でてから、サカズキはようやく俺から手を離した。

「ほんのしばらく見んうちに、ちいとでかくなったか」

 屈んだまま見下ろして尋ねられて、わふ? と首を傾げる。
 俺自身に分かるような変化では無いと思うのだが、そうなのだろうか。
 よく分からないでいる俺の耳に足音が届いて、むくりと起き上がった俺がそちらを見やったのと、建物の影から人が現れたのは殆ど同時だった。

「ナマエ? ……! サカズキ大将」

 お帰りでしたか、と言葉を紡ぐのと共に敬礼の姿勢をとった海兵に、楽にせェ、と言葉を投げたサカズキが立ち上がる。
 その視線がドレークの方を向いていたので、俺も同じようにドレークを見やった。

「ナマエが世話になったのォ」

「いえ、ナマエはとても利口でしたから」

 そっと敬礼を解き、穏やかにサカズキの言葉へそんな風に返事をした海兵に、それを聞いたサカズキが、ほうか、と呟いて軽く腕を組むのが真上に見える。
 サカズキの前で佇んだまま、ドレークは言葉を続けた。

「昨日までは自分のそばを離れようともしませんでしたが、今日に限ってここまで単独行動をとりましたので……よほど、サカズキ大将がお帰りになられたのが嬉しいのかと」

 微笑んで言葉を放った海兵に視線を向けられて、俺はぱたりと軽く耳を動かした。
 それからちらりと視線を向ければ、腕を組んだままの姿勢だったサカズキが、その目で同じようにちらりとこちらを見下ろしてくる。
 何かを確認するようなまなざしに首を傾げてから、俺はぱたたたたと尻尾を振った。
 しばらく俺の様子を眺めてから、サカズキの視線がそっと外される。

「……ほうか」

「ええ」

 呟いたサカズキに、海兵が軽く頷く。
 よく分からないが、すぐそばのサカズキに嫌そうな様子は見当たらないのでよしとして、俺は更に尻尾を振った。
 ずっとすぐ近くに立っていたサカズキの部下らしい海兵が、サカズキの後ろで何故かドレークへ向けてぐっと親指を立てているのが見えたが、何だったのかは分からないままだった。



end


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