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だいたい貴方のせい
※子サカズキ&大将未満なサカズキ注意




 サカズキは、どうしてか海も海賊もいないその場所へと唐突に迷い込んでしまった。
 道端に落ちていたサカズキを拾ったナマエという名の男は、何とも奇妙な人間だ。
 サカズキが知らないような変わったことを常識のように話して、時々画材に塗れながら、俗世から隔絶されたような静かな場所に一人きりで住んでいる。
 サカズキを保護し、警戒して己の身をマグマに変えて威嚇するサカズキにただ穏やかに対応するナマエに、だんだんとサカズキが警戒心を解いていったのも仕方の無いことだろう。
 何度かその腕や足に火傷もしたくせに、ナマエはサカズキを放り出したりはしなかった。
 今までは自分以外の何を焦がしたところで気にもしなかったが、そんな風に対応されては、サカズキだって能力を制御する術を模索すると言うものである。
 ようやっと能力をそれなりに制御できるようになった、と見せた時、ナマエはサカズキを眩そうに見つめていた。
 その視線は、絵描きのナマエがそのモデルを眺める時のものに似ていて、けれどもナマエはサカズキを描こうとはしなかった。
 たまにスケッチのようなものはとっていたけれども、それはただの下書きで、その上にナマエが色をのせたことは一度も無い。よく絵の具の臭いをまき散らしているナマエには珍しいことだ。
 他のものを描くときにはしない躊躇いに、何だかモヤモヤするものを感じながら首を傾げていたサカズキが、自分の『前』にも自分と似たような境遇の『子供』がいたことを知ったのはそれからしばらく後のことだ。
 それを語ったのは出入りの画商で、ナマエの絵を買い付けに来た見知らぬ『大人』に距離をとったサカズキにすら笑みを寄越し、『彼も』親戚の子供なのかとナマエに問いかけたのだ。
 意味が分からず後で問い詰めたサカズキに、ナマエは二人の子供の絵を見せてくれた。
 二人で住んでいる小さな家の近くにある湖を凍らせて遊ぶ子供と、樹の下で穏やかな木漏れ日を受けながら本を開いて笑っている子供の絵だった。
 本を読んでいる方は分からないが、湖で遊んでいるのは恐らく、サカズキと同じく『能力者』だろう。
 それぞれが『くざん』と『ぼるさりーの』と言うらしい彼らは、サカズキと同じようにこの場所へと迷い込み、ナマエが保護した『子供』であるらしい。
 彼らは描いたのに、自分のことは描かないのか。
 そんな風に考えてしまえば面白くなく、恐らくそれが表情に出たのだろう、眉を寄せて二つのキャンバスを睨むサカズキにナマエが小さく笑いを零した。

「だって、俺が描いたら帰ってしまうかもしれないんだよ、サカズキ。二人はそうだったから」

 寄越された言葉に、サカズキはじろりとその目をナマエへ向ける。

「……かえらせたいと、おもっとるんか」

「そんなわけないだろう? ずっとここに居てくれて構わないのに」

 尋ねたサカズキへ、ナマエは首を横に振る。
 それなら、サカズキもナマエも望まないなら、サカズキがここから『どこか』へ『帰って』しまうわけがないのではないだろうか。
 だからだいじょうぶだと訴えたサカズキに、ナマエは少し困ったような顔をした。
 けれども、うーんと小さく唸ってから、その手がそっと『くざん』と『ぼるさりーの』のキャンバスを壁際へと置き直す。
 そうしてその手が掴まえたのは、まだまっさらなキャンバスの一つだった。
 それに気付いたサカズキの前で、ちらりとキャンバスを見やったナマエが、それから視線をサカズキへと戻す。

「……描くならしっかり本気で描くけど、もしもそれでサカズキが帰ってしまったら、俺は寂しいよ」

 何度もそんな風に繰り返すナマエに、しつこい、とサカズキは眉を寄せた。
 ただ絵を描いてもらうだけで、サカズキがどこかへ行くはずが無いではないか。
 大体、サカズキのとっての『帰る場所』など、この家以外には存在しないのだ。
 むっとしたサカズキの顔を見て、仕方ないな、とナマエが軽く息を吐く。
 その手がひょいと伸びてきて、サカズキの頭を軽く撫でた。
 サカズキの体がマグマに変わると知っていて、何度かそれで火傷だってしたくせに、ナマエはいつだって無防備にサカズキへと触れてくる。
 抱き上げたり、抱きしめたり、今のように頭を撫でたり。
 末端からマグマとなることが多いのだから一番危ないのに、ただ手をつないでくれたこともある。
 多数の画材でたくさんの色々な絵を描く指に髪をすかれるがままになりながら、サカズキはじっとナマエを見つめた。
 その視線を見返してから、ナマエの顔が相変わらずの穏やかな笑みを浮かべる。

「それじゃ、ちゃんと格好良く描くからな」

「……とーぜんだ」

 囁かれたそれにきっぱり頷いたサカズキに、ナマエがくすくす笑う。
 その後数日かけてナマエが描いた『サカズキ』は、黒と赤を宿した雄々しい少年だった。
 たった一人サカズキのためだけに描いてくれたそれが嬉しくてたまらなくて、サカズキは体がマグマにならないよう能力を抑えるのにとてつもなく苦労する羽目となった。
 喜びに満ちたサカズキに、ナマエも満足そうな顔をしていて、それがまた嬉しくて。

 その日『ごちそう』まで作ってくれたナマエは、恐らくきっと、その日が終わったところでサカズキが『元の場所』へ戻されてしまうのだと気付いていたのだろう。

 目が覚めた時、サカズキの手元には着ていた衣服以外は何も無く、まだ小さな子供だったサカズキは、己の周囲をひたすらに焦げさせながら絶望した。
 『帰ってしまうかもしれない』と再三言っていたナマエの言葉をちゃんと受け止めていればよかったと、気付いたところで後の祭りだ。
 それから何度か目を覚ますたび期待したけれども、サカズキは二度と『ナマエの家』へは行けないまま、海の屑共に痛い目に遭わされ、やり返して生きてきた。
 ナマエに与えられていた服は小さくなり、着ることも出来なくなって盗まれて、サカズキの手元にはもう本当に何一つ残っていなかった。
 もしかしたら、あれは小さかった頃のただの妄想だったのかもしれないと、そんな風にまで考えたサカズキが己の考えを否定したのは、悪を根絶やしにするために入った海軍で、『くざん』と『ぼるさりーの』を見つけた時だった。
 彼らも『ナマエ』をおぼろげながらも覚えていたから、それでもう構わないと。
 そう、思っていた筈だったのだ。







「……………………ナマエ?」

「サカズキも、大きくなったんだなァ」

 クザンもだけど、と言って笑った目の前の青年に、サカズキはただ瞬きをする。
 すごいの見つけたから来いよと気安く次期海軍大将を呼びつけた海兵は、そんなサカズキの表情にとても楽しげな顔をしてから、次はボルサリーノだと呟いて部屋を出て行ってしまっていた。
 海軍本部の一角にある応接室にいるのは、もうじき海軍大将となる海兵であるサカズキと、そうして目の前のただ一人だけだ。
 サカズキの中にもあったおぼろげだった記憶が、その姿を見ているだけでじわじわと鮮明になっていく。
 サカズキの目の前で、穏やかに笑っている目の前の男は、やはり誰がどう見ても『ナマエ』だった。
 サカズキは小さかった頃からもはや大人と呼ばれて久しい年齢となったと言うのに、ナマエはまるで変わっていないように見える。
 それがなぜなのかは全く分からないが、けれども確かに、目の前の男はナマエだった。
 サカズキが、それを見間違えるはずが無い。

「……何で、ここにおる」

 やや置いて尋ねたサカズキに、クザンがつれてきてくれたんだ、とナマエはあっさりと答えた。
 そのまま続いた話によれば、クザンがたまたま彼を見つけ、こうして連れてきたらしい。最近サボり癖を発揮するようになったクザンにサカズキはよく怒鳴っていたが、この場合はクザンのその悪癖が功を奏したということなのだろうか。
 そんなことを考えながら、サカズキは一歩ナマエの方へと距離を詰めた。
 サカズキを見上げるようにして立っていたナマエが、それに気付いて首を傾げる。

「サカズキ?」

 その唇が動いて、サカズキの名前をそっと呼ぶ。
 そうだこんな声だった、と記憶の中で一番最初に薄れたものを反芻しながら、サカズキは更にもう一歩、ナマエの方へと足を進めた。
 もはや手を伸ばせば触れられるほど近くになっても、ナマエは逃げ出そうともせずにサカズキを見上げている。
 角度こそ違えど、その視線は昔のそれと何も変わらない。

「……ナマエ、か」

 確認するように改めて名前を繰り返したサカズキに、そうだよとナマエは答えた。
 それから、ナマエの足が、サカズキの方へ向けて一歩を踏み出す。
 何のためらいも無くサカズキへと近寄って、先ほどより急な角度でサカズキを見上げてから、ナマエの顔には困ったような笑みが浮かんだ。

「本当に、大きくなったよなァ。見上げてるとひっくり返っちゃいそうだ」

 前はお前たちがこんな風に見上げてたのにな、なんて言い放ったナマエの手が、そっとサカズキの方へと伸ばされる。
 身じろいだその拍子にふわりと漂ったのは、わずかに覚えのある絵の具のにおいだ。
 そのまま腕へそっと触れられて、サカズキの体がわずかに強張る。
 数多の美しい絵画を生み出していたナマエの手は、相変わらず無遠慮で無防備だった。
 触れられた箇所がとてつもなく温かく感じてどうにもできず、サカズキは腰の手錠に手をやりそうになるのをどうにかこらえた。
 たかだかこの程度のことで能力を制御できなくなるなど、やがて海軍大将となる海兵として情けない話だ。
 必死になって能力の発生をこらえるサカズキを見上げてから、くすくすとナマエが笑う。

「小さい時と変わらないな、サカズキ」

「……何を、」

「そういう顔をしてる時は、嬉しくてたまらないって時だ」

 言い放たれて、サカズキはそれ以上言葉を続けられなくなってしまった。
 確実に顔は強張っているだろうに、部下には怖れられることすらあるサカズキの顔を見上げて、ナマエは何とも楽しげだ。
 穏やかに微笑んだまま、ナマエの口が言葉を続ける。

「でも、俺も会えて嬉しいよ」

 紡がれたそれを、勢いよく扉を開かれて遮られなかったら、サカズキは恐らくそろそろ堪え切れずに応接室を一部焦がしてしまっていたことだろう。
 ついでに言えば、クザンがボルサリーノと共に戻ってきてくれていなかったら、『しばらくはサカズキのところに厄介になりたいんだけど』と寄越された言葉で小規模な噴火が起きていたことも間違いない。
 少し呆れた顔をしたボルサリーノと、少々焦った顔をしたクザンと、それからばつの悪い気持ちで凍り付いた足を解凍したサカズキを見比べて、ナマエという名の罪深き絵描きは軽く首を傾げただけだった。



end


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