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君の生まれた日
※逆トリ子クザン話
※幼少青雉捏造注意





「おれのたんじょーび、あしただ」

 言い放たれた言葉に、ええ? と声を零したナマエが視線を向けた。
 ナマエが渡した色鉛筆で紙をこする作業にも飽きてしまったらしい子供が、いつの間にやら道具を手放し、ごろりと消しカスだらけの床に転がってナマエを見上げている。
 体が汚れるから早く起きて、と促したナマエに従いつつ小さな体をひょこりと起こして、子供の両手がナマエへ向かって突き出された。
 短い指がいくつか折り曲げられていて、ほら、と子供が主張する。

「おれがきたのからこれだけたったから、おれ、あしたたんじょーび」

 きっぱりと言い放ち、じっとナマエを見つめる子供に、ふむ、とナマエが頷く。
 目の前の子供が、いわゆる『異世界』から落ちてきた少年であることをナマエは知っている。
 何せ目の前で唐突に表れたのだし、何よりその手によって湖の水は簡単に氷へと変化させられた。氷像を作って遊んだのはつい昨日のことだ。
 そんな彼の言う『誕生日』が、この世界の暦と合っているのか疑問に思わないと言えば嘘になるだろう。
 けれども、やや置いてからこくりと頷いたナマエは、手に持っていた木炭をそっと置いた。

「なるほど。それじゃあ、明日お祝いするために用意するか」

「おいわい?」

「そう、お祝い」

 頷きつつ少し汚れた手を布で拭いてから、ナマエの手が子供へと伸ばされる。
 初対面の時だったら警戒心丸出しにしていただろう子供は、けれどもおびえたりすること無くナマエの動きを不思議そうに眺めて、簡単にナマエの手によってとらえられた。
 その体をひょいと持ち上げて自分の膝の上に降ろせば、えはもういいのか、と尋ねてくる。
 その目がちらちらとキャンバスを窺うので、今日はもういいかな、と笑ったナマエの手がキャンバスを傍らにあった布でひょいと隠した。
 それから子供のふわりとした癖毛についたごみを払い落として、背中の汚れも軽く払ってやる。
 ナマエの動きを受け入れながら、小さな手がナマエの服を掴まえた。

「おれのたんじょーび、おいわいするのか? なんで?」

 不思議そうに大きな目で見上げられて、だったらなんで主張したんだ、と笑いつつナマエの目が子供を見下ろす。
 それを受けて、う、と声を漏らした子供が少しばかり顔を赤くした。
 それからすぐに目が伏せられて、小さな声がその口から漏れる。

「その……おしえたら、おめでとうっていうかなって、おもったから……」

 まえ、そういわれているやつをみたことがあるから、と呟いた子供の控えめな願いに、よしよし、とナマエは子供の小さな頭を撫でた。
 クザンと名乗ったおかしな能力を持っている子供が、どういう風に生きてきたのかをナマエは知らない。
 『大人』に怯えていた様子からしても、子供の周囲にいる大人はひどい相手ばかりだったのかもしれない。
 そんな経験をしている癖に、すぐにナマエを信頼してくれて、今はこうやって抱き上げても逃げ出そうともしない。
 そんな小さな子供の求めを、ナマエが拒絶するはずもなかった。

「誕生日おめでとう、クザン」

 だから言葉を紡げば、子供の顔を染めていた赤みが耳にまで伝染する。
 その状態でじとりとナマエを見上げた子供が、いちにちはやい、と文句を言った。
 可愛らしいその様子に笑って、ナマエの手が軽く子供の頬に触れてくすぐる。

「今のは去年の分だ。遅れて悪かったな」

 明日はもっといっぱい言ってやるからな、なんて言葉を放ってから、ナマエの手が子供を掴まえ、その体が椅子から立ち上がる。

「うわっ」

 ぐらりと揺れた体に驚いて、子供の細い足と腕がナマエの体に抱き着く。
 こういう人形あったよななんて思い出しながら子供の体を抱き直して支えつつ、ナマエはすたすたとその場から歩き出した。
 ナマエが描いたものであふれた部屋を出て、よく子供と過ごしているリビングへ移動する。
 買い物はケーキもあるから明日にするとして、部屋でも飾ろうか。
 そんなことを考えたナマエは、ぎゅっと抱き付いてきている子供の体が少しばかり震えたのに気が付いて、リビングの真ん中で足を止めた。

「クザン?」

 人の肩口に顔をうずめた子供は、ナマエが呼びかけて体を離そうとすると更に腕と足に力を込めてくる。
 ぎゅうぎゅうに抱き付いている子供の体が温かくなったのを感じて、もしかして泣いているのか、とナマエは把握した。
 その顔を見てみたい気もしたが、幼いながらも男である子供がそれを良しとしないのなら、のぞき込むのも気が引ける。
 結局子供が落ち着くまでソファに座ることにして、小さな背中をなだめるように軽く叩いてやることくらいしか、ナマエにできることは無かった。
 けれども、目を赤くした子供が笑顔で飾り付けを始めたから、それは正解だったのだろう。







 翌日の夕方、色紙達でいびつに作られた飾りでデコレーションされたナマエの家のリビングで、テーブルの上には大量の料理と大きなケーキが乗せられていた。
 どれもこれも、今朝からナマエと子供が出かけて買ってきたものだ。
 ケーキは子供の要望通りチェリーとベリーのムースケーキだ。
 子供らしく生クリームの乗ったものにするとナマエは思ったのだが、すぐ横ではしゃいでいた子供達を見た彼は背伸びをしてしまったらしい。
 チョコレートプレートだけは頼んで入れてもらったため、赤いムースの上には可愛らしいプレートが乗ってそこに子供には読めない文字で『クザンくん、おたんじょうびおめでとう』と記されている。

「ナマエ、ナマエ、くっていい?」

 所狭しと広がる料理達に目を輝かせた子供へ、ちょっと早いけどそうするか、と頷いて、ナマエが子供へフォークを差し出した。
 がしりとその手でフォークを掴まえて、『いただきます!』と吠えた子供が食事を開始する。
 今食べなくては次はいつ食べられるのか分からない、とばかりの必死な食べ方は、いつもと変わらない。
 横から汚れた手を拭いたりしてやりながら、ナマエも同じように食事を始める。

「うまいか?」

「ん!」

 がぶりとチキンに噛みついたままで、子供がこくこくと頷く。
 さらにもぐもぐと顎を一生懸命動かして口の中身を飲み込み、そうして口の周りを汚したままで子供はナマエを見やった。

「ナマエがつくってくれたのくらいうまい!」

「そ……そうか?」

「ん!」

 寄越された言葉に戸惑ったナマエをよそに、心の底から頷いた子供がまた食事を開始する。
 同じように食事を進めて、いつも自分が作っている料理と今目の前にある料理達を客観的に比べたナマエは、そんなことは無いと思うが、と一人でこっそり首を傾げた。
 ナマエの腕前はいたって普通だ。料理で金をとれるほどのレベルでもない。
 けれども、まあ子供がそう言ってくれるならいいか、と一人で結論付けて、料理の向こう側に手を伸ばした子供に気付いたナマエがその手を掴む。

「ケーキは後で」

「んーっ」

 あともう少しで触れるところだったムースから手を離されて、子供が不満げな声を零している。
 口をいっぱいにしながら少し腰を浮かせている小さな体を後ろへ戻して、ナマエの手がさっとケーキの横から何かを持ち上げる。
 その手にあったのは、子供の自己申告により貰ってきたろうそく達だった。一つだけ大きいものは、火をつけるとあの曲のメロディが鳴るというものだ。

「食べ終わったらこれつけて、歌うんだろ?」

 誕生日にケーキをろうそくで飾ると知らなかった子供は、その際に歌う曲があると言われて目を輝かせていた。
 聞きたいと言われたので、その時になったら歌ってやると約束したのだ。
 少し恥ずかしいが、どうせ聞いているのは目の前の子供しかいないしいいだろう、と考えた大人の前で、約束を思い出したらしい子供がしぶしぶと手を降ろす。

「……わかった」

 口の中身を飲み込んだ後でそう呟いて、子供は目の前に広がる料理達を親の仇でも見るような目で見つめた。
 そうして殲滅作業を始めた子供に、全部食べ切らなくていいんだぞ、と声を掛けてやりながら自分の分を皿へ移して、ナマエはちらりとソファの影を見やる。
 子供がケーキ屋であれこれと目を輝かせている間に急いで買ってきたプレゼントが、そこで出番を待っている。
 あれを渡せるのはもう少し後だなァ、なんて考えて視線を戻したナマエの視界で、子供が自分の分のチキンの殲滅を完了していた。



end


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