卑怯者の昼下がり
※くっついた後
ボルサリーノが、『まだ』ナマエのことを好きなのだとナマエへ言ってから、もう随分と経つ。
ナマエに会いに来たあの日から何度もナマエの部屋でくつろいでいくようになったボルサリーノは、その休みの日も一日ナマエの近くで過ごしていくようになった。
一週間足らずの間は同居もしていた仲であり、もともとナマエは大家族で育ったので、自分の部屋に自分以外がいることにさほど抵抗感は無い。
久しぶりに朝から休みの昼下がり、ナマエがちらりと見やった先には、先日手ずから運び入れたソファに座って目を閉じているボルサリーノの姿があった。
ナマエが過ごすための部屋にある家具は基本的にナマエの大きさに合わせたもので、ナマエよりずいぶんと大きいボルサリーノの体格を受け止めきれるものでは無かったからだ。
おかげで、ボルサリーノがいない日も、他の家具より大きいそれを見やってはボルサリーノのことが頭の中にちらつく毎日である。
「ボルサリーノさん、寝ているんですか?」
尋ねつつ、ナマエはそっと目を閉じているボルサリーノへ近寄った。
気配に敏いはずの海軍大将は、ナマエが手を伸ばせば触れそうなくらいに近付いても、ぴくりとも動かない。
先ほどまで一緒に昼食をとっていて、食後のまったりした時間を過ごした後でナマエが皿洗いをしている間に、どうやらボルサリーノは睡魔に負けてしまったらしい。
そう判断して、ナマエは軽く首を傾げた。
「……疲れてるのか……」
いつだって飄々としていて、ナマエが知る限りなら定時で仕事を終わらせることが出来るボルサリーノだが、ここ最近はその帰宅時間が遅くなることも増えてきたようだった。
夕食を食べに来るだろうからと作って待っていたナマエへ、先に食べていていいと言い渡すほどであるのだからよほどのことだろう。
帰りが遅くなるということはやはり疲労が蓄積しているということで、それなら会いに来る頻度を減らして自宅へ直帰した方がいい、とは思っているものの、ナマエがそれを口から出したことは無い。
頻度を減らしてしまったら、寂しいのは自分も同じだと分かっているからだ。
そのかわり、今は『自分』が『そちら』へ行くようにするから、と言いくるめる努力をしている毎日である。
ナマエとボルサリーノの家が離れているせいでか、ボルサリーノは頑として首を縦に振らないのだ。
夜は危ないから帰したくなくなっちまうよォ、と困ったようにボルサリーノは言っていたが、ここは海軍本部のあるマリンフォードで、何よりナマエは成人した男性なのだからそんな心配は不要であるとナマエ自身は思っている。
ナマエのことを好きだと言ってくれる相手だなんて、この世界ではボルサリーノしかナマエは知らない。
その彼ですら、きっかけはどこかの天才科学者が作った『薬』だったのだ。
奇跡的にあの一週間のうちでボルサリーノはナマエにほだされてくれたようだったけれども、そうでなかったらナマエはただ諦めきれるまで相手に片思いし続けているだけだっただろう。
ボルサリーノがこの部屋を訪れるまでの間、泣きたくなったり落ち込んだりあえて元気にふるまったりしていた自分を思い出し、ナマエは少しばかり身を屈める。
顔が触れそうなくらい近くになっても、ボルサリーノは身じろぎもしない。
珍しく眠りが深いらしい相手を見つめてから、ナマエは小さく呟いた。
「…………好きになったのは、俺が先なんですからね」
落ちた言葉は、ナマエにとっては真実だった。
ボルサリーノは逆だと思っているかもしれないが、『薬』に影響されることなく相手を好きになったのは、恐らくはナマエの方が先であるはずだ。
年上で、同性で、海軍大将であるボルサリーノを好きになって、けれどもそれを口から吐き出すのには随分とかかった。
ナマエへ向けて手放しで愛情表現をして、ナマエがどうにか紡ぐ照れ隠しにとても嬉しそうな顔をするボルサリーノは、どうにも『自分の方がより相手を好きだ』と思っているような節がある。
ナマエが言葉で表現できないせいではあるようだが、そう言うのは生まれ持っての性質や環境での差があるだろう。
愛しているだの大好きだの可愛いだのと、ボルサリーノが言うような言葉を正面切って言おうとすれば舌がもつれてどうにもならず、かみながら言うのが恥ずかしすぎて必死にその事態を避ける努力をするほどだ。
それでもどうにもならない時に、とてつもなく照れながら甘ったるい言葉をナマエが紡ぐと、ボルサリーノは嬉しそうに微笑んでいる。
余裕のにじむその顔を見るたび、ナマエは大変悔しい思いをしていた。
けれども、自分がいつか照れずに言えるようになるかと言えば、そんな未来なんて想像も出来ない。
「……せめて、相手が聞いてなかったら言えるのにな……」
なんとも本末転倒な考えを呟き、目の前の顔を眺めてから軽くため息を零して、ナマエは少しばかり屈めていた体を起こした。
もしも疲れているというのなら、起きるまでは寝かせておいた方がいいだろう。
しかし風邪をひかせては申し訳ないので、何か掛けておくか。
そんなことを考えて、その足が寝室の方へと移動する。
ベッドの端に畳んで置いてあったタオルケットを入手して、ナマエは来た道を辿ってボルサリーノのそばへと戻った。
短時間で戻ったのだから当然ながら、ソファに座ったボルサリーノは、先ほどと少しも体勢が変わっていない。
海軍のマークが端に入った白いタオルケットをぱさりと広げてから、それをそっと目の前の相手へと掛ける。
そうしてそのまま離れようとしたナマエの左手が、腕ごとがしりと何かに掴まれた。
「え?」
驚いて身を引くより早く、普段より乱暴な動きで前へと引き倒されて、ナマエの足がフローリングから浮く。
そのまま正面へ倒れ込んだナマエは、ギシリときしんだソファの音を耳にし、反転させられた体を背中から抱き留められて目を瞬かせた。
「……ボルサリーノさん?」
斜めの方向に倒されたナマエの視界で、先ほどナマエが肩までタオルケットを掛けたはずの相手が、どうしてかぱちりと目を開けてナマエの顔を見下ろしている。
ナマエの体はその膝の上に半分横たわるような格好になっていて、タオルケットの下から出たその右手が、まだしっかりとナマエの腕を捕まえていた。
軽く揺すってみるものの、逃がしてくれる気配はない。
それどころか動いた左手にしっかりと肩を抱かれて引き寄せられ、腕で首を支えられて、いよいよ逃げられなくなったナマエの足が、ボルサリーノの膝による誘導でソファの上へと投げ出された。
「あの……寒そうだったから、タオルケットを掛けただけなんですが……」
さすがに、何かが体に触れたことには驚いてしまったのだろうか。
もしもそれで気持ちいい昼寝を邪魔してしまったなら申し訳なかった、と少しばかり眉を寄せて見上げた先で、何故かボルサリーノが軽く笑う。
「おはよォ〜……」
「おはよう……ございます?」
不機嫌では無い様子で今の時間には似つかわしくない挨拶を落とされて、とりあえずナマエはそれへ言葉を返した。
眠りを妨げられたはずのボルサリーノは、そんなことは気にした様子も無く、そっとその背中を丸める。
そうして近寄ってきたその額が、こつりとナマエの頭へ押し付けられた。
ナマエの視界で斜めになったままのボルサリーノが、ナマエを見下ろしてほほんでいる。
近くないですか、とそれへ言葉を投げようかとナマエが迷ったところで、ボルサリーノが穏やかに唇を動かした。
「わっしの方が先だと思うよォ〜?」
そうして落ちてきた唐突な囁きに、戸惑ったナマエはぱちぱちと目をもう一度瞬かせる。
「…………!!」
それからやや置いて、その言葉が『何』に対する意見なのかを把握し、その顔がじわりと赤く染まった。
羞恥に染まったナマエの顔に目を細めたボルサリーノがさらに身を屈めてきたと気付いて、ほとんどボルサリーノの膝の上に寝転ぶような体勢のまま、ナマエは慌てて自分とボルサリーノの顔の間に自由の利く右手を挟む。
それとほぼ同じタイミングで、何やら少し柔らかい感触が手の甲に触れて、うひ、と少しおかしな声がナマエの口から漏れた。
その状態で逃げようと身をよじってみても、ボルサリーノの右手と左腕がその邪魔をしている。
「は、放してください……!」
恥ずかしさでどんどん体が熱くなり、ナマエは少しばかり汗がにじんだのを自覚した。ばくばくと心臓が跳ねていて、今すぐこの場から逃げ出したいのにそれが出来ない。
未だ掌で遮っている視界の向こうで、ボルサリーノがくすくすと笑っている気配がする。
まだ顔が近いのだろう、時々触れるその唇の感触が、くすぐったさをナマエへ与えていた。
聞かれた、という単語がぐるぐると頭の中を回って、ナマエをひたすらに落ち着かなくさせる。
寝たふりをするだなんて、なんてタチの悪い海兵だろうか。
「……〜ッ 海軍大将のくせに、卑怯です……!」
「オォ〜……酷いね〜」
顔を真っ赤にしたままで思わず非難したナマエへ、寝てるよなんて一言も言ってなかったじゃないかァ、なんて酷い台詞を紡いだボルサリーノが楽しげに笑っているのが、少しだけ開いた指の隙間から見える。
卑怯者の海軍大将は、どうにもまだ、ナマエを解放してくれる気はないようだった。
end
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