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突発リクエスト1
※くっついた後


 
「まァ〜……アレだよねェ〜……」

 どこかで聞いたことがあるような歯切れの悪い言葉を零すボルサリーノに、ナマエは首を傾げた。
 夕方の配達も終わった、午後七時。
 ナマエの部屋でナマエが作った少し早めの夕食はもう終わっていて、ナマエとボルサリーノの前には形の揃ったカップが一つずつ置かれている。昨日、ボルサリーノが持ち込んだものだ。
 ボルサリーノが、『まだ』ナマエのことを好きなのだとナマエへ言ってから、はや一週間。
 ナマエが知る限りならいつものように定時で仕事を終わらせてきたらしいボルサリーノがこうやってナマエの部屋でくつろいでいくのも、ナマエにとっては日常の光景になりつつある。
 もとより、一週間足らずの間は同居もしていた相手だ。
 大家族を置いて知っているようで知らないこの世界にやってきてしまったナマエにとって、誰かとすごす親密な時間というのは何よりも嬉しいものだった。
 両思いの相手ならなおさらだ。
 しかし、今日はどこかボルサリーノの様子がおかしい。

「どうかしましたか、ボルサリーノさん」

 尋ねたナマエに、うん、まあねェ、と何かを迷うようにボルサリーノが呟く。
 どちらかと言えばさばさばと酷いことを言ったりしたりするボルサリーノが、こんなに言葉を選ぼうと頑張っているのも珍しい。
 そう感じたナマエは、何かとても慎重に話したい内容があるのだと気付いて、何となく背中を伸ばした。
 何故なら、ボルサリーノの目はちらちらとナマエのことを見ていて、明らかにその話題の中にはナマエのことが含まれているようであるからだ。
 一体何の話だろうか。
 もしや、今までの仕事の切り上げ方での無理がたたって、なかなかナマエの家まで来ることが出来なくなるとか、そういったことだろうか。
 それとも、一週間だけの限定であったはずなのにそれ以上を継続しているナマエとボルサリーノの仲に、薬の件を知っている海軍の人間が何かを言ってきているのだろうか。
 もしくは、何か薬の副作用があったのだろうか。
 自分がボルサリーノとかかわることだとそんなことしか思い浮かばず、ナマエの顔がわずかに強張る。
 自分のカップを握る手に力が入って、指がわずかに白くなった。

「オ〜……ナマエに聞きたいんだけどもねェ」

 そうしてしばらくの静寂を残して、ようやくボルサリーノが言葉を切り出す。
 はい、と言葉を搾り出し、こくりと喉を鳴らして覚悟を決めたナマエへ、ボルサリーノは問いを投げた。

「その……少しは、わっしのことを好きかねェ〜?」

「…………………………は?」

 寄越された言葉に、ナマエの口から間抜けな声が出る。
 何を言っているのだろうかこの海軍大将は。
 戸惑いと驚きと衝撃で沈黙を得たナマエを、ボルサリーノの目が窺った。
 その顔はどちらかと言えば真剣で、つまり、今の言葉が冗談などではなかったらしいということをナマエへと伝える。
 数秒を置いてそう理解したナマエは、今更何を言ってるんですか、とこの上なく呆れた声を出した。

「そんなの決まってるじゃないですか」

 言葉を紡ぐナマエに、ボルサリーノが首を傾げる。
 その目が少しばかり戸惑っているのを見上げて、ナマエの眉間には皺がよった。

「そりゃ、ボルサリーノさんは俺よりかなり年上ですけど。同僚にとは言えあっさり薬盛られちゃうようなひとですけど。俺より大きいし強いし、光人間の癖にしゃべり方はゆっくりしてるし、言ってること時々酷いし」

 まるでけなすように言葉を紡いで、だから、とナマエは続けた。

「……決まってるじゃないですか」

 ほんの少し恥じらいを交えた顔が、じっとボルサリーノを見つめる。
 自分を見つめるナマエを見つめ返したボルサリーノは、数回そのまま瞬いて、それから少し驚いたような顔をした。
 やがてその顔に笑顔が宿ったのを見て、ナマエはふいとボルサリーノから顔を逸らす。
 ほんの少し顔が熱い気がするのは、きっと気のせいだろう。ナマエはそう思った。
 一週間足らずしか一緒に生活をしていなかったけれども、ナマエはボルサリーノのことを色々と知っていた。
 鷹揚な大人の余裕を持っていることも、少し抜けた可愛らしさも、その強さもナマエへ向ける優しさも手の温かさもナマエの名を呼ぶときの声音も。
 どうしてそんなことを知っていて覚えているのかと言えば、そんなの分かりきったことだ。
 わざわざ聞いてくるだなんて、ナマエの向かいに座る海軍大将は卑怯すぎる。

「……それじゃ、行こうかァ〜」

 胸のうちでしか吐き出したことのない言葉を、やっぱり口で紡げないナマエへ向かって、ボルサリーノがそう発言した。
 それと共に向かいの相手が立ち上がった気配がして、ナマエは慌ててそちらへ顔を向け直す。
 立ち上がったボルサリーノはナマエを笑顔で見下ろしていて、どうやらナマエが立ち上がるのを待っているのだということが分かった。

「俺もですか? どこかに行く予定、ありましたっけ」

 戸惑って首を傾げつつ、ナマエもひょいと立ち上がる。
 ちょっとした用事だよォ、とそれへ答えて、ボルサリーノの手がひょいとナマエの肩に触れた。
 そのままテーブルを迂回して歩き出したボルサリーノに軽く押されて、ナマエも足を動かす。
 向かっている方向は、どう考えてもナマエの借りている部屋に一つしかない玄関口だ。

「ボルサリーノさん?」

 てくてくと歩かされて、短い距離ですぐに玄関へと辿り着いてしまったナマエは、扉に手を触れたボルサリーノへ戸惑いながら声を掛けた。
 どこへ行こうと言うのだろうか。
 そんな戸惑いも露なナマエへ、微笑んだままのボルサリーノが答えた。

「クザンが酷いこと言ってたからねェ〜」

「クザン大将さんが?」

「そ〜そォ〜……だから、ちゃァんとお披露目しなくっちゃァ〜」

 どこか楽しそうな声を出して、だって、と紡いだボルサリーノがナマエの部屋の扉を外へと開く。

「ナマエ、わっしのになってくれるんだよねェ〜?」

 そんな風に言われて、ナマエは目を丸くした。
 やや遅れて、言葉の意味を理解したナマエの顔が呆れとわずかな羞恥を滲ませて、その口からため息が漏れる。
 いちいち確認するなんて、一体何が不安なのだろうか。
 今更聞くのは、それこそ卑怯と言うものだろう。

「…………披露宴はやりませんからね、絶対に」

「オォ〜、まァそう言わずにィ〜」

 きっぱりと言葉を吐いて否定しなかったナマエを見下ろして、ボルサリーノはこの上なく幸せそうに笑った。


end


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