- ナノ -
TOP小説メモレス

死屍累々の午後
※薬の効き目期間くらいの話



「ナマエ、なんでフォークが三つも入ってんだァい?」

 不思議そうな顔で問われて、俺は視線を傍らの相手へ向けた。
 大将黄猿の出勤時間に合わせた少しゆったりとした朝食は少し前に終わって、そろそろ本部へ出勤しようかと言う相手へ頷いて、今は昼食用のランチボックスを籠へと入れていたところだ。
 昨日や一昨日と同様にそれをにこにこ見守ってくれていたはずの誰かさんは、さすがに光人間らしくいつの間にやら真横に立っている。
 その視線が向けられた先は俺が今ランチボックスの上へ置いた半透明の包みで、確かにその中には彼の言う通りフォークが三つ入っていた。
 首を傾げたボルサリーノさんを見上げて、俺は答える。

「クザン大将さんがまたいらっしゃるかと思って」

 昨日も一昨日も、大将青雉は俺とボルサリーノさんの昼食時間へ乱入してきていた。
 こっそり教えてくれた話によると、センゴク元帥が『見張っておけ』と言っていたからそのアリバイを作りに来ているらしい。
 美味しいねと言いながら横からつままれるのも嫌じゃなかったから分けていたけど、毎回ちまちまと食べやすいものだけ食べてもらうのも申し訳ないし、二度あることは三度あるとも言うからいっそのこと用意しておこうと思ったのだ。
 俺の答えを聞いて少しばかり眉を寄せたボルサリーノさんが、オォ〜、と声を漏らした。

「別に、約束してるわけじゃァないのにかいィ〜……?」

「そうですけど……」

 確かに、ボルサリーノさんの言うことももっともだ。
 けれども、約束していないのに昨日も一昨日も現れた大将青雉が、今日は来ない、なんて断言出来ない。
 無駄なことをしているんじゃないかと言いたげな顔に少しだけひるんで、それから慌てて付け足した。

「あ、でも、もし俺が自分のフォークを落としても、代えにできますから。備えあれば憂いなし、ですよ」

 実際に落としたって新しいものを使うのではなく給湯室で洗ってから使うだろうが、とりあえずそう理由付けをしておくことにする。
 ね、と続けて笑って見せた先で、ぱちりと少しばかりの瞬きをしたボルサリーノさんが、それから少しばかりため息を吐いた。

「……まァ、そうだねェ〜……」

 ようやく納得してくれたらしい相手に、俺もほっと胸を撫で降ろした。



 それが、今から四時間ほど前の話だ。



 俺が用意した紅茶を注いでくれたボルサリーノさんの手からカップを受け取って、軽くそれを冷まして飲みつつ、はてさてどうしたものか、と俺は困惑していた。
 俺が本当に備えるべきものは、フォークでは無くて磁石だったのかもしれない。
 それも超強力と謳われるようなやつがいい。絶対にだ。

「今日もナマエの料理は美味しいねェ〜」

「ありがとうございます」

 にこにこ笑って褒めてくれる相手へ礼を言いつつ、カップを置いて自分のフォークを手にする。
 ボルサリーノさんの仕事がひと段落して、昼食を食べようか、という話になったのは今から十分ほど前のことだ。
 昨日と一昨日と同じく、俺はランチボックスと紅茶を準備して、椅子に座ったままのボルサリーノさんは何が楽しいのかそれをにこにこ笑って見ていた。
 そしてお互いにフォークを手にとって、いただきますと食事を始めてすぐに、ボルサリーノさんがフォークを落としたのだ。
 光人間のわりに案外ドンくさいところのある人だと知っていたから、ああと声を漏らしたボルサリーノさんへ、俺は大将青雉用に持ってきていた予備のフォークを差し出した。
 そして、もし今日も大将青雉が来るなら明日は三本じゃなくて四本持ってこよう、なんて思いながら空になってしまったフォーク用のケースを手にして、ボルサリーノさんが床へ落としてしまったフォークを拾おうとした。
 けれども、拾えなかった。
 何故なら、『つい』フォークを踏んでしまったというボルサリーノさんの足元で、俺が持ってきたステンレス製らしきフォークは床と一体化してしまっていたからだ。
 音なんて聞こえなかった気がするし、ボルサリーノさんがそう大きな身動きをしていた様子もなかったのだが、凹凸を失ってのっぺりと平たくなったフォークは今も俺から見える範囲で床に埋まっている。
 縁にほんの少しのひびが見えるから、それは絵か何かではなく、確かに俺が持ってきたあのフォークだ。
 どんな剛力を発揮したのか知らないが、本当に綺麗にはまっている。
 ああなってしまってはもう使えないだろうが、かといってボルサリーノさんの執務室に放置していいものでもないだろう。
 しかし、隙間に指先を入れることすら容易ではなさそうだ。どうやって取り出せばいいんだろうか。
 やっぱり磁石も持ってくるべきだった。
 考えつつ片手を動かして食事を取ろうとしていたら、何かに掴まれて右手の動きを止めた。
 驚いて視線を向ければ、長い腕を伸ばして俺の手を掴んだボルサリーノさんが、少しばかりつまらなそうな顔をしている。

「床ばっか見てないでェ〜……」

「あ、すみません」

 呟かれた言葉に慌てて謝罪して、とりあえず頭から床に埋もれた可哀想なフォークのことを追い出すことにする。
 ボルサリーノさんは、今、噂のベガパンクの『薬』の所為で何故か俺に『一目惚れ』してしまっている状態だ。
 その年齢にしては過激なことに、俺が他の人を構っているだけで不機嫌になって、その相手を攻撃してくることすらある。
 主に被害に遭っている大将青雉がロギア系の能力者で本当に良かった。
 しかしまさか、ここの床やあの可哀想なフォークを大将青雉と同じ目に遭わせるわけにもいかない。確実に床が抜ける。

「ボルサリーノさん、午後は部下の方と演習なんですよね?」

 とりあえず話を逸らすことにした俺は、手を掴まれたままでボルサリーノさんを見ながらそう訊ねた。
 自分へ注意が戻ったことを把握したらしいボルサリーノさんがその手を離して、そうだねェ、と頷きながら食事を再開する。

「邪魔にならないように、ここで待ってて大丈夫ですか?」

「ナマエが邪魔になることなんてないからァ、ついてくればいいよォ〜」

 俺の言葉へそう言い返されて、ううむ、と俺は少しばかり困った。
 演習と言うのがどういう風に行われるものなのかは俺には全く分からないが、多分たくさんの海兵が参加するだろう。
 そんな人達の前に俺が出てしまっては、ボルサリーノさんの『これ』が治った後、ボルサリーノさんのほうが不都合になるんじゃないだろうか。
 昨日来た戦桃丸の様子だと案外知れ渡っているような気もするが、あえてそこを強調したいとは思わない。
 だってどうせ、一週間もすればこうやって向かい合いながら食事を取ることだってなくなるのだ。

「…………」

 そこまで考えて、ふと小さく息を吐く。
 三日前までの自分の生活に戻るだけだと言うのに、少しばかり寂しく感じるのは、久しぶりにこんなに長く誰かと一緒に過ごしているからかもしれない。
 俺がいたあの世界の家族達は、元気にしているだろうか。

「ナマエ〜?」

 不思議そうに名前を呼ばれて、慌てて意識をボルサリーノさんへ戻した。
 どうしたのかと問いかけてくるその視線を受け止めて、何でもないですと答えてから、口を笑みの形にする。

「でも、一般人の俺が一緒にいたって、役に立てるとも思いませんし」

 執務室で書類仕事をしているボルサリーノさんの手伝いなら少しくらいは出来るが、外で体を動かしている相手を手伝えることなんて何もない。
 ましてや相手はかの大将黄猿とその部下だ。筋力も体力も、確実に俺のほうが下だろう。
 俺の言葉に首を傾げてから、ボルサリーノさんがにっこりと笑う。

「手伝いなんてしなくていいよォ〜。その代わり、わっしのことを見ててくれたらァ」

 とても楽しそうに甘ったるいことを言うボルサリーノさんを前にしては、分かりましたと頷くしかない。
 俺の返事に上機嫌になったボルサリーノさんは、少ししてやってきた大将青雉を見るまではそのままの笑顔だった。

「……あらら……何だかご機嫌じゃないの、ボルサリーノ」

「オォ〜……君の顔を見るまではねェ〜」

「酷いこと言うねェ……ねェナマエ」

「はあ……」

 俺の方を見てそんな風に言いながら昨日と一昨日のようにおかずを食べていた大将青雉に、明日からはフォークを追加して磁石も用意しようと心に決めたのはボルサリーノさんには秘密である。
 手掴みで昼食をつまんだ大将青雉が、床の可哀想なフォークを見つけて噴出したのは昼食が終わって数分後のことだ。
 飲んでいた紅茶がものすごく零れている。食事中じゃなくて本当に良かった。

「大丈夫ですか? お手拭ですが、良かったら」

「あー……どーも。……ボルサリーノ、何しちゃってんのよ」

「ついつい踏んじまっただけじゃないかァ〜」

 ボルサリーノさんの言い訳に、ついついで済む状態じゃないでしょうや、なんて言いながら、大将青雉があの可哀想なフォークが埋まっている辺りめがけて手元のカップを逆さにする。
 残りの紅茶がびしゃりとそこへ落ちて、何をしているのかと目を丸くしていた俺の前で、びきりとそれが凍りついた。
 ヒエヒエの実の能力者たる大将青雉の手がそこへと伸ばされて、氷の塊になった紅茶を摘んで引っ張る。
 液体の状態で隙間に入り込んだらしい紅茶が固形物となって引っ張られると、ぽこん、と小さく音を立ててフォークが床からはがれた。

「あ」

「あーあ、しっかり跡ついてんじゃないの。ちゃんと埋めてもらって、ついでにセンゴクさんに怒られたら?」

 言いながらはいと氷の塊と共にフォークを寄越されて、とりあえず両手でそれを受け取る。
 周りについてきている紅茶の氷がものすごく邪魔だが、どうやって回収すればいいのかも分からなかったフォークが手元に戻ってきたのは、すごくありがたい。たとえもはや捨てるしかないのだとしても、ここへ放置していくなんてことできるはずもなかったのだ。
 だから俺は笑顔を浮かべて、大将青雉へ視線を向けた。

「ありがとうございます!」

「はいはい、どういたしまして」

 俺の言葉を受けて、大将青雉が少し面倒臭そうに返事をする。
 その体が、突然後ろ向きにばたんと倒れた、と思ったら、俺の頭の上を通過した何かが先ほどまで大将青雉の顔があった辺りをぶんと通り抜けた。
 驚いてそれを放ったほうを見やれば、いつの間にやら不機嫌な顔になったボルサリーノさんが、何故か立ち上がっていて、更には上げていた片足をそっと下ろしたところだった。

「あっぶな。蹴ること無いじゃないの」

「当たってないじゃないかァ〜」

 椅子からむくりと起き上がり、自分の体と一緒に倒した椅子を起こしながら言い放った大将青雉へ、ボルサリーノさんが面白くも無さそうにそんなことを言う。
 その様子を見上げた俺は、またか、と気付いてそっと息を吐いた。
 不可解な『一目惚れ』をしてくれたボルサリーノさんは、俺に対しての独占欲が酷い。
 特に、大将青雉を相手にした時がそれは顕著だ。
 ロギア系の能力者でなかったら、大将青雉はすでに三回は死んでいると思う。
 そろそろ、ベガパンクは大将青雉に慰謝料か何かを支払っておいたほうがいいんじゃないだろうか。
 そんなことまで考えてしまった俺の横で、更に数回の攻防の後で大将青雉が執務室から出て行くまで、ボルサリーノさんの機嫌は直らなかった。



 もしもその所為で午後の演習があんな風になってしまったんだとしたら、ボルサリーノさんの部下の人達には本当に申し訳の無いことをしたと思う。



end


戻る | 小説ページTOPへ