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ランチタイム



 そわそわと落ち着かない気分で、ボルサリーノはちらりと執務室の扉を見た。
 部下はもう休憩に入っていて、執務室には今はもうボルサリーノが一人きりだ。
 少し前まで一緒にいたはずの青年は、ボルサリーノが頼んだ書類を持って出て行ったまま、まだ帰ってこない。
 ちらりと時計を見やり、少し遅くはないだろうかとまでボルサリーノが考えた丁度その時、扉が軽く叩かれた。

「ただいま戻りましたー」

 返事を待たずに扉を開けて入ってきたナマエに、ボルサリーノの口からため息のようなものが漏れる。
 遅いじゃないかと非難するように口にしてしまったボルサリーノに、すみません、とナマエが少しばかり笑った。

「クザン大将さんからこれを預かってて」

 言い放ったナマエが差し出して見せたのは、大将間でやり取りされる書類のようだ。
 どうやら、ボルサリーノが頼んだ書類を赤犬に届けに行く最中に、青雉と遭遇したらしい。
 なれなれしく話しかけたのだろう青雉を思えば腹立たしく、ボルサリーノは軽く肩を竦めた。

「……ナマエにお使い頼むんじゃなかったねェ」

「え?」

 低く唸ったボルサリーノの言葉を聞き取れなかったのか、近寄ってきたナマエが首を傾げる。
 差し出された書類を受け取りながら何でもないよとボルサリーノが答えれば、それ以上は追求せずにそうですかと頷いた。
 その目が先ほどのボルサリーノのように壁に掛けられた時計を見やって、時刻を確認する。

「あ、もうお昼ですね。今日はこちらで食べるんですか?」

「そうだねェ……中庭に出たら、またクザンが寄ってきそうだから、そのほうがいいねェ〜」

「それじゃあ、準備しますね」

 ナマエの言葉にボルサリーノが頷くと、笑ったナマエが自分の分としてボルサリーノが用意させた小さな机へ移動した。
 机の影においてあった大き目の包みを抱えて戻ってきたナマエからそれを受け取って、ボルサリーノの手が片付けた机にそれを乗せる。
 ボルサリーノが包みを開けている間に自分の椅子を運んできたナマエは、ボルサリーノの向かいになるようにその椅子を置いた。
 そうして、弁当をあける作業はボルサリーノに任せて、室内備えつきのカートから二人分の紅茶を淹れてボルサリーノの机へと運ぶ。
 二人でやれば簡単に作業は終了して、ボルサリーノは目の前に現れたそれに目を細めた。

「オォ〜、今日も美味そうだねェ……」

「ありがとうございます」

 ナマエの手作りの弁当は、今日もボルサリーノの目には輝いて見えた。
 バランスよく色とりどりのおかずがひしめいた弁当箱は、今日もどれも美味しそうだ。
 取り皿と食器を渡されて、頂くよと呟いてからいつものように大きな弁当から好きな料理を取り分けて口へ運ぶ。
 もぐもぐと口を動かしたボルサリーノが視線を向けると、頂きます、と可愛らしく両手を合わせたナマエが、正面の椅子に座って自分でも料理を口に運んだところだった。
 朝揚げていたからあげを噛みつつ、ボルサリーノの視線に気付いたらしいナマエが首を傾げる。

「どうかしましたか?」

 口の中身を飲み込んでからそう尋ねたナマエへ、ボルサリーノがにまりと笑った。

「ナマエはいい嫁になるよォ」

「だから、俺男ですってば。まだ諦めてなかったんですねそれ……」

 心からそう思ったボルサリーノの言葉に、ナマエががくりと肩を落とす。
 可愛らしい仕草ににこにこと笑って、ボルサリーノは食事を進めた。
 先ほどと同じ料理を口へ運びながら、ナマエへ向かって言葉を落とす。

「だーいじょうぶ、ちゃァんと用意してっからねェ〜」

「何の用意ですか?! いや本当に、式とかいらないですよ?!」

 笑うボルサリーノへ、ナマエが声を上げた。
 照れているらしいナマエに、うんうん、とボルサリーノが頷く。
 式はもちろん本気だが、こうやって話すたび反応をしてくれるナマエを見るのが一番楽しいのだと、多分ナマエは気付いていないだろう。

「ドレスは恥ずかしいんじゃないかってクザンも言うし、残念だけどわっしとお揃いのタキシードでも仕立てようかねェ……」

「ノリノリか! どうしてそうも披露宴をしたがるんだ! ……クザン大将さんももう少し頑張って止めるべきだ……!」

「オォ〜、そんな恥ずかしがらなくってもいいってェ〜」

「俺は常識の話をですね……! あ、はい」

 会話を楽しんでいたボルサリーノを前に、ため息を零したナマエが、ふと会話を中断してその手を動かす。
 弁当箱の一角にあった料理の一種類が、ころんとボルサリーノの取り皿へ落とされた。
 先ほどからボルサリーノが摘んでいた料理だ。見れば、四つあったうちの全てが無くなっていて、弁当の隅に隙間を作っていた。

「ん?」

 不思議そうな顔をしたボルサリーノの前で、それより前に同じ料理を自分の取り皿に乗せたらしいナマエが、ボルサリーノを見上げて言葉を紡ぐ。

「最後の一個なんでどうぞ。ボルサリーノさん、好きでしたよね? それ」

 俺は一個でいいんで、と言って屈託無く笑うナマエに、ボルサリーノの目が細められた。
 その手が食器でひょいと料理を口へ運んで、味わうように噛み締めてからそれを飲み込む。

「…………美味しいよォ〜……」

「それは良かった」

 笑って言い放ったボルサリーノの言葉に、ナマエは嬉しそうに微笑んだ。
 二人きりの昼食の時間は、それに気付いて青雉が乱入してくるまで、そのまま平穏に続いたのだった。



end


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