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エースくんとお誕生日
※エース誕生日ネタ



「エース、誕生日おめでとう」

 平穏なモビーディック号の甲板の端で、昼寝から目覚めての開口一番、目の前にあった顔にそんな言葉を寄越されて、エースは眠たげに瞬きを一つした。
 それから、少しばかり困惑したような顔で起き上がり、軽く頭を掻く。

「……ナマエ?」

「うん?」

 呼びかけたエースへ、傍らに座っているナマエが返事を寄越す。
 どうかしたのかと問うてくるその顔へ視線を戻し、落ちていた帽子に手を伸ばしながら、エースは言葉を紡いだ。

「……おれ、言ったことあったか?」

 尋ねながらも、そんな筈はないのに、という思いがエースの胸の内に渦巻いている。
 確かに傍らの彼が言う通り、今日はエースの誕生日だった。
 エースが一年のうちで一番、大嫌いだと言いきれる日付だ。
 当然、『誕生日』の話題が上がっても、エースはそれを口にしなかった自信がある。
 けれども、そう考えながら視線を向けた先で、ナマエは軽く首を傾げているだけだ。
 聞いたことなかったっけ、ととぼけたように呟くナマエに、やや置いてエースの口からは溜息が漏れた。

「……まあ、お前だもんな」

 ナマエは少し変わった男だった。
 その趣味が手配書を集めるという収集癖であることは置いておくにしても、本来なら知らないようなことを、妙に知っていることがある。
 エースがサッチを助けることが出来たのも、もともとはナマエに言われたことが要因だった。
 そういえば、マルコや白ひげの誕生日も言い当てていた気がする。
 他のクルー達の誕生日は殆ど知らなかった癖に、『赤髪』と『鷹の目』の誕生日が一緒だと言ういらない情報まで披露していたことを思い出して、これもその一つだろう、とエースは考えた。
 ひょっとして、ナマエは『知っている』んじゃないだろうか。
 そんな、何度か考えた疑問がわずかに頭の端を過って、その目がじっとナマエを見つめる。

「エース?」

 寄越された視線に、ナマエが軽く首を傾げる。
 不思議そうなその顔は、普段と何一つ変わらなかった。
 もしもナマエがエースの一番大事な『秘密』を知っていたとしても、恐らくこの顔は演技などでは無いだろう。
 それなら、いっそ知っていてくれた方がいいような気すらした。
 もしもナマエがエースの『秘密』を知っているなら、ナマエはエースが誰の子であっても気にしていないと言うことになるからだ。
 けれども、自分からそれを確かめることは出来なくて、エースの頭が湧き出た疑問を無理やり押さえつけて消していく。

「……何でもねェ。誕生日、祝われると思ってなかっただけだ」

「そっか……せっかく島についてるし、ケーキ買ってきてろうそくでも立てるか? 下手だけど歌ってやってもいいぞ、ディアエース〜って」

「何だ、それ?」

 放たれる言葉の意味が分からず訊ねたエースに、ここでは通じないか、とナマエが笑う。
 どうやらナマエの故郷の風習らしい、と把握したエースが何かを言う前に、ばっと現れた何かにエースの視界の殆どが埋め尽くされた。
 妙に派手な紙で包まれたそれに、エースはぱちりと瞬きをする。

「……何だ?」

「何って、アレだよ、誕生日プレゼント」

 戸惑うエースへ返事をして、エースの視線を遮るようにそれを持っていたナマエが、手を動かしてそのままそれをエースの膝の上へと乗せた。
 妙に堅いので、何か板のようなものが入っているのだろう。重みからして本では無いだろうと判断して、エースの片手がそっと包みに触れる。

「誕生日……プレゼント?」

 小さく呟きつつ、エースの目がじっと膝の上へとやってきたそれを見つめて、それからわずかに眉を寄せて傍らへと戻された。

「ナマエ、お前、一人で船降りただろ」

 これだけ派手な包装紙を、今の今までエースは見たことがない。
 基本的にナマエと共にいるはずの自分が見ていないのなら、恐らくは先ほどエースが気持ちよく昼寝をしている間にモビーディック号を降りたのだろうとあたりを付けてエースが問うと、ナマエが分かりやすくその目を逸らした。
 いやそんなことは、ともごもごと零れた言い訳が、じっと注がれるエースの視線に負けたように尻すぼみに小さくなって消えていく。

「何かあったらどうするんだよ」

 そちらへ向けて、エースは言葉を投げた。
 いつだったか、遭遇した海賊にナマエが虐げられたと気付いてから、エースは基本的にナマエが島へ降りるときはついて歩くようにしている。
 ナマエが酷い目に遭うなんてエースには我慢ならないし、そんな状況に陥りそうならいち早く助け出したいからだ。
 もちろんナマエがどこへ行こうとついていくだけで拘束したりはしていないし、そんなエースの気持ちを分かっているのか、入った食堂でエースが寝落ちてしまっても、ナマエはエースが起きるまで待っていてくれていた。
 だからこそ酷い裏切りを受けたように感じて眉を寄せると、今回は大丈夫だったから、と言葉を放ったナマエが手を合わせる。

「エースをびっくりさせたくて、内緒で買い物に行きたかったんだ。ごめんな、エース」

「……別に、いいけどよ。これ、ありがとな」

 そして素直に謝られてしまうと、エースとしても口を尖らせるしかない。
 触れていた帽子を頭の上に乗せて、ナマエから目を離したエースは、再び手元の贈り物へその視線を注いだ。
 きちんとリボンまで掛けられているそれが、エースの手の中で開封される時を待ち望むようにエースを見上げている。
 開けるべきなのかもしれないが、何となくそのリボンを解くことが躊躇われて手を動かせないエースの横で、ナマエが柔らかな声を出した。

「もう一方の方は、今サッチ達が調理してくれてるから」

「もう一方?」

 放たれた言葉に、贈り物へ視線を向けたままでエースが呟く。
 調理、と言うことは、何かの食べ物だろうか。
 言われてみれば、何となくかぐわしいにおいがしているような気がする。
 すん、とわずかに鼻を鳴らしたエースの傍で、うん、とナマエが頷いた。

「二種類までは絞ったんだけど、どっちがよりエースに喜んでもらえるかなって考えたら、どっちも選べなくて」

 人に相談したら両方にすればいいんじゃないかって言われたからそれもそうだと思って、と続く言葉に、誰に相談したのだろうか、とエースは少しだけ考えた。
 随分と適当な返事だ。恐らくナマエの相談自体が面倒だったに違いない。
 それから、ナマエの言葉をふと頭の中で反芻して、ゆっくりと三度ナマエへ視線を向ける。

「……おれが、喜ぶかって?」

「そうだよ。誕生日プレゼントだからな」

 エースの言葉に一つ頷いて、ナマエはエースに微笑みを向けていた。

「今日はエースが生まれたすごい日なんだから、エースにはいっぱい喜んでもらわなきゃ」

 ちょうど年明けだし宴もするらしいぞ、楽しみだな。
 そんな風に言って笑うナマエの言葉には裏が見当たらず、エースはじっとすぐそばに座り込んでいる相手を見つめた。
 じわ、と顔が熱くなったのを感じて、その手が自分で被った帽子に触れ、そっとそのつばを下げる。
 ゆるりと目を逸らして俯いたエースがどんな顔をしているか、傍で見て分かっているだろうに、気を使って目を逸らしたりもしないまま、無遠慮な彼は言葉を紡いだ。

「誕生日おめでとう、エース」

 さっきも聞いた、と呟く自分の声がわずかに上ずったものだから、エースはしばらく顔を上げることが出来なかった。



end


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