- ナノ -
TOP小説メモレス

青雉さんと衝突
※『遭遇』シリーズ続編
※大将青雉と遭遇
※エースくん不在



「うぶっ」

 短い悲鳴のような声と、それから体にぶつかってきた軽い衝撃を受けて、クザンは沈んでいた眠りの中から浮上した。
 んが、とわずかに声を漏らしながら身じろいで、よそ様の邪魔にならないようポケットへ押し込んであった両手をポケットから引き出す。
 ついでに視界を覆っていたアイマスクを押し上げて、自分の足に衝撃を与えた相手を探すように視線を落とす。

「いって……」

「あららら、兄ちゃん、大丈夫か?」

 地に尻をついた状態で顔を押さえている青年は、どうやらクザンの足に随分と思い切りぶつかったらしい。
 その傍には口の空いた鞄が倒れており、その中身がわずかに露出していた。
 人の来ない場所を選びはしたが、やはり町中の路地裏は、昼寝には不適切な場所であったらしい。
 クザンの着込んでいる白いスーツは目立つ色合いだが、本来あるべきでない場所に『柱』があっては体をぶつけてしまってもおかしくない。
 悪かったね、と適当な声音で謝罪をしながら、威圧感を打ち消すために屈みこんだクザンの手が青年の傍らの鞄に触れる。
 ついてしまっただろう汚れを払ってやろうとそれを持ち上げると、半ばはみ出ていたその中身がどさりと路地の上に落ちた。

「……ん?」

 そうして広がったものに声を漏らしたクザンの前で、慌てた様子で青年がそれを拾う。
 しかし、どれだけ小さく折り畳んでも、零れた『荷物』はその手に隠せない大きさだった。
 表側は隠されてしまったが、クザン自身も見慣れているものだという事実に、クザンは不思議そうな視線を改めて青年へ向ける。
 青年の手元のそれは、どう見ても手配書だった。
 それも、クザンもすぐに名前を思い出せるような、名のある海賊のものが多かったように思える。
 十数枚ほどだが、それぞれの角にわずかに小さな穴があるので、どこかで貼られていたものを入手してきたのだろう。
 クザンの視線を受け止めて、海賊達の写真が印刷された手配書を手にした青年も、その顔をクザンの方へと向けた。
 そして、クザンの顔をはっきりと見つめた後で、何故か驚いたように目を見開く。
 何かを言いたげに口を開き、そして閉じた不審な青年を見やったままで、クザンはとりあえず問いかけた。

「……ひょっとして、賞金稼ぎかなんか?」

 もしもそうだとしたら、恐らく駆け出しだろう。
 悪いことは言わないから、せめてみっちりと鍛えて貰える海軍に入隊した方がいいのではないだろうか。
 そんな失礼なことを考えてしまうくらいには、クザンの前で未だ座り込んでいる青年は貧弱だった。
 東の海ならある程度は通用するかもしれないが、クザンが何となく立ち寄り昼食後の昼寝をしていたこの町は、グランドラインのとある島の上にある。
 いくら『パラダイス』とは言っても、あまり体を鍛えている様子もない青年が『賞金稼ぎ』としてやっていくには厳しい海だ。
 それともその弱そうな様子は見てくれだけで、何か強力な能力者なのだろうか。
 それならそれで海軍に勧誘しなくては、何の気なしに雑談で出した時に同僚に軽く責められかねない。
 『正義』の執行者は、多ければ多いほど良い。
 どこの支部が近かったか、などとエターナルポースも無いのにぼんやりと考えたクザンの前で、いえ、と青年が首を横に振った。
 それからそっと立ち上がり、クザンの手から受け取った鞄の中に、自分の手元にある手配書を全て押し込む。

「賞金稼ぎとか、そういう怖いのはやってません」

「あ、そう?」

 何とも一般人じみた台詞に、クザンは軽く頷いた。
 上背があるとはいえ、屈んだままでは見上げなくては見えない位置になった青年の顔を見上げる。
 鞄を手放して自由になった片手で顔を支えながら、その口が言葉を紡いだ。

「それじゃ、それ、どうすんの?」

 彼が鞄にしまい込んだ『手配書』は、全てに『賞金首』の名前と顔とその首にかかった賞金額が記されている。
 わざわざ集めているなら、目の前の青年はそれを必要としている存在であるはずだ。
 尋ねたクザンの前で、え、と青年が声を漏らす。
 それからその目が困ったようにちらりと自分の鞄を見下ろして、その手がそっと鞄を押さえる。

「……ごめんなさい、ひょっとして、手配書ってもらうのに何か免許とかが必要だとかでした?」

 捕まっちゃうんですかとおずおずと問われて、いやそんなことねェけど、と答えつつクザンは肩を竦めた。
 新聞にも折り込んで配るくらいなのだから、いちいち手配書を持つのに許可など必要ない。
 そんなことをしていたら市民の手に行き渡らず、危ない賞金首の通報が遅れて市民が危険に晒される可能性もあるし、何より管理が面倒であることは間違いないだろう。

「けど、わざわざそんなに持って歩いてるんなら、何かに使うんだろうって思ってさ。賞金稼ぎじゃないなら……あー、どっかで店でもやってるとか?」

 そういえば壁にその頃話題の賞金首の手配書を貼る店もあるな、と思い当たって口にしたクザンの前で、青年はもう一度首を横に振った。
 それから、『免許』がいらないと聞いて安堵したのだろう、わずかにほっと息を吐き、それから言葉を続ける。

「趣味です」

「………………は?」

 さらりと放たれた言葉に、クザンの口からはわずかに間抜けな声が出た。
 戸惑うクザンを気にした様子もなく、鞄の口を改めて開けた青年は、ごそごそとその中身を弄っている。
 先ほど慌ててしまい込んだ手配書の位置を直しているのだろうとそれを見つつ、一度青年の言葉を頭の中で繰り返してから、クザンの口はそれをおうむ返しに呟いた。

「趣味?」

「はい」

 クザンの呟きを問いと受け止めたらしい青年が、こくりと頷く。
 その目はまだ鞄の中を覗き込んでおり、片手も鞄の口の中だ。
 どうやらクザンの目の前の人間は、少し特殊な趣味を持っているらしい。
 そう把握して、まあそういう人間もいるか、とクザンは納得を示した。
 世の中には、もっと変な趣味を持つ人間も数多く存在する。手配書を集めて歩く程度なら、同じ嗜好の人間も存在するだろう。
 そんな風に考えをまとめたクザンの前で、ようやく鞄を弄るのを止めた青年が、さっとそこから取り出した物をクザンの方へと差し出す。

「なので、サインください」

「………………は?」

 まるで会話がつながっていないように思える台詞に、クザンの口からは再び間抜けな声が出た。
 目の前に差し出されているのがただのペンと、そしてどうやら新聞の切り抜きらしい、ということを把握して、その目がぱちりと瞬きをする。

「おれのこと知ってんの?」

「知ってますよ。大将青雉さんですよね」

 そんな風に言いつつ差し出されている切り抜きは、いつだったかクザンが久しぶりに大仕事を任されて、仕方なくその仕事を片付けた時のものだった。
 『海軍の最高戦力』の一人として数えられるその実力を、まるで英雄のように著したその記事で使われた大きめの写真には、クザンの顔がしっかりと映されている。
 気遣いだろうか、その下には同じ程度の大きさの板も添えられていて、思わず伸ばしたクザンの手が、彼の差し出している一式を受け取った。

「……何でサイン?」

 改めて自分の顔が映っている手元のものを見下ろして、クザンが軽く首を傾げる。
 不思議そうな彼へ向けて、言ったじゃないですか、と青年が返事をした。

「趣味です」

「…………ああ、そう」

 どうやら、クザンの目の前の人間の『趣味』は、かなり特殊なものであるらしい。
 一般人から自分の記事の切り抜きにサインを求められたことは無かったな、などと考えながら、とりあえずクザンの手がペンを持つ。
 適当に崩した文字で己の名前を切り抜きの端に記しながら、間を持たせるように問いを投げた。

「これって、海賊からも貰ってんの?」

 先ほどの手配書にも、もしや海賊からの『サイン』を求めて歩いているのだろうか。
 そうだとしたら、それは随分と危険な行為だ。
 悪名がとどろくことを喜ぶ海賊は多いが、市民に馴れ馴れしく声を掛けられて喜ぶ連中ばかりではない。
 残虐であればあるほどあしらわれたり攻撃される可能性は高くなるし、目の前の青年はそれに応戦できるようにはやはり思えなかった。
 しかし、もしかするとやはり、人は見かけによらないと言うことなのだろうか。
 サインを終えた後、ペンのふたを閉じてから、クザンがひょいと立ち上がる。
 急に足を伸ばしたクザンを見上げる相手へ、はい、とクザンが手元のものを差し出すと、目の前の青年は素直にそれを受け取るべく手を伸ばした。
 クザンが差し出しているものを受け取った青年の手を、クザンの掌がすばやく捕まえる。

「え?」

「よっと」

 そのまま流れるように彼の足を払い、空いた手で軽く首元をつつき、ぐいと腕を引いて体勢を崩させると、青年はうわあと間抜けにも聞こえる声を上げてされるがままに体を傾がせた。
 今にも倒れてしまいそうなところを前から服を掴んで引き止めて、クザンの口がため息を零す。
 どうやら、青年の実力は見た目通りであるようだ。

「……あー……兄ちゃん、名前は?」

「え? え? あ、えっと、ナマエです」

「そう」

 急な攻撃を受けて目を白黒させながら、青年が素直に名乗る。
 それを聞き、クザンはゆっくりとその姿勢を戻させながら言葉を続けた。

「それじゃあナマエ、危ねェから、その趣味はちょっと封印した方がいいんじゃないの」

 クザンが機嫌の悪い海賊なら、ナマエは少なくとも二、三発は食らっているだろう。
 体が極端に丈夫そうにも見えないし、そのまま酷い目にあってしまいそうだ。
 そんな、と声を漏らしながら、ナマエが足に力を入れて佇み直した。

「大丈夫ですよ、危ない海賊には近寄ったりもしてませんから」

「へえ? それじゃ、どんな海賊にだったら近寄るって?」

 ちゃんと考えているのだと言いたげに寄越された言葉に、彼を見下ろしながらクザンが問いかける。
 そこでナマエが口にしたのは、どうやら今まで手配書にサインを貰った海賊達であるらしい名前だった。
 聞けば確かに、サインの一つくらい笑って寄越しそうな連中だ。
 指を折り曲げながら紡がれていったそれらを吟味して、そう結論づけたクザンが、軽く眉を動かす。

「……妙に白ひげ海賊団が多いんじゃない?」

 かの四皇『白ひげ』ニューゲートから、しばらく前にそこへ己の海賊団を『吸収』させたと話に聞いた『火拳』エースまで続いている。
 母船と遭遇したのかとも思ったが、それでもわざわざ『一般人』を船に上げるような真似をあの海賊団はしないだろう。
 どういうことだと見つめた先で、クザンがサインした切り抜きと道具を鞄へしまい込んだナマエが、わずかに微笑みを浮かべる。

「優しい人が多かったんですよ」

「『優しい』、ねェ」

 『海賊』を『優しい』と称する変わった一般人に、クザンはやれやれともう一度ため息を零した。
 この場にかの同僚がいたならば、恐らく目の前の青年は今頃消し炭だろう。

「気のいい奴らばっかりに近付いてるみてェだけど、それでもやっぱ、一人じゃ危ないでしょうよ」

「一人じゃないですよ。いつもは一緒に行ってくれる人がいるんです」

「ふーん?」

 放たれた言葉に声を漏らして、クザンはその場で視線を巡らせる。
 人通りの少なさで選んだ路地には、未だにクザンとナマエ以外の人間の姿は無い。それなりに日当たりのいい一角には猫が丸くなっているが、ただそれだけだ。

「今はいないみたいだけど?」

「今日は特別なんです」

 視線を戻して笑んだクザンの前で、ナマエは一つ拳を握った。

「前に危ない目にあった俺が悪いんですけど、いっつもついてくるから」

「あららら、やっぱり危ない目に遭ってんじゃないの」

「あれは運が悪かったんです。だってまさか、立ち寄った島にドンキホーテ・ドフラミンゴがいるとか思わないじゃないですか」

「……七武海に遭遇とは、そりゃ確かに運が悪ィね」

 特にあの海賊とは、と新世界にあるとある国で国王をやっている王下七武海の一人を思い浮かべたクザンは、少しばかり遠い目をした。
 どうもナマエの口振りからして絡まれてしまったようだが、見たところ五体満足ではあるようなので、その時のドフラミンゴは機嫌が良かったのだろう。

「あれから、島に行くときは大体ついてくるんです。それだとこっそり買い物もできなくって」

 小さくため息を零したナマエが、だから今日は頑張って抜け出して来ました、と続ける。
 どんな人物かは分からないが、ひょっとすると今頃ナマエの『保護者』は血眼になって彼を捜しているのではないかと想像して、クザンは軽く眉を寄せた。

「心配させるんじゃねェの? ちゃんと行先を言ってからこねェと駄目でしょうや」

 海軍本部の人間が聞けば異口同音の『お前が言うか』を叫ばれそうな台詞を吐いたクザンに、それじゃあ駄目なんです、とナマエが言う。

「俺が買うの、誕生日プレゼントなんです。そういうのってやっぱり、サプライズですよね?」

 小さく言葉を零して、ナマエがじっとクザンを見上げる。
 肯定してほしそうなその顔を見おろして、おれは別にどっちでも気にしねェけど、とクザンが呟くと、海軍大将さんまでそういうことを言う、とナマエが目に見えて肩を落とした。
 どうやら、すでに誰かに似たようなことを言われていたらしい。

「まァ、心配させてるだろうからはっきり喜ばれやしねェだろうし、仕方ねェって」
「いえ、今なら多分まだ昼寝中だから、すぐに買って帰れば大丈夫です」

 時計も見ずにそんなことを言ってから、でも、とナマエが言葉を零す。
 その顔が助けを求めるようにクザンを見つめたので、クザンは再び首を傾げた。

「どうかした?」

「……あの、大将青雉さんだったら、自分二人分くらいの肉を貰うのと、大事な相手の手配書のすごくきれいな奴を額に入れて貰うのと、どっちがいいですか?」

 どっちか悩んでるんです、と続いた言葉に、クザンはしばらく沈黙する。
 まさかクザンと似たような体格の人間ではないだろうが、そんなに大量の肉を渡されても処分に困るだろう。
 そもそもどうして『肉』に限定されているのか。まさか『保護者』は野生動物か何かなのだろうか。
 もう一択が、何故『写真』ではなくて『手配書』なのか。
 『手配書』に載るような人間が『大事な相手』だということは、その『保護者』は賞金首の身内なのではないか。
 それを今、『海軍大将』たるクザンへ言ったのだということを分かっているのか。
 湧き出る疑問の数々がぐるりとクザンの頭の中を回ったが、面倒くさがった海軍大将の唇はそれをひとまず飲みこんで、

「……迷うんなら、両方やりゃあ間違いないんじゃない?」

 そんな、適当かつ投げやりな助言を相手へと投げた。
 まあ、変わり者の一般人は『それだ!』と声を上げて目を輝かせていたので、クザンの選択に間違いは無かっただろう、と思われる。



end


戻る | 小説ページTOPへ