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白ひげ海賊団と合流
「サインくれ……ください!」

 いつもの通り宴で騒ぎ出したモビーディック号の上で、そんな不可思議な発言をした青年が、手配書を片手にそれに顔が乗っている海賊に近寄っている。
 どうやら、それぞれの手配書に、本人からのサインが欲しいらしい。
 横にはエースが立っていて、なんだってんだ一体、と戸惑う『家族』へサインしてやれと促している状態だ。
 遠くでそんなことをしている二人と『家族』を見やり、マルコは軽く肩を竦める。

「何してんだよい」

 呆れたように呟いたマルコの横で、グララララ、と彼らの絶対たる船長が楽しげに笑っている。
 エースがつれて来たナマエという名前の彼は、少し変わった青年だ。
 先ほどまで、白ひげを前に見ていて哀れに思えるくらい緊張していたというのに、今はああして宴をしている海賊達の間を楽しそうに歩いている。
 エースが以前島で出会ったという彼がエースとどういう関わりを持ったのかを、マルコは知らない。
 ただ、夜こっそりと白ひげの部屋を訪れたエースが、その翌日にはストライカーに飛び乗ってモビーディック号を飛び出していて、エースが連れて帰ってくる『誰か』を歓迎する宴を用意しろと白ひげに命じられただけだ。
 掟を破り追放されたティーチの所業にかかわりがあるのではないかと何人かの隊長格で話をしたが、尋ねてみても船長はいつも通り笑うだけだった。
 腑に落ちないものの、オヤジが許すなら構うことではないのかと考えるに至ったマルコの目の前で、ナマエがまた違う『家族』に声を掛けている。
 片腕を吊ったサッチが酒の入ったグラスを置いて笑い、素直にその手でさらさらとサインを書いた。

「これでいいのか?」

「ありがとう!」

 とても嬉しそうに声を弾ませたナマエが、その手でしっかりとサッチの手配書を握っている。
 その手がそのままそれを自分の持っている鞄へと押し込んで、次なる手配書を取り出したナマエの横からエースがそれを覗き込んだ。
 そうしてエースの手が無遠慮にも自分のほうを指差したのを見て、マルコがグラスを持ち直す。
 エースに促されるままマルコのほうを見やったナマエは、マルコのとなりにいる白ひげを見てはっと目を見開き、慌てて今取り出したばかりの手配書を鞄へしまおうとした。
 けれどもエースはそれすら気にせず、がしりとナマエの腕を掴んでマルコと白ひげのほうへと歩いてくる。

「マルコー、次お前だってよー」

「あ、いやエース、ほら、まだ他にも……って!」

「ほら!」

 酒が入っているらしく上機嫌なエースにぐいと押されて、無理やりマルコの前へと押し出されたナマエが、とてつもなく困った顔をしてちらちらとマルコの傍らを見ている。
 どうやら、この少し変な青年は四皇とまで呼ばれる『白ひげ』が気になるらしい。
 わずかに怯えているようにも見えるその顔を眺めていると、少しばかり面白くない。
 酒を舐めながらじっとマルコが見つめて促すと、やや置いて自分が逃げられない状況であることを理解したらしいナマエは、意を決したように少し皺の寄った手配書を改めて持ち直し、両手で持ってそれをマルコのほうへと差し出した。

「不死鳥マルコ! サインください!」

「やだよい」

 すげなく断ったマルコに、え、と声を漏らしたのはエースだ。

「何言ってんだよマルコ、いいじゃねェかサインくらい。ケチケチすんなって!」

 子供じゃないんだからと言いたげな顔で言われても、マルコが差し出された手配書にサインをしてやる義理はないのだ。
 つんとわざとらしく澄ました顔をして酒を食らうマルコに眉を寄せて、そんなこと言うなよーと唸ったエースがマルコの横に座り込む。
 その手が無理やりマルコにペンを握らせようとして、マルコがそれを軽く振り払う、というやり取りを二回ほど繰り返したところで、口を開いたのはナマエだった。

「あ、あのさエース、そんな無理やり書いてもらうものじゃないし、断られたって俺そんなに気にしないから」

 言い放ったナマエは、確かに自己申告の通り、それほど傷付いた顔はしていなかった。
 むしろ、何処か安心しているような雰囲気ですらある。
 それをちらりと見やって、向こうがこう言ってんだからいいだろい、と告げたマルコがぽいと押し付けられたペンを放る。
 それを空中で受け止めて、エースが口を尖らせた。

「何言ってんだ、これからずっと一緒にいるのに! 仲良くしろよー」

「え?」

 エースの発言に、ナマエが間抜けな声を漏らす。
 それを受けて、なんだよ? とエースがテンガロンハットを被ったままで首を傾げた。

「いや、なんだよって、え? ずっとって?」

「ん? あれ、おれ言ってなかったか」

 不思議そうな顔をしたエースがナマエを見つめたままでそんな風に呟き、それからその視線をマルコの傍らに座って息子達のやりとりを眺めていた白ひげへと向ける。

「オヤジ、ナマエをおれの『弟』にしてくれ」

「グララララ! お前はそう言うんだろうと思ってたぜ、エース」

「え?」

「どうだナマエ、おれの息子になるか」

「え?」

 とても楽しそうな白ひげの発言に、ナマエが目を白黒させている。
 やれやれと肩を竦めつつ、マルコは自分のグラスの中身を飲み干した。
 目を楽しそうに輝かせたエースがモビーディック号へ戻ってきたときから、こうなることは分かっていたのだ。
 むしろ、本人に了解済みで無かったらしいことのほうが驚きである。
 とすれば彼は、仲間になるつもりもなく天下の白ひげ海賊団に乗り込んできたということになる。いくらエースに招かれたとはいえ、身の危険を感じなかったのだろうか。
 そこまで考えてから、なるほど、とマルコは把握した。
 だからこそナマエは、四皇と呼ばれる大海賊を前に少しばかり怯えていたわけか。

「…………仕方無ェない」

 呟いて、マルコの手がひょいとエースからペンを奪い取る。
 全く注意を払っていなかったらしいエースは簡単にペンを手放して、あ、と小さく声を漏らした。
 それを無視して、マルコの手がエースと白ひげを見比べて戸惑っているナマエの手から不死鳥と書かれた手配書を奪い取る。
 ナマエが持っているそれは、随分前に出回ったものだった。小額とは言わないが、今マルコの首に掛かっている金額に比べるとやはり小さい。
 別に海軍が勝手に決めたそれを自慢するほど若いわけでもないが、マルコが書いたサインはまるで金額の末桁を隠すように斜めに記された。

「ほらよい」

「え、……え? あ、ありがとう」

 サインを終えた手配書をペンと一緒に返却すると、戸惑った顔をしたナマエがとりあえずと言った風に呟く。
 マルコとのやり取りに笑った白ひげが、どうだ、と先ほどの問いかけの答えを促した。

「い、いやでも、俺は海賊じゃないし……」

「だから、うちに入って海賊にならないかって聞いてるんだろ?」

 呟くナマエに、エースが横からそんな風に声を掛ける。
 どうやら、白ひげ海賊団の末弟は、このナマエと言う青年を随分気に入っているらしい。

「それに、お前も一人で旅するのはすごく大変だって言ってたじゃねェか」

「いや、そりゃ言ったけど……」

「じゃあいいだろ?」

「え? ……え〜……?」

 そういう意味になるんだろうか、と困った顔をしたナマエが首をひねっている。
 無理強いをするつもりは無ェぞ、とマルコの横で笑った船長は、その手で酒を傾けてから更に続けた。

「ナマエ、お前のおかげでおれの息子は生き延びたようなもんだ。もしおれの息子にならねェんだとしても、目的地までこの船に乗っていきゃァいい」

「オヤジ!」

「いいじゃねェかエース、恩ある相手を困らせてどうする」

「そりゃ……ッ」

 納得いかないのか、口を尖らせて抗議しつつ、エースはちらちらとナマエを見やっている。
 唐突な白ひげの提案にぱちりと目を丸くしたナマエは、何かを考えるように押し黙ってしまった。
 その様子を見やり、エースと白ひげのやり取りを聞いていたマルコが首を傾げる。
 白ひげがこうまで言う『恩』とは、一体なんの話だろうか。
 エースが何か危険な目にあったのかとも思ったが、そんな状況から奇跡的に生還したとなれば、エースはだれかれ構わず酒の肴に話して聞かせるに違いない。海賊として旅立つ前の幼少の頃からの『修行』の話は、マルコも弟の話とセットでよく聞かされている。
 ここ最近のことで一番大きな事件と言えば、一ヶ月半ほど前のティーチの裏切りだが、あの時エースが命を落とさなかったのは、誰のおかげでもなくその体がロギア系能力者の特性を持っていたからだ。
 不思議そうなマルコと見下ろす白ひげと見つめるエースの前で、しばらく悩んだナマエはその手に持っていたマルコの手配書を鞄にしまいこみ、ごそごそと中身を探って、少し古びたものを取り出した。
 広げたその手配書に載っていた顔と名前に、マルコとエースが目を丸くする。

「……それじゃあ、しばらくお世話になります。船長さん、サインください!」

 ずい、と両手で広げたそれを差し出しているナマエは、やはり白ひげに圧倒されているのか、先ほどマルコにやったときや他の『家族』にやったときより随分腰が引けていた。
 それを見下ろし、グラララと笑った白ひげが、手配書と共に差し出されていたペンをひょいと摘む。白ひげの体格のおかげで、ペンも手配書も随分小さいもののように見えた。

「よろしく頼むぜ、ナマエ。気が変わったらいつでも言いなァ」

 まるで何かの契約書にサインするかのような手早さで手配書へ名前を綴った白ひげの言葉に、ナマエは曖昧に笑いながら『ありがとうございます』と礼を言う。

「……何だよ、仲間になると思ったのに」

 ぶうと頬を膨らませたエースが言い放ちながら、白ひげのサインが入った手配書を鞄へしまうナマエへと近寄る。

「そんな話、一回もしなかったじゃないか」

「オヤジがお前に会いてェって言ってたって言っただろ」

「えェー」

「それじゃあ分かるわけねェだろい」

 あまりにもなエースの言葉に、マルコも思わずそう言い放った。
 なんだよーと唸りつつ、けれどもナマエが乗船を決めたことは変わりないからか、仕方無さそうにエースがため息を零した。
 早く気が変わると良いな、なんて言い放つエースに曖昧に笑って、ナマエの手が次なる手配書を鞄から取り出す。
 それを見て横から手配書の顔を確認したエースが、ビスタの座っている方向を指差した。
 そのままエースと共に離れていくナマエを見送って、マルコの手が自分のグラスに酒を注ぐ。

「…………ありゃあ、そのうち流されちまうんじゃねェのかよい」

「グララララ!」

 呟くマルコの横で豪快に笑って、白ひげ海賊団の船長が末の息子とその隣の青年の背中を眺める。

 エースに新たな『弟』ができたのは、それから三ヶ月も後の話だ。
 意外と持ったほうではないかと、マルコは思った。




end


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