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屋上遊園地

 突然な話だが、俺の上司が小さくなった。
 見た目は子供、頭脳はおじさんというどこかの高校生探偵も真っ青な状況だ。
 余計なことをやらかしたベガパンク曰く、一週間程度で元に戻れるらしい。
 その間の世話を押し付けられた俺は、今、マリンフォードの民間地区にあるショッピングセンターの屋上のベンチに座っている。

「あー、いい天気ですね」

「そうだねェ」

 俺の言葉にこくりと頷いて、傍らに座った見た目は子供の我が上司は自分が手に持っているソフトクリームを軽く舐めた。
 俺が自分の分に買ったものを食べ終えてしばらく経つというのに、同じ時間に買ったはずのソフトクリームはまだ殆ど減っていない。
 更に言えば溶けていないのは、傍らから漂うわずかな冷気から察するに、上司の能力によるものらしい。
 これほどまでにロギア系能力の無駄遣いをする海兵を、俺は初めて見た。
 多分少しばかり非難がましい視線を送ってしまっただろう俺に気付いて、俺の横で上司が首を傾げる。

「……何、ナマエ、おかわり? 食べる?」

「いりません」

 言葉と共にソフトクリームを差し出されて、俺は呆れて首を横に振った。

「食べたいから買ったんじゃないんですか」

 あれを食べよう、と屋上の出店を指差したのは上司のほうだ。
 子供の姿になって三日目、せめてその姿を満喫してはどうだと、俺は上司を伴ってこのショッピングセンターの屋上にある小さい子供向けの簡易遊園地を訪れていた。
 ワンピースの世界にも、屋上遊園地は存在するのだ。
 本当はシャボンディパークにでも連れて行きたかったのだが、マリンフォードからは離れてはいけない、と言われたらしく無理だった。
 まさか大将青雉が訪れているとも知らず、あちこちで子供が遊んでいる屋上の簡易遊園地はのどかそのものだった。
 たまにはこういうのを見るのもいいね、なんて見た目に似合わない大人の発言をした上司がソフトクリームを買って、俺も買って、二人並んでベンチに座り、そうして今に至る。
 もう少しはしゃいだらどうですかと言った俺に、どうしてか上司は、えー、と声を漏らした。

「面倒臭いじゃない」

「子供の発言としてどうなんですか」

「見た目は子供でも、中身はそのまんまだしさァ。大体、ナマエはおれがはしゃいでるところ見て楽しい?」

 問いかけながら見上げられて、上目遣いのその目を見下ろしてから少しばかり想像してみる。
 傍らでやる気なく座る小さなこの上司が、あのメリーゴーランドの馬や馬車で騒いでいる子供達に混じってきゃあきゃあと騒いだとしたら。
 どう考えてもただのほほえましい光景のはずだったのに、途中で上司の姿が『元』に戻ってしまって挫折した。
 駄目だ。
 きゃあきゃあ騒ぐ子供達に混じって同じテンションで騒ぐ海軍大将青雉なんて、どう考えても通報される。

「……センゴク元帥のお説教がありそうですよね」

「………………どこまで飛躍したの、それ」

 相変わらず想像力が豊かだねと失礼なことを言いながら、俺の横に座った上司はぱくりとソフトクリームに噛み付いた。
 思い切りいった所為で口の端を汚しているその様子に、ため息を零してからポケットを探る。
 ショッピングセンターに入った時に手渡された広告入りのポケットティッシュを見つけたので、それをあけてから一枚取り出して隣に差し出すと、俺を見やった上司は少しばかり妙な顔をしてからそれを受け取った。
 ごしごしと自分の口元を拭いて、軽くため息を吐いてからその手がもう一度俺へとソフトクリームを差し出す。

「もう無理。ナマエ、食べて」

「…………だから、食べたいから買ったんじゃないんですか」

 言われた言葉に眉を寄せつつ、差し出されたそれを受け取った。
 俺の予想通り、それは上司の悪魔の実の能力によって保冷されていたらしく、シュガーコーンが指先をひんやりと冷やす。
 俺の方をちらりと見やった上司は、使い終わったティッシュを軽く丸めてから肩を竦めた。

「だって、こういうとこといえばアイスじゃない」

「はァ」

「でも、味覚が変わってるわけでもないし?」

 こんな格好になっても甘いもんを好きにはなれないんだなァ、と言い放つ上司の横で、俺は手元へやってきたソフトクリームを見下ろした。
 先ほど噛み付いていたのは、どうやら自分が舐めていた辺りらしい。
 ソフトクリームはほぼ半分の量になっていて、けれどもシュガーコーンまでぎっちりと入り込んでいるようだ。

「……それじゃあ、いただきます」

「はいはい、どーぞ」

 気の無い返事を聞きながら、とりあえず口元へとそれを運んで、シュガーコーンを齧る。
 甘い。
 こんなにも美味しいものを食べられないだなんて、俺の上司は相変わらず、人生の半分ほどを損している。
 しばらくしゃくしゃくと手元のソフトクリームを食べつくすことに専念していた俺は、ふと傍らから視線を注がれているのに気付いて、改めてそちらを見やった。
 首から大きめのアイマスクを下げた格好の上司が、俺の様子を膝に頬杖をついて見上げている。
 元の姿だった時、たまにやっていたその仕草は、子供の体でやると大人ぶろうと背伸びした可愛らしい様子にしか見えない。
 何ですか、とそちらへ問えば、見てるだけ、と言い放って小さく笑っている。
 その顔があまりにも余裕ぶっていたので、何となく面白くなくなった俺は、さっきのソフトクリームがまだその口の端に拭き残されているという事実を指摘しないことにした。
 まあ今の見た目は子供だから、他の誰かがそれを見たって可愛いで済むだろう。
 これが『元』の姿だったなら、大将青雉格好悪い、と子供達に指を差されるところだ。
 ヴェルゴ中将くらいいつだって食後は顔に何かをつけているならともかくとして、何せ俺の上司はぱっと見た限りでは大体がだらっとした澄まし顔なのである。笑われてしまうことは必至だろう。
 なるほど、これが不幸中の幸いと言う奴か。

「良かったですね、クザン大将」

「……? 何が?」

 俺の言葉を聞いて、口の端をソフトクリームで汚した彼は不思議そうな顔をした。



end


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