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世界の違いと恋の違いについて

 俺が何かの拍子に足を踏み外してこの世界へ『落ちて』来てから、もう一年が経つ。
 元の世界への帰り方など手がかりの一つもなく、俺はまだ元の世界へは帰れていないままで、ついでに言えば半年前、正式に『エドワード・ニューゲート』の『息子』になった。
 すなわち海賊だ。
 元の世界へ帰っても絶対に履歴書には書けない経歴だが、後悔はしていない。

「おーいナマエ、こっち手伝ってくれー」

「わかった」

 声を掛けられて返事をしてから、手早く手元の物を片付けてそちらへ向かう。
 向かった先で大きな荷物を出していたサッチが、その一つをほら、とこちらへ差し出した。
 軽々と持っていたくせに、受け取ったそれは随分と重い。
 一年前の俺だったら持てなかっただろうなと思いながらどうにか両手でそれを支えると、お、とサッチが声を零した。

「持てるようになってんじゃねェか」

「まあ、鍛えてるからな」

 一年じゃまだまだ他のクルー達のような体にはなれないが、それでも以前に比べたら随分と体力もついた方だ。
 俺の言葉にそうかそうかと笑ってから、その目がきょろりと周囲を見回す。

「本当なら、お前にはマルコの相手を頼みてェんだがなァ」

 まだ寝てるみてェだしなァ、とモビーディック号を見ながら言葉を放たれて、俺も同じようにそちらを見やった。
 昨日も何だかんだと宴を行った白ひげ海賊団のクルー達は、半分ほどが二日酔いで死んだ顔をしながら作業をしている。
 今朝から一度も顔を見ていないマルコは、多分まだ部屋で寝ているだろう。

「まあ、船から追い出したりしなくていい分、楽じゃないか」

 『誕生日』を祝って宴を行う時には、主役はその準備に近付けないのがこの海賊団での約束事の一つらしい。
 宴自体が行われるのは隊長格くらいなものだが、この間サッチが抜けていた時は中々に大変だった。どれだけ四番隊隊長に頼りきりだったか痛感した。
 俺の言葉にそうだなと頷いて、サッチの目がモビーディック号から俺の方へと向けられる。

「まあ、マルコが起きてきたら抜けていいからよ。あいつも、お前が相手してるなら大人しくしてんだろ」

「……それは、まあ、分からないが」

 努力はするよ、と笑い返して、俺はとりあえず指示されるがままに荷物を運ぶことにした。







 結局、マルコが目を覚ましてきたのは昼も過ぎた頃のことだった。
 俺はちょうどその時休憩と昼食をとっているところで、砂浜に置いた荷物に座りながらモビーディック号に背中を向けていたら、唐突に後ろで何かが燃える音と羽ばたきがしたのだ。
 驚いて振り返るより早くどすりと何かが背中にぶつかって、前向きに倒れそうになるのを体に力を入れて耐えた。
 両手で持っていた食事と食器を落とさなかった俺は偉いのではないだろうか。

「……マルコ、おそよう」

「おう」

 とりあえず体を起こしながら声を掛ければ、どうやら俺の背中にもたれているらしいマルコが返事を寄越す。
 せめて座ってくれ、と言いつつ体をずらして荷物の半分を明け渡すと、どうやら従ってくれたらしいマルコが俺の側に腰を下ろした。
 まだ少し目がぼんやりしている相手を見やりながら、俺は軽く肩を竦める。
 その状態で食事を再開すると、ぼんやりモビーディック号を眺めていたその目がこちらを見やって、何食ってんだい、という問いかけが隣から寄越された。

「昼飯」

 答えつつ、まだ半分ほど残っている皿を見せる。
 ふうん、と声を漏らしたマルコの手がひょいと伸びてきて、俺が大事にとってあったメインのおかずをその指がつまみ上げた。

「あ」

「……ん、うめェよい」

 そしてその一つを口に放り込んで満足そうに言い放つ相手に、抗議しようと息を吸い込んで、けれども今日の日付を思い出して思いとどまる。
 俺が何も反応しないことを不審に思ってか、もぐもぐと口を動かしながらマルコがちらりとこちらを見た。
 その顔を見やって、わざとらしくため息を吐いてやりながら、残りの昼食を口に運ぶ。
 メインを奪われた皿の上はかなり寂しいが、味わいが損なわれたわけじゃないのでよしとしよう。
 今日はマルコの誕生日だ。
 船長ですらワガママを一つ叶えてやると言っているのだから、俺だって今日一日マルコのワガママやらを受け入れてやる覚悟はできている。
 そこまで考えてスプーンに噛みついてから、そうだそうだ、と思い出して口でスプーンを支えたままポケットに手を突っ込んだ。
 ごそりと取り出したそれをマルコへ差し出すと、怪訝そうな顔をしたマルコがそれでもその手で俺が差し出したものを受け取る。

「なんだよい?」

「ふへへふほ」

「食ってから話せよい」

 聞かれたから答えたのに注意された。なんという理不尽だろうか。
 仕方なく手でスプーンを持ち直し、口の中身をさっさと飲み込む。
 そのうえでもう一度マルコへ向けて『プレゼント』と言葉を放ってから、俺はさらに言葉を続けた。

「誕生日おめでとう、マルコ」

 昨日の『前祝』のような宴の最中でも、日付が変わった頃に何人かに言われていた台詞だ。
 一番乗りは時計片手のサッチだったような気がする。仲の良いことだ。
 俺の言葉にぱちりと瞬きをしてから、マルコはしげしげと渡されたものを眺めた。
 包装すらもしていないそれは、この前立ち寄った島で買ったアンクルリングだった。
 少し優柔不断の気があるせいで、辿り着いた初日から迷い始めて、最終的に選べたのは島を発つ前日の夜だ。
 アクセサリーを買って渡すのはどうかと思ったのだが、酒はマルコの好みがまだよく分からないし、食べ物を一人にだけ手渡すのもあの大所帯では気が引ける。
 ついでに言えば花という柄でもないし、マルコが欲しいものというのも聞き出せなかったので、結局無難なところに落ち着いてしまった。次買う時はもう少し前から確認して、できればマルコが欲しがっている物にしよう。
 俺からのそれをじっと眺めてから、黙々と皿の上を片付ける俺の横で、マルコが軽く首を傾げる。
 やや置いてその手が自分の足元へ向かって、左足にくるりとそれが巻かれた。
 軽く足を振って、落ちたりもしないことを確認したマルコの目が、もう一度こちらを見やる。

「ありがとよい」

「ああ」

 にかりと笑って寄越された言葉に、何となく気恥ずかしくなってマルコから視線を外した。
 俺のそれに気が付いて、おいおい照れてんのかよい、とにやにや笑ったマルコが肘で俺をつついてくる。
 別にそんなんじゃないとそれへ返事をしながら、俺は皿の上の最後の一口分をスプーンで集めた。
 相変わらず、今日もこの世界の食事は美味い。正体のわからないものも多々あるが、まだ一度も体に合わなかったことはない。
 目の前に広がる島の密林にですら、そこにひしめく木々の殆どが俺には種類も分からないものだった。
 何故ならこの世界は『ワンピース』の世界で、俺が生まれて生きてきた世界では無いからだ。
 あの日どこかで足を踏み外した俺を助けてくれた傍らのマルコも、『漫画』や『アニメ』や『ゲーム』のキャラクターだった。
 それでも、こうしてすぐ近くで笑っている様子を見ると、俺が知っている『普通の人間』と何も変わらない。普通の人間が火の鳥に変身できるかどうか、という不毛な齟齬に目を瞑るなら、マルコは俺と何も変わらない。
 何もわからない俺を、マルコは何度も助けてくれた。
 白ひげに正式に入った後、たまに馬鹿みたいに騒いで笑って楽しそうにしているマルコの近くにいたいと思ったのはいつだったか。
 この世界は『作られた』世界で、でも今の俺にとっては現実だった。 
 だから、こんな気持ちを相手に抱くのだって自然で、問題の無いことであるはずだ。
 男同士だとか、そういう分かりきった非常識は置いておけば。

「ところでナマエ、夕方まで暇なんだよい。おれを構えよい」

「サッチ隊長に仰せつかってますよマルコ隊長。僭越ながら自分がお相手を務めさせて頂きます」

「何だよいそのかしこまった感じは。気持ち悪ィよい」

「酷いな」

 軽口をたたいて見やれば、笑ったマルコがそこにいる。
 言うつもりもないものに蓋をして、それへ笑い返した俺は、とりあえず皿の上の最後の一口を口へと運んで、皿を片付けるときにサッチへ『抜ける』と声を掛けないとな、なんて当たり前なことを考えていた。



end


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