- ナノ -
TOP小説メモレス

温泉旅行
※主人公は白ひげクルーで真面目むっつり



 今年の誕生日プレゼントはどうしようか。
 そんな風にうんうん悩んでいたおれの肩を笑顔で叩いたのはサッチ隊長だった。
 これをやるから誘って行ってこいと言葉と共にチケットを押し付けられて困惑して、困惑している間にイゾウ隊長のところへやられてなぜだか浴衣の着方を習った。
 それから何かよくわからないハンドクリームやらを持ち込んだハルタ隊長に一週間ほど使用を義務付けられて、他の隊長に金を渡され土産を頼まれ、ナース達に背中を叩かれる。
 どうやらおれとマルコ隊長の二人だけで行かせようとしているらしいと気付いて、『いや、みんなで行きましょうよ』と言ったのにどうしてか大笑いされて、気付けばおれはマルコ隊長の部屋へと放り込まれていた。

「あ、あの」

「ん? ああ、ナマエかい」

 おれがやってきたことに気付いたらしいマルコ隊長が、ちらりとその目を向けてから笑う。
 少し疲れているように見えるその顔に、おれはぐっと手に持っていた紙切れを握りしめた。
 くしゃりと音を立てたそれに気付いて、マルコ隊長が首を傾げる。

「それ、なんだよい?」

 チケットか、と尋ねられて大きく頷き、おれはすぐにマルコ隊長へと駆け寄った。

「隊長、今度、ここ行きませんか!」

 声をあげつつ差し出したチケットは、次の島の隣にあるという湯治場の招待券だ。
 予約なしに行ってもなかなか入れないという噂の島で、海賊も海兵もその島にいる間は争ってはならないという特殊な地域に認定されている。
 招待券はとんでもない値段だし、どうしてサッチ隊長がおれにこれをくれたのかは分からないが、少なくともマルコ隊長には必要なものだろう。
 温泉というのは疲れをいやしてくれるものなのだ。
 おれの言葉に目を瞬かせてから、マルコ隊長がやがてにやりとその口に笑みを浮かべた。
 伸びてきたその手がおれからチケットを受け取って、おれがひしゃげさせてしまったそれを広げる。

「なるほど、用意したのはサッチか」

「え?」

「この間、いいもんが手に入ったとニヤついてたからねい」

 たったそれだけで持ち主を特定してしまった相手に目を瞬かせると、おれの様子に笑った隊長がそれを机の上へ置く。

「ナマエも行くんだろい?」

「あ、は、はい。精一杯お世話します!」

 マルコ隊長が浴衣を着れないとは思わないが、二人で行くというんなら、おれは下っ端として食事の世話からタオルの用意まで全部させてもらうつもりだ。
 島で何かマルコ隊長が気に入ったものがあれば、それをプレゼントとして買えたらもっといい。だってもうじき、マルコ隊長の誕生日なのだ。
 何なら履物を懐であたためますと言葉を並べると、なんでだよいとマルコ隊長が笑う。
 その手が伸びて、ぺちりとおれの額を指先がはじいた。

「それじゃ、よろしく頼むよい」

 笑ったままで寄越された言葉に、はいと意気込んで拳を握る。
 その時のおれは、温泉と浴衣とマルコ隊長という三つのキーワードが結びついたらどうなるのか、全く理解できていなかった。







 イゾウ隊長は美しいと思う。
 男性だけど化粧をしていて髪を結いあげて、着ている服装からも妖しい美しさが存在している。
 間違いなく男性なんだけどどことなく中性的な雰囲気に、おれと同期の仲間達の何人が血迷っては股間を蹴られていたかなんて数えるまでもない。
 そして、おれ達の『きょうだい』に数えられるナース達も、皆美人や可愛い子ばかりだ。
 オヤジとおれ達が慕う大海賊が頓着しないからか、惜しげもなく肌を晒す様子は刺激的だし、何度そっと上着を貸したか数え切れない。
 これを巻きなさいと着ていたトレーナーを脱いでミニスカートの腰に巻き付けたらくすくす笑った妹分も可愛かったし、尻が少し見えるくらい浅いパンツを履いている姉貴分には必死になってタオルケットを押し付けた覚えもある。
 何が言いたいかというと、おれは多分一般的な男性としての美的感覚を持っていると思う。女の子が好きだし、そういう対象も全面的に女性だ。
 だからそう、絶対に何かの間違いだろう。

「何してんだよい、ナマエ」

「あ、いえその、考え事を」

 寄越された言葉に逸らしていた顔を恐る恐る向けると、少し怪訝そうな顔をしたマルコ隊長が座っていた。
 おれが用意した座卓に背中を預けて、ひじ掛けに頬杖をついている。
 片手には浅い盃があり、空らしいそれがひらひらと揺れた。

「酌しろよい」

 おれの世話を焼くんだろうと言われて、はい、と答えて慌てて近寄る。
 熱燗はすでに少しぬるくなっていて、それを朱塗りの盃へ注ぐと、酒で盃の内側に掘られた金の模様が揺れた。
 おれ達がやってきた島の温泉は、それはもう素晴らしかった。
 気持ちよく過ごして出てきて、マルコ隊長にはちゃんと浴衣を着てもらった筈だ。
 それが『暑い』と訳の分からないことを言って、誰かさんは自分が着ている浴衣をはだけさせてしまった。
 先ほどまで温泉で火照っていた肌は、今はお高い分度数のある酒のせいで赤らんでしまっている。
 今まで、モビーディック号で酒盛りがあったとしてもまるで思ったことがないのに、なんというかとても目のやり場に困る。

「どこ見てんだよい」

 そろりと目を逸らしたおれに気付いて、マルコ隊長がつまらなそうに言葉を投げてきた。
 慌てて顔を向けて、どこも見てませんよとアピールする。
 愛想笑いをうかべたおれを見やり、マルコ隊長が組んでいた足を組み替えた。
 浴衣の裾からちらりと太ももが見えた気がするが、それに思わずどきりとしたなんて、きっと絶対間違いなく気のせいだ。
 こういうとき、自分が愛想笑いできる人間でよかったと思う。だらしない顔なんてこの人の前には晒したくない。
 マルコ隊長はおれが頑張っていることに気付いた様子もなく、気分よさそうに盃を揺らした。

「こんだけいい宿なら、今度はオヤジも一緒に泊まりてェよい」

「そうですね、予約して帰りましょう」

 しみじみと寄越された言葉に、しっかりと頷く。
 そうなればきっと、島には白ひげ海賊団ばかりになって、ほとんどの湯治場が貸し切り状態だろう。
 ナース達が好みそうな宿もあったな、なんて考えてから、ナース達がこんな状態になったらさらに目のやり場に困りそうだな、とも考える。イゾウ隊長もそうだし、ひょっとしたらハルタ隊長や他にもおれはこんな気持ちを抱くのかもしれない。
 今だってマルコ隊長の方をなかなか見れないのに、右にも左にも似たような状態になってしまったら、おれはきっと目を閉じてその場をやり過ごすしかないだろう。

「ナマエ」

「あ、はい」

 声を掛けられて酒かと徳利を持ち直すと、こちらを見やったマルコ隊長と目があった。
 じっとおれの顔を見つめてから、やや置いて開いた唇の端から赤い舌がのぞいた。
 なんだかとんでもないものを見た気になってびくりと体を震わせたおれの前で、くくく、とマルコ隊長が笑う。

「お前、わかりやすすぎだろい」

 笑い声をこぼしながら背もたれに体を押し付けたマルコ隊長の体が、ずるりと座椅子の上を滑った。
 ひじ掛けに顔を伏せるようにしながらもけらけら笑うマルコ隊長は楽しそうだが、おれとしてはそれよりもずれた浴衣が気になって仕方ない。
 温泉と浴衣とマルコ隊長は、掛け合わせるととんでもない。
 そのことを大いに理解しながら、おれはひとまず着込んでいた羽織を脱いで、マルコ隊長の膝へと掛けた。
 それでまた大笑いしてしまったマルコ隊長は、どうやらとんでもなく酔っ払っているようだった。



end


戻る | 小説ページTOPへ