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厚手の上着
※主人公は白ひげクルー一番隊員



 うちの隊長にはひょっとして、露出の気があるんじゃないだろうか。

「隊長、またそんな恰好してるんですか」

「何がだよい」

 いつもの上着を着ていつものように刺青を晒している相手に、俺は思わずそう口にしていた。
 怪訝そうな相手がこちらを見るが、いやいやと首を横に振る。
 本日のモビーディック号が進んでいるのは冬島の海域だ。
 もうじき雪化粧も美しい真冬の冬島へとたどり着くという話で、おかげさまで船内も甲板もとても寒い。
 ナース達の美しい太ももだってすっかり隠れてしまったし、大体のクルーが厚着をしている。
 俺なんて、耳宛てにマフラーにセーターにニット帽子にジャケットに手袋に靴下にと、できる限りの防寒装備を整えた。
 だというのに俺の目の前のこの人ときたら、なんでだか普段と恰好が変わらないのである。

「風邪ひきますよ」

「そんなヤワなつくりはしてねェよい」

 俺の発言にけらけらと笑っているマルコ隊長の口から零れた息が、空気の中でわずかに白く凍った。
 その恰好で、わざわざ甲板にいる意味とは一体何だろうか。
 少し考えてから、はた、と気付いた俺はぽむんと手を叩いた。

「服がないんですか」

 しばらく夏島続きだったことだし、ひょっとしたら冬服を処分してしまったのではないか。
 グランドライン歴の長いこの人がやるとは思えない失敗だが、たまに抜けたところのある人だということはもう知っている。
 抜けていなかったら酒で酔っ払ったまま倒れ込んできたり人を引き倒したりはしない筈だし、俺にいろんな仕事を押し付けて俺から島へ降りる休憩時間を奪った挙句、詫びで俺に付き合って夜の街を奢り歩く羽目にはならない筈だ。
 だからそういう間抜けを発動したのかと納得した俺の前で、どうしてかマルコ隊長が眠そうな目をさらに細めてこちらを見やった。

「何馬鹿なこと言ってんだよい」

 呆れた様な声が聞こえたが、大丈夫ですわかってますから、と言葉を放つ。
 それから片手を相手に晒して、ちょっと待っててくださいね、と口を動かした。

「すぐ戻ってきますから」

「ん? おい、ナマエ?」

「すぐですから!」

 不思議そうな顔になったマルコ隊長へ言い放ち、俺はそのまま船内へと駆けこんだ。
 バタバタと走って共同部屋へ移動して、目的のものを掴んですぐさま取って返す。
 時間にして五分弱、ばたばたと駆けこんだ甲板には先ほどと同じ格好のマルコ隊長が佇んでいた。

「ナマエ、一体何が、」

「どうぞ!」

 尋ねてくる相手の言葉を遮るように、持ってきたものを差し出す。
 少し上がった息を整えようと深呼吸したら冷たい空気に気管と肺を攻撃されて、片手の手袋で口元をそっと覆った。
 すう、はあと息をする俺の前で、マルコ隊長が俺の手から俺の持ってきたものを受け取る。

「……なんだよい?」

「誕生日プレゼントです!」

 不思議そうな問いかけに、俺はすぐに返事をした。
 誕生日おめでとうございます、と続いた俺の言葉にぱちりと瞬きをしてから、マルコ隊長が首を傾げる。

「ありがとよい。……だが、まだ先だろい」

「そうですけど、どうせ渡すものですから」

 ちゃんと自分の誕生日を覚えていた相手へそう言いながら、俺は自分の口元から手を降ろした。
 見えるようになった口元で笑って見せると、マルコ隊長の片眉がわずかに動く。
 片方の眉だけ動かすなんて器用だなと見上げながら、どうぞ、と両手で開くように示した。
 俺の動きの意味を理解したように、マルコ隊長が立ったままでさっさと包みを開いていく。
 そうして取り出したものを見て、へえ、とその口が声を漏らした。

「ぜひ着てください」

 広げられたそれを示しつつ、そう進言する。
 俺がマルコ隊長の為にと用意したものは、相手の誕生日が今度の島に滞在中であるらしいと聞いてから一生懸命選んだ、厚手のジャケットだ。
 内側に柔らかい生地を使ったそれは試着してみたところかなりの温かさで、いっそお揃いで買いたいところをとてつもなく我慢した。
 冬服一着分でしかないが、きっと冬島で新しい冬ものを買うだろうし、それまでのつなぎにでも着てほしい。
 俺のそんな気持ちを受け止めてか、マルコ隊長が今着ている上着の上からひょいとそれを羽織る。

「どうだよい、似合うかい」

 そうして、前あわせのそれを開いたままで格好つけた笑顔を向けられて、いやいやいやと首を横に振った。
 思わず近寄って手を伸ばし、前をしっかり合わせる。

「なんで開けたまんまなんですか。ちゃんと着てくださいよ!」

 言葉を放ちつつ内側に隠れるボタンを上から順にとめていくと、なんだよい、とマルコ隊長が声を漏らした。

「閉めちまったら見えねえだろい」

「こんなところに刺青入れるからですよ」

 そんなに見せたいならいっそ額か後頭部にでもすればよかったんだ。マルコ隊長は面積があるんだから少し大きいのだって入れられただろう。
 そんな気持ちが視線に出ていたのか、また片眉を動かしたマルコ隊長の手が近寄ってきて、ぴしっ、と人の額を指先で弾く。

「いだっ」

「何見てんだよい」

 咎めるような声音に、頭です、とはさすがに言えなかったので口を閉じて、俺はマルコ隊長のジャケットのボタンをすべてとめた。
 そうしてから少し離れてみると、まあなかなか似合っている。俺の目に狂いはなかったらしい。

「……どうだよい」

 仕方なさそうに尋ねてくる相手に親指を立てると、やれやれとばかりにマルコ隊長がため息を零した。
 それすら白く凍る甲板は、やっぱりとんでもなく寒い。
 ふるりと体を震わせてから、俺は海の彼方へ視線を向けた。

「俺、冬島についたら動けなくなるかもしれないです。寒さで」

 冬島の冬なんて初めてだ、死にかける気しかしない。
 毛布からはたして出られるだろうかと眉を寄せた俺のすぐそばで、寒がりだったのかよい、とマルコ隊長が軽く笑った。

「まァ、どうしても動けそうにないんなら、ここに入れて歩いてやるよい」

 寄越された発言で俺がちらりと視線を向けたところで、マルコ隊長の手が自分の胸元を指さしている。
 『ここ』というのはつまり、その服の中だろうか。
 確かにひと肌はあったかいだろうし、そしてそのジャケットもとんでもなく温かいだろうが、絶望的な絵面がやすやすと脳裏に浮かんだので、おふざけのお誘いは丁重にお断りしておいた。



end


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