タオルケット
※主人公はトリップ系白ひげクルー
「ナマエのばか!!」
子供が力いっぱいに声を張り上げた。
いつも少し眠たげな目元に涙をにじませて、時折ふるりとわななく唇をぎゅっと引き結んだ小さな子供の顔は真っ赤で、明らかに怒りを露わにしている。
その向かいにいる男は、戸惑いと困惑でおろおろと目をさ迷わせた。
「ど、どうしたんだよ、マルコ」
マルコと呼びかけた相手よりいくつも年上の筈なのに、所在なさげに声を掛けて手を伸ばしてきた相手を、小さな子供がぎろりと睨み付ける。
いつものぴよぴよ愛らしい様子とはまるで違う、仔猫だったら毛を逆立てて威嚇していそうな様子にますます困った顔になったナマエと言う名の青年は、そっとその場に膝をついた。
この場がモビーディック号の通路であることだとか、遠巻きにちらちらと『家族』が様子を窺っていることだとかは今は関係ない。
今ナマエにとって一番大事なことは、怒り出した子供の怒りを鎮めることだ。
「ばか!」
そうして屈んできた相手の肩を、マルコの小さな拳がばしんと叩く。
明らかな暴力だったが、いかんせん体格差も相まってまるでナマエへ痛みは響かなかった。
しかし、怒りもあらわな顔で睨み付けながらの攻撃は、肉体的にはともかく精神的にはとても痛い。
「そんな風に言われると、もう俺泣いちゃいそう」
情けない声を出しつつ、どうして怒ってるんだとナマエが目の前の子供へ尋ねる。
小鳥のように唇を尖らせたマルコが、眉を寄せたままでぎゅっと自分の服を捕まえた。
「マルのたおるなのに、ナマエがきっちゃったのよい!」
涙を浮かべたままそう非難して、子供はずるりと自分の服の下から何かを引っ張り出した。
そうして現れたそれは使い古されたタオルケットの一切れで、それを見たナマエが目を丸くする。
どこから持ってきたんだという問いかけに、掃除用具を置いてある倉庫の番号を答えたマルコは、たった一切れしか見つからなかったのだろうそれを両手で抱きしめた。
「マルのなのに!」
声高に主張するその言葉の通り、それは今マルコが使っているタオルケットだった。
もちろん、マルコ自身に最初から買い与えられたものではなく、家族からの『おさがり』だ。
使い古されたそれはすっかり堅く薄くなっていて、さすがにこれをかぶって寝るのはかわいそうじゃないかと常々考えていたナマエが、今朝こっそりとマルコの寝床から引き上げたのだ。
昼間に洗濯されたそれは、すでに雑巾となるために切り刻まれていたようである。
「そんなに古いの、こだわらなくてもいいじゃないか」
「ダメよい!」
声を掛けたナマエに対し、マルコがまなじりを釣り上げる。
明らかにお怒りの子供を前に、ナマエはとても困った顔をした。
「何とかの毛布ってやつか?」
思わずそんなことを呟いてはみるが、小さなマルコがタオルケットを手放せないでいたことは一度もない。
春島や夏島ではよく利用されているが、秋島や冬島にいるときは片付けられているし、その時には探し回る様子もなかったのだ。
ただ単に気に入っているだけか、と納得したナマエの前で、マルコが口を尖らせる。
「なおさなきゃ、ダメよい!」
きっぱりとしたその主張に、やや置いて、ナマエは一つ頷いた。
その手がそっと自分の後ろに回っていた肩掛けの鞄に触れて、それからマルコの視線からそれを隠すように押しやる。
「わかった……それじゃあ、つぎはぎになっちまうけど縫い合わせるから、それで許してもらえるか?」
肩を落としながらそんな風に言葉を放ったナマエは、それの後ろに『悪かった』と言葉を続けた。
あっさりと謝ってきた相手に、マルコがわずかに目を丸くする。
思わず怒りを引っ込めて、ずび、とはなをすすった子供に触れたナマエは、小さな相手をそのまま抱き上げた。
後ろに回していた肩掛け鞄を背負いなおして、そのままひょいと立ち上がる。
あっさり抱き上げられる格好になった小さな子供は、きょとんとした顔をしてから、その腕でごしごしと目元を擦った。
それから赤くなった目が傍らのナマエの顔を覗き込んで、ナマエ、と相手へ声を掛ける。
「これ、もとにもどるよい?」
「元通りは無理かもしれないが、努力するよ」
ぽん、とナマエが背中を叩きながら子供へ答える。
それを聞いて、少し考えるように黙り込んだ子供は、それから『あのね』と言葉を紡いだ。
「これ、ナマエのおさがりよい」
だからちゃんとなおしてほしいと続いた言葉に、ナマエはぴたりと動きを止める。
思わずその目が抱き上げた子供を見やると、気付いていないマルコがぎゅっとその顔をナマエの肩口へと押し付けたところだった。
ぐりぐりと顔を擦りつけて人の服で顔を拭いているようだが、服が汚れることは今さらナマエが気にすることでもなかった。
マルコを片腕に抱き直し、片手で緩みかけた口元を隠したナマエが、あー、と手でくぐもった声を漏らす。
「……タオルケット直したら、いっこお前に渡したいものがあるんだけど」
「んぷ、よい?」
顔を拭き終えたらしいマルコが何の話だとばかりに声を漏らしたのを聞きながら、ナマエの足が歩みを再開する。
「ほら、もうじき誕生日だろ。だからプレゼント買ってきたんだ」
「ぷれぜんと!」
ナマエの放った言葉に、すぐさまマルコの顔が輝いた。
じっと注がれる視線を頬に受け止めて、いまだに口元を押さえたままのナマエが声を漏らす。
「ちょっと早いけど今日渡すから、それで機嫌直してくれるか?」
「んー…………プレゼントと、マルのたおるもなおったら、ゆるしてやるよい!」
少しだけ考えてから、すぐに声をあげた子供に、よし分かったとナマエが頷く。
数時間後、はしゃぎ疲れて眠る小さなマルコの体を、二枚のタオルケットが覆っていた。
end
戻る | 小説ページTOPへ