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厚手の上着
※無表情系主人公は白ひげクルー



 マルコには、ナマエと言う名の兄貴分がいる。
 あまり表情の動かない、他の兄貴分に言わせると『何考えているか分からない奴』だ。
 初めて紹介された時、無表情のまま見下ろされて少し怖かったのを、幼くも賢いマルコは覚えている。
 けれどそれも、もうずっと前の話だ。

「ナマエ!」

 とたとたと駆け回った通路の奥で、壁の補修をしている背中に気付いたマルコは一目散にそちらへと近寄った。
 足音で気付いたらしいナマエが、口に釘を銜えたままでくるりと振り向く。
 片手には凶器にすらなりそうなハンマーを持ち、腰には大きな刃のついたのこぎりをぶら下げている姿は何も知らない幼子なら目を見開いて後退りそうなものだが、小さいながらも立派な海賊となったマルコにはまるで通用しないものだった。
 それでも、ちゃんと言い含められてきた通り仕事をしているナマエから三歩離れたところで進むのをやめて、代わりにぴょんぴょんと上に跳ねて自己主張する。

「ナマエ、ナマエ、これ!」

「……ああ」

 声をあげつつマルコが両腕をあげて示すのは、自分が今着込んでいる服だった。
 家族が多い分共用だったりおさがりであることが多いこの船の中で、マルコが今着ているのは真新しい色合いの少し大きめのセーターだ。
 毛糸が太く、これから冬島へ行くのを見越したかのように、着ているだけでなんとなく温かい。
 柔らかい毛足のそれがどのくらいの値段のものかをマルコは知らないが、ナースの何人かが驚いたり『いいわね』と笑ったりしてくれていたので、きっと上等なものだろう。
 おなかにあたるところには少しいびつながらも青い鳥が織り込まれていて、背中側には『白ひげ海賊団』の象徴であるマークが入っていた。
 昼寝から起きたときに枕元にあったそれが完成する直前まで誰の手元にあったのかを、マルコはちゃあんと知っている。

『ナマエ、ナマエ、これマルの?』

『さァ、どうだろなァ』

 そんな風に言いながら、マルコを膝に懐かせたまま手を動かしていたとても器用な誰かさんを見上げて、飛び跳ねるのをやめたマルコは胸を張った。

「これ! やっぱりマルのよい!」

 大きさからして、ナマエや他の『兄貴分』達には着ることのできない大きさだ。
 他の兄弟のものなのかとも少しだけ思ったが、それはちゃんとマルコの枕元に置かれていた。
 すぐさま着込んで駆けてきたマルコの言葉に、そうみたいだな、とナマエが人ごとのような発言をした。
 その手が釘を口から離し、手元や腰に下げていた道具と共にすぐそばの大きな道具箱へと片付ける。
 マルコの見上げた壁はすでにきれいに補修が終わっていたようで、手元の危ないものを片付けたナマエはくるりとマルコの方へ体を向けた。

「もうすぐ誕生日だから、ちょっと早い誕生日プレゼントだろうな。冬島も近いし」

「たんじょーび!」

 そうして落ちてきた言葉に、マルコはその偉大なる日が近いということを思い出した。
 賢いマルコは知っている。誕生日とはつまり、一歳年齢を重ねる日だ。
 それはすなわち、それだけ目の前の『兄貴分』との間が狭まるということだった。
 前にそう言ってみたら兄貴分たちに微妙な顔をされたので黙っているが、マルコはずっとそう信じている。
 嬉しさでいてもたってもいられずに、瞳を輝かせたマルコの足が前へと踏み出し、目の前の男の足へと飛びついた。
 
「おっと」

 声を漏らしたナマエは少し体を後ろへ傾がせたが、あまり気にせずマルコのしたいようにさせてくれている。
 それを見込んでよじよじと男の体をよじ登り、マルコの短い腕がナマエの肩口へと辿りついた。
 ついでに両足で相手へしっかりとしがみつけば、ナマエの腕がマルコの体を支えてくれる。
 ナマエは、あまり表情の動かない男だ。
 慌てたり怒ったりすることもあまり無く、『何を考えているか分からない』と兄弟にまで言われる。
 けれどもそのあとには『だけど悪い奴じゃない』と続くし、マルコだってそんなことはもう知っていた。
 ナマエは、わかりにくいが優しい海賊だ。
 そんな相手がマルコは大好きで、だからこそずっとずっと、追いつきたいと思っている。

「ナマエ、ありがとうよい!」

 感謝の気持ちを抱擁に変えて、ぎゅうぎゅうとしがみついて言葉を放ったマルコの耳の近くで、おう、とナマエが返事をする。
 一足早い誕生日プレゼントを着込んでいるからか、それとも別の理由でか、体があたたかくてたまらなかった。



end


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