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ステラと誕生日
※主人公はちょっと変わった天竜人(NOTトリップ主)
※一人称が『私』
※天竜人弁を微妙に使用します



 金を使うのが好きな男が金を使って手に入れた売れ残りの奴隷を賭け事で手に入れたのは、金を惜しんだあの男が代わりに差し出してきたからだ。
 チェスのクイーンを倒した代わりに手に入れた奴隷にさしたる興味はなく、生き物をいたぶって遊ぶのにも飽いてしまった頃だった。
 見目はなかなか美しいのではないかと思って適当に着飾らせ、それこそ置物のように椅子へと座らせる。
 屋敷の中で一番景色が良い場所に座らせて、読書の合間にちらりと見やった先の相手はまあ絵画にしてやってもいい出来だ。

「……ねえ、ナマエ」

 そうして、いつものように適当に時間を潰していたところで、ふと声が掛かった。
 この部屋で二人きりの時だけは呼ぶことを許した名前を呼ばれて、ちらりと視線を向ける。
 私を敬う『聖』の呼称も付けぬ女奴隷が、絵画のように座ったままでこちらへ視線を向けたところだった。
 鞭でうたれて傷付いた体は衣服でしっかりとその傷を隠している。天翔ける竜の蹄も見えぬその姿は、首の証さえなければ奴隷と分からないものだ。
 まっすぐにこちらを見る目にも、怯えは見当たらない。

「なんだえ」

 柔らかなソファに座ったまま、本を片手に返事をしてやると、ゆるりと奴隷が首を傾げた。長い髪がさらりと肩口を滑り落ちて、白い服の上に淡い色を差す。

「今日は、貴方のお誕生日だと聞いたのだけど」

 本当なのかと、そう尋ねてくる相手に、私は暦を見やってから鷹揚に頷いた。
 今日は〇月◇日。間違いなく、この私という尊い命がこの世に生まれ出でた日だった。
 夜には祝いの場が設けられることだろうし、父上や母上からも祝いの言葉を賜ることだろう。
 ついでにいい加減嫁を娶れと数人紹介されるかもしれない。それは面倒なことだ。
 そうなの、と私の言葉に頷いてから、奴隷が少しだけ眉を下げる。

「お誕生日おめでとう。何か贈り物もしたかったけれど、私では無理ね」

「……下々民にも、生まれた日を祝う文化があるのかえ」

 私が命じた通り椅子に座ったままで寄越された言葉に、これは驚きだと少しばかり目を丸くした。
 生まれた日の尊さを知る生き物が、天竜人以外にもいるとは思わなかった。
 家畜と教えられてきたが、下々民もなかなかどうして賢いものだ。
 もちろんよと答えた奴隷は、私の顔を見てその口元へ微笑みを浮かべた。
 穏やかなそれはすぐそばから注ぐ日差しを受けて髪色と共に淡く輝いて見え、そのことにわずかに目を眇める。
 私が甚振らないからか、この女奴隷はまるで私を怖がらない。
 別に飽いただけのことで、やろうと思えばその足や腕の一本や二本をへし折ってやることもできる。
 ただ、それをやれば今のように鑑賞するには堪えない見た目になるだろうと思うから、そのまま放ってあるだけのことだ。
 私が気に入っていると思っているのか、家臣の中には妻にしてはどうかという進言もあったが、家畜を娶る趣味も無ければ姦通する趣味もない。
 私にとって今目の前にいる生き物の価値は、息をして時々動く少し珍しい絵画だ。
 飽きればどこかにしまうなり、この奴隷を買い込んできた男のように誰かに渡してしまうだけのことだろう。
 私の考えなど知らない我が奴隷が、そうだわ、と声を漏らして両手を叩く。
 姿勢を崩したことに眉を寄せると、こちらの不快を素早く感じ取ったらしい相手は先ほどと同じく両手を自分の膝の上へと戻した。

「私は何も渡せないけれど、歌ならどうかしら」

「歌?」

「私の好きな人が歌う歌なの」

 言葉を放ち、嬉しそうに奴隷が笑う。
 先ほどよりさらに眩く見えるそれに、ふむ、と声を漏らして本を閉じた。
 どうやら、私の奴隷は美しく囀ることもできるらしい。
 鳥というのは求愛するときに鳴き声を零すそうだから、その『好きな人』とやらもこの女奴隷に求愛していたのかもしれない。
 そうだとすれば、求めた雌を金に任せて奪われたということだ。
 憐れなことだなと考えてから、いい考えが脳裏に浮かぶ。

「……その下々民の名は、何と言うんだえ?」

「彼? どうして?」

 私の問いかけに質問を返すという無作法を働き、少しだけ不思議そうにした女奴隷が、それから唇を動かした。

「テゾーロよ」

 すごく素敵な歌を歌うの、と囁く女奴隷は、今までに見ないほど穏やかな顔をしている。
 この生き物は私にとってはただの絵画だが、見た目は悪くない。
 一匹で座っている姿を眺めるのもいまだに飽きないが、もう一匹、例えばつがいで座らせたら、それもまた鑑賞するには好ましいのではないだろうか。
 その『テゾーロ』とか言う下々民がどういった姿かは分からないが、醜いのならこの女奴隷の見目が際立つだろうし、美しいのなら並べて悪いものでもないだろう。
 人を使うか、なんてことを頭の端で考えながら、片手を軽く動かす。

「囀るなら好きにするといい。気に入らなければ鞭をくれてやるだけのことだえ」

「ふふ」

 許した私へ向けて笑い声を零してから、それじゃあ、と前置いた奴隷が唇をゆるりと開いた。
 たどたどしい囀りが窓辺から部屋の中へと広がって、数分ののちに消える。
 生誕を祝う『贈り物』にしては何とも陳腐なものだったが、たかだか下々民の囀りだ、不愉快なものでもない。
 『返礼』につがいをくれてやったら、この女奴隷はどんな顔をするのだろう。

「喜んでくれたなら嬉しいわ」

 そんなことを考えていたら、勘違いした女奴隷が微笑みを浮かべて、窓からの光をはじくまばゆいそれに目を細める。
 『その時』が楽しみだと、私も唇に笑みを浮かべた。


end


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