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デンさんと誕生日
※無知識トリップ系主人公



「なるほど、今日は君の誕生日だったのか」

 それはおめでとう、とにこやかに言葉を寄越される。
 今日は〇月◇日。
 日付の話をしている途中で思い出したが、間違いなく俺の誕生日だった。

「別に、この歳で祝うことでもねェですけどね」

 何となく照れつつ呟いた俺のそんな発言に、いいや、とオオカミウオの人魚が首を横に振る。

「いくつになっても誕生日というのは祝っていいさ。日付の記録にもなる」

「そういうモンですかね」

 さらりと寄越された言葉に頭を掻きつつ、俺は周囲を見回した。
 海の森と呼ばれるこの不思議な場所には、たくさんの沈没船が集まってきている。
 島を覆うシャボンの向こう側には深い森と海が広がっていて、先ほどまでそのあたりをうろうろしていた目の前の人魚が、ふと何かを見つけたように地面へと近付く。
 伸ばしたその手が真下の苔から何かをつまんで、出てきたそれはどうやら金貨だったようだ。
 現れたそれを、宝石でも鑑定するように掌の上のそれをしげしげと眺めている。
 『デン』という名前の、見た目からしてどう見ても人間じゃないこの人に俺が拾われて、もうすぐ一年が経つ。

『潮の流れで沈没船が運ばれてくるのは何度も見たが、生きた人間がシャボンに包まれて無傷のまま流れつくのは初めて見たよ』

 笑ったデンさんは何とも軽く『船にでも乗っていたのか』と尋ねてきたが、俺にはそんな記憶は無かった。
 いつも通り電車に乗った筈で、仕事帰りで疲れていたから少しうつらうつらしていただけだったはずなのだ。
 それがどうしてか今はデンさんいわくの海の底にいて、帰り方も分からない。
 人魚と魚人が暮らすというこの島ではあまり人間が良く思われていないらしく、右も左も分からなかった俺が親切そうなこの人魚に縋りついたのは当然の流れだった。
 そうして、やはり見た目通り気のいいデンさんは、自分の研究の助手として俺を使ってくれている。
 魚人は人間より何倍も力があるらしいが、人魚のこの人は俺より少し強い程度の腕力で、俺が手伝えることがいくらかあるというのは幸運なことだった。

「ふむ、なるほど」

 確認が終わったのか、声を零したデンさんの手がごしごしと金貨を擦る。
 経年状態を確認したいからといつもそのまま保管しているのに、丁寧に磨くその様子に首を傾げていると、やがて輝く黄金をその指でつまんだデンさんが、その目をこちらへと向けた。

「ナマエ」

「え? あ、わっ」

 名前を呼びながら金貨を放られて、慌てて両手でそれを受け取る。
 何度も擦られて少し熱を持った金貨が手の中にあるという事実に目を瞬かせていると、それはキミのものにすると良い、とデンさんが言葉を紡いだ。

「あの?」

「誕生日の記念だ。人間は金貨が好きなんだろう?」

 沈没船からもよく出てくるからな、なんて言って笑ったデンさんに、ええと、と声を漏らす。
 手元には相変わらず輝く金貨が居座っているが、日本円でもなければここ最近慣れた普通のベリー硬貨や紙幣でもないそれは、まるで玩具のようだ。

「使えるんですか、これ」

「換金すればね。いつもの店で、今度頼んでみるといい」

 微笑むデンさんの言葉に、なるほどと頷きつつポケットへと黄金をしまい込む。

「換金はやめときます」

 そうしてそう答えると、オオカミウオの人魚は少しばかり不思議そうな顔をした。
 どうしたのかと尋ねて来るその視線を見返してから、記念にとっておこうと思って、とそちらへ向けて答える。

「いつか帰ったら自慢するんです。人魚から貰った金貨だぞって」

 間違いなく信じてはもらえないだろうが、この状況が夢じゃなかった証になるだろう。
 海の底にある海の森の研究者なんて、証拠がなければ俺自身にだって信じられない。

「僕から貰ったことに、そう価値はないと思うんだが」

 金貨であることの方が重要じゃないのか、と首を傾げたデンさんがふよりと漂って、こちらへと近付いてくる。
 シャボンで浮き上がっている分とても上にあるその顔を見上げてから、俺には価値があるんですよ、と俺は答えた。
 俺の言葉にもう一度首をひねってから、よくわからないが、と零したデンさんが口を動かす。

「そうなると、僕が君の誕生日を祝うために今日豪華な食事を用意したら、それらも全て保存されてしまうのか?」

「いや、それは食べますよ?」

 よくわからない理論を展開し始めたデンさんに戸惑いつつ答えると、デンさんがますます不思議そうな顔をする。
 君はよく分からないな、と呟かれたが、よくわからないのはデンさんの方だと思う。



end


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