ペルと誕生日
※主人公はトリップ系一般人
※『君へ感謝を込めて』設定
「これを」
とん、とテーブルに物を置きながら寄越された言葉に、ナマエは目を丸くした。
ナマエの命を救い、ナマエがこの島で生きていくための信用すらも与えた『ハヤブサのペル』は、時折ナマエのもとへとやってくる友人だ。
ナマエの趣味が物作りだと判明してからは足繁くやってくるようになった彼は、今日もまたナマエの家へとやってきた。
なんで俺の休みが分かるんだ、なんて言って笑いながら家へと招き入れた相手をもてなしていたのだが、どうにも落ち着かない様子のペルに首を傾げていたところでこれである。
ペルがナマエのところへ物を持ち込むことは、そう珍しくはない。
壊れてしまった小物の修繕がその大半だが、命の恩人に頼られていやがることなどあるわけがなかった。
しかし、ペルがテーブルの上に置いた小瓶は、誰がどう見ても今まで持ち込まれてきたものとは違う。
「あー……苺? の砂糖漬けか?」
瓶の外側から見つめて呟いたナマエへ、違う、とペルが言葉を零す。
その後に続いた果物の名称はナマエには聞き覚えがなく、どんな味なんだろうかと少しばかりナマエは考えた。
アラバスタは砂漠の王国だ。
作物を育てられる地域はそう多くなく、食べ物をオアシスから運び込む間にしなびてしまうことを防ぐために加工してしまうことが多い。
どうやらそのうちの一つらしい瓶を見つめていると、ペルの手が、そっとそれをナマエの方へと押し出した。
「早く受け取れ」
「……え? あ、これ俺の?」
寄越された言葉に目を瞬かせたナマエへ対して、当たり前だろう、とペルがどことなく怪訝そうな顔をする。
戸惑いながらも両手を動かして瓶を捕まえたナマエは、ひょいとそれを持ちあげた。
「どこかの土産か?」
「いいや、先日宮殿へやってきた行商人から買い求めた」
「へえ、輸入品か」
わざわざ宮殿まで持ち込んだとなると、随分な高級品だろう。
そう判断し、本当にもらっていいのか、と尋ねたナマエに、ペルがわずかに目を眇める。
少し機嫌が悪そうなそれに微笑んで、ありがとう、とナマエは相手へ礼を述べた。
「わざわざ買ってきてくれるなんて。こりゃあ、何かお返しをしなけりゃ」
「いや、それは不要だ。誕生日プレゼントは大人しく受け取っておけ」
ふるりと首を横に振り、そうしてさらにはそんなことを言われてしまって、ナマエは目をぱちくりと瞬かせる。
少しだけ考え込むようにその目がさ迷い、そうしてそれから、ああ、とその口から声が漏れた。
「そういや今日って〇月◇日か」
言葉と共に見やったカレンダーは、確かに〇月を示している。
忘れていたのか、と呆れたような声を寄越されて、そんなわけじゃないんだけどさ、とナマエは答えた。
そうしてその手が、軽く手元の瓶を撫でる。
ついに誕生日まで迎えてしまった、という事実はわずかに、ナマエの背中へと寄りかかっていた。
この世界で生きることになってから、ずっとこの世界を『夢』の中だと思っていた。
けれどもここでは空腹も眠気も感じるし、火傷もすれば仕事の成功も失敗もある。転べば痛かったし、立ちっぱなしで強張った足を揉めばわずかな痛みと確かな心地よさがあった。
そして、どれだけ待っても目が覚めない。
それではまるで、ここが『夢』ではなく現実のようだ。
誕生日まで迎えちまうんだもんな、と胸の内で一人呟いたナマエの向かいで、椅子に座ったペルがわずかに怪訝そうな顔をする。
「……ナマエ?」
どうした、何か気に障ったか。
そんな風に問いかけてくる心優しい相手に慌てて首を横へ振り、ナマエはその両手で持っていた瓶のふたを外した。
「食べたことのない果物だし、ちょっと食べていいか」
「……ああ、構わないが」
そのまま食べるより何かに混ぜたほうがいいらしいぞ、と寄越された言葉に、そんなに甘いのか、と笑いながら瓶の中身をつまみ上げる。
出てきたそれはやはり砂糖まみれのイチゴに似ている。しかし、よく見れば果肉の内側は紫色だ。
「ペルは食べたことあるのか?」
「いいや、無い」
「そうか……んむ!」
見たことのない食べ物をぽいと口に放ってから、じゃり、と砂糖を噛みしめて、ナマエは声を漏らした。
その手がさらに一粒の果物をつまみだして、砂糖にまみれたそれをペルの方へと突き出す。
「ん」
「ナマエ? いや、おれは」
「ん」
もぐもぐと口の中身を噛みながら、拒否を示そうとするペルへさらにずいと果物を近付けたナマエは、それをそのままペルの口へと押しあてた。
困惑と戸惑いをその顔に描いたペルが恐る恐る口を開いたのに付け込んで、そのまま口中へと果物を押し込む。
そうして手を離し、指についた砂糖まで軽く舐めてから、はは、とナマエが笑い声を零した。
「あっまいなー、本当に」
口の中に広がるまったりとした甘さはマンゴーのそれに似ているが、やはりそれとも違う。
甘さを猛烈に欲している時には有効かもしれないが、ずっと食べていたら胸やけを起こしそうだ。
「お茶でも淹れるか」
そんな風に言って笑い、ナマエは瓶のふたを閉じてからテーブルの上へと戻した。
恐らく自分と同じ甘味を体感しているだろうペルに『ちょっと待っててくれよな』なんて言葉を放って、すぐにテーブルから離れる。
いつものように戸棚から取り出したポットへ慣れた手つきでお茶を入れ、カップ二つと合わせて持ち直したナマエがくるりと振り返ると、客人はいまだに椅子へ座って待っていた。
しかし、どうにもその表情が暗く見えて、ナマエは首を一つ傾げる。
「ペル? どうかしたか? もしかして甘いの駄目だった?」
尋ねながら近づき、今度はきちんと自分も椅子に座って向かい合うと、ナマエの命の恩人が、ちらりとその視線をナマエへと向けてくる。
見動いた拍子に、その体にまとっている装飾品がわずかに揺れて光をはじいた。
白い服装を好むペルの体に彩を添えているそれは、ナマエが先日ペルへと作って渡したものだった。
「…………ナマエ」
「はい」
どことなく低い声で名前を呼ばれて、思わず居住まいをただしたナマエが大人しく返事をする。
しかしそれを気にした様子も無く、もう一度その目を眇めたペルは、それからやや置いてその唇からため息を零した。
「……面倒なことに気付いてしまった」
「え?」
「いや、いい。自分で解決しなくてはならないことだ」
訳の分からないことを言い放つペルに、ナマエが目を瞬かせる。
困惑を絵にかいたようなその反応にわずかな笑みを浮かべてから、ペルはナマエへ茶をねだった。
甘さを流したいと言われて断るわけもなく、ナマエの手がお茶を淹れてペルへと差し出す。
「しばらくおれが食べ物を持ち込むかもしれないが、気にしないでくれ」
「え? ああ、うん、わかった」
カップを受け取りながらのペルの宣言に、ナマエは戸惑いながらも頷いた。
「渡すが、できれば食べないでいてくれると助かる」
「いやそれは……食べるだろ」
食べちゃダメなものは渡さないでくれよ、と軽く笑ったナマエの向かいで、かすかに笑ったペルの真意をナマエが知ったのは、それからしばらく後のことだ。
end
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