ドラゴンさんと誕生日
※主人公は革命軍
ナマエというのは、よく働く青年の名前だった。
もとはまだ人員がそろっていなかった頃にドラゴンが拾った怪我人で、このご時世に驚くほど平和的な考え方をする男にドラゴンがわずかながらの興味を抱いたのが、彼を手元に置いた始まりだ。
さすがにグランドラインへと拠点を移すと決めたときには安全な島へと置いていったが、困った顔をしたナマエとドラゴンが再会したのは『人間』を卸しに行く海賊船を革命軍が襲撃したときだった。
すでにグランドラインへ入った後で、一人で帰らせるわけにもいかないだろうと思案したドラゴンに『二回も助けて貰った恩返しがしたいです!』と声をあげたナマエは、それからずっと革命軍で雑用をしている。
戦闘能力は無いが、そのような人間は革命軍にも数多い。それにナマエは目端が利き、ドラゴンが各地で活動を行い戻ってくる場所は、大概が快適に過ごせるよう調整されていた。
『ドラゴンさん』『ドラゴンさん』とドラゴンを呼んで慕い、後からやってきたサボやコアラ達の世話もよく焼くナマエはやはり働き者だろう。
「ほら」
久し振りに戻った本拠地で、やはり快適に整えられている自室へと足を踏み込んだドラゴンは、世話を焼くために後を追ってきたナマエへ無造作に手元のものを放り投げた。
「わっ」
驚いたらしいナマエが悲鳴を上げて、放られたものを頭で弾く。
慌てて両手でそれを空中で受け止めてから、急に投げないでくださいよ、と非難の声が上がるのを、ドラゴンはコートを脱ぎながら聞いた。
「少しは戦闘もできるようになったと言っていなかったか?」
「『少しは』ですよ、す・こ・し・は!」
言いつつぶつけたらしい頭を軽く撫でたナマエが、それからその目を自分の手元へと向ける。
不思議そうな顔をした相手を見やってから、ドラゴンの手が脱いだコートをぽいとソファの背中へと放った。
見やった机には書類が整えられている。各地に潜伏し根を広げている同胞たちからの報告書だ。
「ドラゴンさん、これは?」
「願い石だ」
机の傍の椅子へと腰を下ろしたドラゴンへ尋ねてくるナマエに、視線を向けることなくドラゴンは答えた。
ねがいいし、と声を漏らしたナマエが、しげしげと手元のものを眺めている気配がする。
ドラゴンが放ったそれは、この本拠地へ戻る寸前まで滞在していたとある島で採掘されるものだ。
求めて行ったわけではなかったが、ひょんなことから手元へとやってきたそれは、青を深めた黒の中にいくつかの鮮やかな色が散りばめられた鉱石だった。滑らかに整えられた表面のうち、特に目を惹くのは一番広い面に走る黄金の一筋だろう。
「夜空石とも言う」
報告書を上から崩しながら別名を口にしてやると、それは記憶に引っかかったのか、ああ、とナマエが声を漏らした。
「この間図鑑で読んだ気がします。流れ星の柄が入ってたら願い事が叶うって言われてるんでしたっけ?」
そんな風に言い放ったナマエは、手元の石をくるりと回しながら改めたらしく、あっ、と短く声をあげた。
「ドラゴンさん、これ流れ星入ってますよ!」
言葉を放ちながら近寄ってきた相手が、ドラゴンの前へと石を突き出す。
見せられた面の黄金の『流れ星』を見やり、知っている、と答えたドラゴンの手が新しい書類を引き寄せた。
「だからやったんだ」
「え、俺にくれるんですか? これ」
言いながら視線を向けた先で、ドラゴンとは机を挟んで向かい側に佇むナマエがとても戸惑った顔をする。
その目がちらりと自分の手にある石を見やり、そうしてそれからドラゴンへと戻った。
「そんな、もったいない。ドラゴンさんが持ってた方がいいですよ」
ご利益あるかもしれませんし、なんて言いながらずいと寄せられる石を、ドラゴンは背もたれに背中を押し付けることで回避した。
「やる、と言っただろう。お前にやるために持ち帰ったんだ」
手元にそれがやってきたとき、ドラゴンは真っ先に『ナマエにやろう』と思ったのだ。
何せ、ナマエは欲のない男だった。
欲しいものは、と尋ねても施設内を快適にする何某かを求めてくる始末で、それは共有物だろうと言えば次は食べ物をねだる。もちろんそれはナマエが独占するわけでもなく、むしろ一口二口がその口に入ればいい方だ。
毎年〇月◇日に向けて情報を収集するも、うまい贈り物を贈れたためしがない。
プレゼントより言葉が嬉しいとナマエは言うが、その割に当人はドラゴンへきちんと贈り物を寄越すのだから、ドラゴンもまた同じように用意するのが当然だった。
今年はドラゴンがこの拠点を離れている最中に〇月◇日が過ぎてしまっていたが、その分良い贈り物を見つけられたと言っていいだろう。
「過ぎてしまったが、誕生日プレゼントだ」
おめでとう、と言葉を重ねつつ、ドラゴンは手元の書類をぺらりとめくった。
遥か海の彼方の仲間からの報告を読み込み始めたドラゴンの向かいで、ありがとうございますと礼を口にしたナマエの声が、なんとなく震えている。
それに気付いてちらりとドラゴンが視線を向けると、慌てたようにナマエが後ろを向いた。
自分の顔を隠したいようだが、短く切った髪からのぞく耳が赤くてはどんな顔をしているかなど見ないでもわかる。
毎年毎年、どうしてかドラゴンが誕生日を祝うたびにやっている、あの少し緩んだ顔をしているに違いない。
「毎年照れるのか」
いい加減慣れたらどうだ、と呆れと面白がるのを半分にした声を出したドラゴンに、ドラゴンさんが悪いんです、と後ろを向いたままのナマエがひどいことを言う。
「と……とりあえず、みんなの無病息災でも願っときます」
「せっかくの願い事がそれでいいのか」
もう少しいいことを願ったらどうだと尋ねたドラゴンに、これでいいんです、とナマエが言葉を紡ぐ。
「ドラゴンさんたちが元気なのが一番です」
「……願うときは自分のことも数に入れておけ」
ぐっと拳を握ったらしい相手にそう言ってやりながら、ドラゴンはやれやれと肩を竦めた。
相変わらず、ナマエは欲のない男である。
end
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