カルーと誕生日
※主人公は無知識トリップ主
俺は今、よくわからないことになっている。
「クエ!」
「ああ、うん……ありがとう」
きびきびとよく動き回る巨大な鳥に促されるまま椅子に座って、ひとまず現状の確認に努めることにした。
ここはアラバスタと呼ばれる砂の国だ。
ひょんなことから右も左も分からない『異世界』としか思えない場所に紛れ込んでしまったのは、今からもう二年ほど前のことになる。
砂漠で干からびて火傷で死ぬところだった俺を助けてくれたのは王国の警備にあたる兵士の一団で、身元も満足に話すことが出来ない俺の身柄を保護してくれたのも俺を発見してくれた兵士の人だった。
芸は身を助くとは言うが、料理がある程度の趣味だったおかげで城の下働きとして働くこともできるようになって、細々と生活をしていけている。
城に召し抱えられるなんて恐れ多い話だが、たぶん身元不明な俺を見張るという意味もあるんだろう。
俺が配属された厨房はそれなりに兵団の宿舎に近く、そしてそのすぐ近くにあったのが、今俺がいるこの一室である。
「クエ、クエー」
鳴き声をわずかに零しながら機嫌よくあれこれとものを移動させている巨大な鳥を見やりつつ、ひとまず周囲を見回す。
今俺と同じ部屋にいるたった一匹の巨大鳥は、カルーという名前の超カルガモだ。
確かに鴨の見た目をしているが、俺の知っている鴨より恐ろしくでかい。背中に鞍を乗せているのは、馬のように騎乗できるかららしい。
他の超カルガモもだが、みんなちょろちょろとあちこちを歩き回っていて、特にこの『カルー』はよく俺がいる厨房の方を覗きに来ていた。
最初は俺のやることなすことをじっくり見ていてまるで見張られているようだったが、人間の食べ物が食べられるらしいと聞いてから昼食を少し分けたら、警戒心など無かったかのようにころりと懐かれた。
大きいが可愛らしいので、頭を撫でたりだとか、銜えてきたブラシでブラッシングをしてみたりだとか、昼休みを一緒に過ごしたりだとかしているうちに親睦を深めたと思う。
人の言葉が分かるらしいカルーは俺の大事な友人という立場になっていて、だからこそ、その正体がこの国の王女殿下の愛カルガモだと知った時はとても驚いた。
俺自身はカルーの言葉が分からないから、遠目に遠乗りに出るらしいという王女殿下の姿を見たときに初めて知ったのである。
ちょっと接し方についても考えてしまったが、少しよそよそしくしてしまった俺のことをカルーがとんでもなくつついてきたので、今まで通りということになった。俺だって自分の毛根は大事にしたいと思っている。
そして、今日はそんなカルーが厨房へやってきて、クエクエ鳴きながら俺をここへと引っ張ってきたのだ。
たぶんカルー達が使っているんだろう部屋は、わずかに獣の匂いがする。
他の超カルガモがいないのは不思議だが、それよりもまず真新しい椅子があるという事実にも困惑だ。どう考えてもカルーは椅子には座らないだろう。
「あの……カルー?」
呼びかけた先で、ようやく散らばっていたものを端へと押しやったカルーが、クエ、と鳴きながらこちらを向いた。
こいこい、とそれを手招けば、大人しく大きな体がこちらへ近付く。
かちかちと爪で床を掻きながら歩いてきたカルーは、わざとらしくそのままどすりとこちらへぶつかってきた。
柔らかな羽毛に埋もれるような形になってしまって身を引いたが、俺が座っている椅子には背もたれがあるので、あまり逃げられない。
さらにぐいぐいと押し付けられて、気持ちはいいが苦しさを感じて相手の体を軽く叩くと、意味を読み取ったらしいカルーが身を引いた。
「ぷは! ……何するんだ」
「クエ〜」
できた隙間で顔を動かして相手を見上げると、鳴き声を零したカルーが少し頭を引く。
面白がるような声音に、悪戯をされているということは分かった。
一度だけふざけ半分で思い切り抱きついて気持ちの良い羽毛に頬ずりしてみたときから、カルーはよくこうやって人に自分の体を押し付けてくるのだ。
「ほら、離れてくれ」
「クエ」
少し押しやれば大人しくカルーの体が離れて、その代わりのようにくちばしがこちらへと近付く。
見下ろしてくるカルーの双眸を見つめ返してから、それで、と俺はカルーへ向けて言葉を投げた。
「結局、何がしたいんだ?」
わざわざ人をここまで連れてきて、何の目的があるのか。
俺にはカルーの言葉が分からないが、尋ねずにはいられなかった。
昼食は食べた後で、今朝急に午後の休みをもらったが、何もないなら済ませたい用事はいくらでもある。
「クーエ」
俺の言葉を受けて、鳴き声を零したカルーがわずかに体を揺さぶった。
何かをボディランゲージで伝えようとしているのは分かるが、やはり見ていてもよく分からない。王女殿下はカルーと意思疎通できるという話だが、付き合いの長さなんだろうか。
「……クエッ!」
俺に伝わらないと分かったのか、むっと目を眇めたカルーが短く鳴き、そうしてごそりと首から下げていた鞄を揺さぶった。
揺れた拍子に開いた口からのぞいた紙切れに視線をやって、とりあえずそちらへ手を伸ばす。
触れることをカルーが拒まなかったので、俺はそのまま小さなそれを引っ張り出した。
カルーが口に入れて隠してしまうことすら可能そうな小さなそれは、少し硬いカードだ。
見下ろした刻印が超カルガモ部隊の刻印であることに目を瞬かせてから、くるりと裏返す。
「……ん?」
そうしてそこには、何やら美しい文字で、誕生日おめでとう、の文字があった。
ぱちりと瞬きをした俺の頭を、こつり、とカルーのくちばしがついばむようにつつく。
痛くはないが寄越された攻撃に片手でそのくちばしの先を押さえることで応戦しながら、俺はカードからカルーへと視線を戻した。
「…………誕生日?」
「クエッ!」
尋ねた俺に、カルーが鳴き声を零す。
確かに、今日は〇月◇日だ。
すなわちそれは俺の誕生日で、そういえば何かの雑談でカルーにそんな話をしたことがあった気もする。大体俺が話してカルーが相槌のように鳴くという構図だが、案外この超カルガモは聞き上手だ。
しかし、一体どういうことだと困惑した俺の耳に、カチカチと床を爪でこする音が聞こえる。
よくカルーが零しているのに似ているが、どことなく少し違うそれにとまどいながら視線を向けると、カルーが半開きにしてあった扉が押し開かれた。
「クエッ!」
「クエー!」
そうして、何やら数匹の超カルガモが、様々な荷物を持って部屋へと入り込んでくる。
それぞれが一声鳴きながらカルーへ向けて敬礼をして、そういえばカルーは超カルガモ部隊の隊長だったんだということを俺は思い出した。
胸を張って敬礼を返したカルーが一声鳴くと、入ってきた超カルガモたちが各自活動を開始する。
持ち込まれたのはテーブルに、ケーキに、食事に、他の何かの荷物だ。
それが意味することを想像してみたが、戸惑った俺の口からは間抜けな声が漏れた。
「………………は?」
確かにこの世界は『異世界』だが、はたして、超カルガモたちに囲まれて誕生日を祝われる人間というのは、どのくらいいるんだろうか。
「クエ〜!」
よくわからないがとりあえず、俺の傍らの超カルガモ部隊隊長殿は、とても満足そうな鳴き声をこぼしていた。
end
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