シュライヤと誕生日
※映画『デッドエンドの冒険』の多大なるネタバレ
※NOTトリップ主
「ナマエにいちゃん、これ!」
にこにこと笑顔で言いながら両手で持っているものを差し出した可愛い女の子に、ありがとうと微笑んだ。
血もつながっていないのにおれを『にいちゃん』と呼んでくれる彼女は、アデル・バスクードという名前の、おれの同居人の一人だ。
小さな手から受け取ったプレゼントにはいびつながらもリボンが巻かれていて、『おれとじっちゃんからだ』と言葉が寄越される。
「この前大工道具が壊れたって言ってただろ? だからな、いいのを選んできたんだ!」
「へえ、そうなのか」
嬉しいなと笑いながら頭を撫でると、長い髪を一つに結ったアデルがむっと眉を寄せた。
「ガキ扱いするなよ! おれだってもう12なんだぞ!」
頬を膨らませて怒るうちはまだまだ子供だと思うが、可愛い女の子からの非難の声に、ひとまず『ごめんな』と謝った。
分かればいいんだよと怒った顔のままで移動したアデルが、先に椅子へと座る。
食卓にはいろんな料理が並んでいて、アデルとビエラじいさんと、なんとあのシュライヤまでもが食事を始めず椅子に座っていた。
白い布を首に巻いたいつもの姿で、掴んだフォークでとんとんと机をたたいたシュライヤの目が、じろりとこちらを睨み付ける。
「おい、早く座れよ」
こちとらメシが食いてえんだ、と唸りながら傍らを指さされて、はいはいと笑いながら隣の席へと腰を下ろした。
テーブルの真ん中には小さなケーキまで置かれていて、さながらまるでパーティーだ。
こんなににぎやかな〇月◇日を過ごしたことなんて、今までになかったんじゃないだろうか。
「ナマエにいちゃん、誕生日おめでとう!」
大きな声で寄越されたアデルの言葉に『ありがとう』ともう一度紡いでから、おれはありがたく今日の夕食を頂くことにした。
※
ガスパーデと呼ばれる恐ろしい男が、麦わら帽子の海賊に倒されてから、もうすぐ一年が経つ。
海賊処刑人と呼ばれる賞金稼ぎだったシュライヤは、すっかり稼業から足を洗っていた。
その強さを買われて用心棒まがいのことをすることもあるが、最近ではこの造船の島で、おれと一緒に船大工をやっている。
シュライヤについて回っている間もずっと船大工としての仕事ばかりをしていたおれと違って、シュライヤの方はまだまだ見習いだが、血筋なのかそれとも性にあっているのか、腕は確かだ。
時たま物珍しそうに道具を見たり、おれや他の船大工達が教えることを『懐かしい』と言って笑ったりする。
その微笑みに穏やかな色を見るようになったのも、ガスパーデが海から姿を消してからだった。
『ガスパーデを殺すことが、おれの生きがいだ』
酔いに任せてそう言われたのは、五年ほど前の話だったろうか。
そのあとはどうするんだと尋ねたのには自嘲じみた笑いが寄越されるばかりで、酒を飲んで気持ちよく酔っているのに地獄のふちを見下ろしているかのような暗い目をしたシュライヤに、それじゃあ、と呟いたのを覚えている。
『それが終わったら、お前をおれにくれよ』
だけどもきっと、あの日とんでもなく酔っ払っていたシュライヤは、それを覚えちゃいないだろう。
それでいいと思うのだ。
「寝ちまったなァ」
飲んで食べて、騒いで。
おれの誕生日をおれよりも満喫しただろうアデルが眠ってしまった後、一緒に用意をしてくれたらしいビエラじいさんを労いながら一緒に彼女をベッドへ運んだおれは、もう休むらしいじいさんに『おやすみ』を言ってからリビングへと戻った。
そこではやっと食べることに満足したらしいシュライヤが、ちびちびと酒を飲んでいる。
「はしゃいだんだろ、朝から騒いでたからな」
酒を片手にそんな風に言葉を寄越されて、そうか、と微笑んだ。
シュライヤの妹は、小さくて騒がしくて可愛らしい。
生きるという文字に体を与えたらこういう姿をしているんじゃないかと思うくらい元気で、毎日楽しそうだ。
昔はそうじゃなかったとビエラじいさんは言うけど、その『昔』を知らないおれにはよくわからない。けれども案外よく似た兄妹だから、ひょっとしたらシュライヤと似たような目をしていたのかもしれない。
「あんな妹欲しかったなァ」
「おれの妹だ。やらねェぞ」
「お前、アデルちゃんが嫁に行くって言ったら怒りそうだな」
じろりと寄越された視線に両手をあげて無抵抗を示すと、ふん、と鼻を鳴らしたシュライヤがそっぽを向いた。
考えたくもないと言いたげなその態度に、思わずくすりと笑う。
八年もの間『死んだ』と思っていた妹に再会してから、シュライヤは分かりやすく妹を大事にしている。
アデルが慕うビエラじいさんに対しても同様で、きっとシュライヤにとっては、ようやく再び手にすることが出来た『家族』達なんだろう。
そこにおれが含まれているのかどうかは、なんとなく聞けないままだ。
「そういや、お前はおれに何かくれねェのか?」
テーブルの上に広がった皿を重ねて片付けながら、ふと思い出して口を動かした。
おれがアデルにもらって大事に片付けてきた大工道具は、アデルとビエラじいさんからの贈り物だ。
名前が含まれていないから、たぶんシュライヤは出資もしてないんだろう。
おれの言葉に眉を寄せたシュライヤが、じろりとその目をこちらへ向ける。
「自分から言うか、普通」
「いやァ、欲深ェもんで」
もらえるものはもらっとかねえと、と言って笑うと、馬鹿じゃねえのかと怒ったような声が寄越された。
しかし声に怒気は孕まれていないので、別に怒ってもいないようだ。
そして、『ねえよ』と言わなかったということは、たぶん何か用意してくれているのだろう。
シュライヤからの贈り物なんて、それこそ年に一度あるかないかだ。これは珍しい。
皿から手を離し、椅子の向きも変えてシュライヤの方へと向き直ると、おれのそれを見たシュライヤが手元の酒を再び呷った。
案外度数の高かった気がする瓶の中身を飲み干して、空の瓶をテーブルに叩き付けるように置いたシュライヤが、ゆるりとこちらへその体を向ける。
「…………おい、ナマエ」
「うん」
「言っておくが、返品はさせねェからな。お前が欲しいっつったんだ」
「うん?」
目を据わらせて言い放つシュライヤに、少しだけ首を傾げた。
おれがシュライヤに『あれが欲しい』と言ったことなんて、何かあっただろうか。
シュライヤはあまり海賊を海軍へ売った賞金で豪遊することを好まなかったし、血の匂いがすると言い放ったその金で後に残るものを買うことだってほとんどしなかった。大体の武器も相手側からの借り物で、終われば捨てていくことが毎度のことだ。
最近はそういった仕事をしていないが、この島に来てからの記憶に何かをねだった覚えはない。
戸惑うおれを見つめて、忘れてても関係ねェ、ときっぱりと言い放ったシュライヤが、ずっと首に巻いていた白い布を取り外した。
相変わらず派手に食って派手に汚した布を取り払えば、いつもの格好をしたただのシュライヤになる。
「…………ん?」
そのはずなのに、布で隠れていた首元にくるりと一本のリボンが巻かれていて、おれは目を瞬かせた。
ぐっと立てた親指で自分を示したシュライヤが、はっきりと言葉を放つ。
「約束通りだ。受け取ってもらおうじゃねェか」
「約束……」
シュライヤの言葉を口の中で転がしたところで、ふと、もう何年も前の会話を思い出す。
『それが終わったら、お前をおれにくれよ』
『……いいぜ。抜け殻でもよけりゃあな』
『大丈夫、大事にするよ』
酒に任せて交わした言葉の後ろに、約束だと続けたおれが手を掴んだのを、シュライヤは拒まなかった。
けれどもそれは、本当にずっとずっと前のことだ。
翌日以降もシュライヤは態度を変えなかったし、きっと酒のせいで忘れてしまったんだろうなと思っていた、ほんの一回きりの戯言だった。
じわり、と背中が汗ばんだ気がして、そっとシュライヤから目を逸らす。
おれのその動きでおれが『覚えている』と把握したらしいシュライヤが、おい、と唸るように声を漏らした。
「大事にするんだろうが。さっさと受け取れ、馬鹿ナマエ」
「いや……受け取るよ。受け取るけど、ちょっと待って。ちょっとたんま」
顔がやばい、と両手で自分の顔を隠したおれに、お前の顔はいつでもだらしねェよとシュライヤがひどいことを言う。
しかしそれでも反論できないくらい顔が緩んでいたので、おれはなかなか顔をあげることが出来ず、プレゼントのリボンを解くのにはさらに時間が掛かることになってしまったのだった。
end
戻る | 小説ページTOPへ