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マッド・トレジャーと誕生日
※『ハートオブゴールド』のマッド・トレジャーの能力に対する軽い捏造
※主人公は無知識系トリップ主



 『仲間は使い捨て』と言うくせに、案外、幹部の顔が変わらない。
 それだけ腕の立つ連中だけが残っているという事なのかもしれないが、男を『ボス』と呼んで慕う部下達を見るに、意外と仲間を大事にしてるんじゃないかな、と言うのが俺の『マッド・トレジャー』に対する評価だった。
 しかしまあ、まさか口が裂けてもそんなことは言えない。ジャラジャラと笑いながら怒られそうだ。

「黄金郷か」

「ええ、文献しか残ってないところですが」

 そういうのお好きでしょう、と微笑んで相手の手元へ渡っている紙束を掌で示すと、左肩の刺青を晒すように上着を脱いだままの相手が軽く肩を竦める。

「お前が出してくるんだ、裏はとってあるんだろう、ナマエ」

 低く漏らした声で唸られて、威嚇されているようだな、なんて考えながら頷く。
 俺のところにこの男が現れるようになって、もう数年経つ。
 俺がこの世界へやってきてしまって、『元の世界』へ帰るためにこの島に腰を据えていろんな資料を集めていたら、たまたま誰かさんが求めていた財宝のありかを示した情報を手にしていたらしい、というのが始まりだった。
 唐突に現れたトレジャーハンターに『情報』を寄越せと脅かされて、別に自分が必要な物でもなかったからあっさり渡したら、変な顔をした相手がそれからも訪れるようになった。
 俺が渡す情報には対価が払われるようになって、どう考えても盗品であるそれらは全てそのまま箱に入れて、家の裏に埋めてある。
 今日もたぶん俺になにがしかの『対価』を持ってきたんだろうマッド・トレジャーの幹部は、家の中にそれを置いて出て行ってしまった。
 俺ごときが『ボス』と二人きりになっても、『ボス』には何の問題も起きないと分かっているらしい。

「お渡しできる最後の情報ですからね。何なら周辺の海域の古い文献もお渡ししますが」

「……最後?」

 疑り深い相手に言葉を放つと、俺の言葉を聞きとがめた男が頭を傾ける。
 サングラスの向こうからじろりとねめつけられて、最後です、と俺は答えた。

「もうそろそろ、ここで『欲しいもの』の情報を探すのも限界だと思うので」

 渡れる島々の中で一番貿易の盛んな島に腰を据えたが、もう数年だ。
 取り寄せられる本は殆ど取り寄せてしまったし、俺が帰るための情報は微塵も見つからない。
 このままここでじっとしているより、もっと別の島を目指した方がよさそうだ、というのがここ最近の俺の結論だった。
 もう引っ越すための手はずは整えたし、荷物も纏めた。埋めた『宝』の地図はもう書いてあって、マッド・トレジャーが斜め読みした資料の一番下の紙の裏にうっすらと書いてある。
 誰かさんがそろそろやってくるだろうと思ったから必要最低限のもてなしは出来るようにしてあるが、何度もやってきていたこの人に別れを告げることが出来たから、明日の朝にでも船に乗って終いだ。

「島を離れるってのか」

「ええ、まあ」

「どこへ行く?」

「まだあまり決めていなくって」

 尋ねられた言葉に答えながら、適当なところでまだ腰を落ち着ける予定ですけど、と俺は続けた。
 間違いなく自分が生まれて育ったのとは違う世界へやってきたのは、もう十年以上は昔のことだ。
 過ごした年月は俺の薄れゆく『記憶』をただの妄想だったんじゃないかと思わせてしまうほどだが、けれどもまだ、俺は『帰る』ことを諦めていない。
 だからこその俺の決意に、事情を知らないだろう目の前のトレジャーハンターが、ふん、と鼻で笑った。

「あてもなくさ迷うくらいなら、おれの手元でおれの役に立ったらどうだ?」

 問うような言葉を零しながらこちらを見つめる相手に、俺にそれほど価値はありませんよ、と俺は答えた。
 財宝のありかを調べたり、トレジャーハンターの喜びそうな『伝説』の出所を確かめたり。
 俺がやっていることは、他の誰にだって出来ることだ。
 それだって大体は自分が求めるもののついでにやっていることだし、多分目の前の彼の部下達だってやろうと思えば出来るだろう。
 だからこその俺の答えに、断るか、と言葉を零した相手の手が軽く拳を握る。
 まるでマジックのようにそこからあふれた鎖がじゃらりと音を立てて零れ、テーブルに触れたところで伸びていくのを止めた。
 黒い鎖の先には大きい鉄輪がついていて、マッド・トレジャーの手が降りるのに合わせてテーブルへと寝転んだそれが、鈍く光をはじく。

「他の奴隷共のように縛って連れて行くことも可能だがなァ?」

 挑むように顔を見つめられたが、相手が言葉の通りにしないという事が分かったから、俺は曖昧に首を傾げた。
 本当にそうするつもりなら、わざわざ目の前で鎖を出して威嚇はしないだろう。そんな無駄をするより、俺の首にその鉄輪を括り付けたほうが早い。
 やると決めたら即断するのが目の前のこの人だと、数年も付き合えばいやというほど分かっている。
 だから本気で俺を欲しがっているのではなくて、ただ引っ越す俺のことを惜しんでいるのだな、と分かった。
 会えなくなるのを寂しいと思われているなら、それはそれで嬉しいことかもしれない。
 緩みそうになって必死に引き締める俺の顔を見て、やがて口をへの字に曲げたマッド・トレジャーは、こぶしを握っていた手をぱっと開いた。
 零れ落ちた残りの鎖が、先にテーブルに横たわっていた鉄輪の上へと折り重なる。

「…………仕方ねェな」

 最後まで出し切ったらしい短い鎖をそのままに、声を漏らした相手がその背中を椅子へと押し付けた。
 俺の家には似つかわしくない大きな椅子は目の前の相手が自分で持ち込んできたもので、座る人物にとてもよく似合っている。

「それなら、これを持っていけ」

 言葉と共にずいと押しやられた鎖と鉄輪に、思わず目を瞬かせる。
 戸惑って見やると、餞別だ、と言葉を続けた相手が、曲げた唇を笑みの形に変えた。

「この間は誕生日だったそうじゃねェか。遅れたが、誕生日プレゼントだとでも思え」

「え」

 そうして紡がれた言葉に、思わず目を瞬かせる。
 確かに相手の言う通り、ついこの間過ぎた〇月◇日は俺の誕生日だった。
 しかし今まで、この人にそういう日付を祝ってもらったことなんて一度もない。
 何かの拍子に話したことがあったかもしれないが、それでもまさか、相手が覚えているなんて思いもしないことだった。
 困惑する俺の前で、ふふん、とマッド・トレジャーが鼻を鳴らす。

「このおれの鎖を渡されるなんて、こんな栄誉なことはねェぞ、ナマエ」

「ええと……どうも?」

 楽しそうに言葉を寄越されるが、俺の記憶が間違いなければ、同じ鎖が船の底にいる彼曰くの『奴隷』達にもついているのではないだろうか。
 しかし、彼らは強制的に装着させられているのだから、ただ手渡しされるのとは違うのか。
 よく分からないまま、とりあえず受け取ったそれは確かにその掌から生み出されたはずなのに重たく、わずかに冷たい。

「他の宝のように置いていくなよ」

「!」

 鎖を握りしめたところで言葉を放たれて、びくりと体を揺らしてしまった。
 顕著な反応を慌てて取り繕おうと顔をあげれば、ジャラララと笑い声を零したマッド・トレジャーが、楽しげな顔をしていた。
 片手でぱたぱたと資料を揺らす相手に、どうやら俺が宝をどうしていたかお見通しだったと分かって、小さく息を吐く。

「黄金郷の後の、最後の宝探しにしていただこうと思っていたのに」

「こんな何の冒険もねェ宝なんざ、トレジャーハンティングのうちに入らねえ」

 おれが探すのはもっとスリルのあるもんだ、と笑われて、罠の一つでもしかけときますね、ととりあえず言い返す。
 開けたときに手を軽く叩かれるジョークグッズみたいな罠を仕掛けた宝箱を埋めて島を出たのは、翌朝のこと。

「ふざけた仕掛けをしてくれるじゃねェか。ガキかてめェは」

 新しく住まうと決めた春島で、人の家の扉を蹴とばして入ってきながら笑ってなじられたのが、それから一か月ほど後のこと。
 まさか『鎖』から居所が知られていただなんて、悪魔の実の能力というのはとても不可思議なものだと思った。


end


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