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ワイパーと誕生日
※主人公は転生主(無知識)でワイパーの幼馴染でワイパーが好き
※過去編ワイパーとシャンディア捏造



「何が欲しいか言え」

 わが幼馴染殿のお言葉に、俺はぱちりと目を瞬かせた。
 目の前には仁王立ちのワイパーがいて、じとりと俺の方を睨み付けている。
 『生まれ直した』俺と同い年でまだまだ子供の分類の筈なのに、なんとなくその顔が強面なのは生まれつきの猛々しさのせいだろうか。
 ぼんやり考えつつ『何の話だ』と首を傾げると、片眉を動かしたワイパーがずかずかとこちらへと近付いてきた。
 それに気付いて傍らに置いてあった布を向かいへ放ると、石を研いでいた俺の道具を挟んだ向かいに相手がどかりと座り込む。
 ワイパーは草葉を合わせた腰蓑とその下に丈のあまり長くない腰布を巻いているが、気にした様子も無く胡坐をかいたせいで合わせがはだけて普段見えない場所まで足が見えた。
 女の子がそんな恰好をしたらさすがに俺だって怒るが、相手がワイパーじゃあ仕方ない。
 むしろもっと小さかった頃よりは露出も控えめになった方だし、うるさく言っても気味悪がられそうだ。
 警戒心の一つくらい持ってほしいが、俺がワイパーをそういう意味で好きなことなんて、ワイパーはまるで知らない。

「ナマエ」

 とりあえず目を逸らしておこうと手元へ視線を戻そうとすると、それを咎めるようにワイパーが俺の名前を呼んだ。
 それを聞いて視線を戻せば、胡坐をかいたままで腕を組んだワイパーが、わずかに背を逸らすようにしながらこちらを見ている。

「何が欲しいか言え」

 そうして繰り返された問いかけに、俺はもう一度首を傾げた。

「だから、何の話だって」

「明日はお前の生まれた日だったな」

 尋ねたところに帰ってきた返事に、思わず目を丸くする。
 確かに明日は〇月◇日。俺の誕生日だ。
 しかし、それで『何が欲しい』と尋ねてこられるのはおかしなことだった。
 この世に生まれて十数年、シャンディアが『誕生日』を祝ったりしないことはちゃんと知っている。
 決められた日に行われる祭事の方が大事で、起きた物事についてはいくらでも言い伝えるが、年齢は時たま曖昧なことすらある。
 俺だってそれほど記念日を気にする方ではないし、なんとなくたまに思い出した時に仲間達へ『気まぐれ』で贈り物をする程度のことだった。
 それだって、忘れたくても忘れられない『記憶』の彼方で『誕生日』を家族と祝った『思い出』があるからだ。
 『記憶』の中の『俺』には今この背中にある翼は無く、貝すらない世界は妙に文明が発達していて、そして覚えている限りの民の殆どが貧弱だった。
 争うことが嫌いだったかつての『俺』が、今こうして生き物をしとめるためのナイフを作っている俺を見たら、もしかしたら卒倒するかもしれない。

「どうしたんだ、急に」

 手を止めてそう言葉を紡ぐと、おれは借りを作らねェ、と言葉を紡いだワイパーの指が自分の腰を指差した。
 示されて見やった先には、一本のナイフがある。
 俺がかなり時間をかけて作り上げたそれは、雑な扱いをすることの多いワイパーの手元でもいまだに壊れていないようだ。
 そういえばあれを俺がワイパーに贈ったのは、ワイパーの誕生日だった。
 何故だと尋ねられて『気まぐれ』だと答えて、他の仲間達だったらそれで納得したのにどうしても納得してくれなかったワイパーに、仕方なく『お前の誕生日だから』と言ったのだ。
 それで引き下がったワイパーは、どうやら俺の誕生日にお返しをしてくれるつもりでいたらしい。
 シャンディアにそんな風習は無いのに、律儀なワイパーが俺の『記憶』の中にしかない風習を踏襲してくれている。
 なんだか嬉しいような、怖ろしいような気持ちがしてそっと息を吐き、俺は肩を竦めた。

「別に気にしなくても」

「仇には仇を返す。逆もまた然りだ。酋長の教えだろうが」

 仲間相手にそんなことを言いだした相手に笑って、うーん、と声を漏らした。
 どうやら、ワイパーは何が何でも俺に贈り物をしてくれるつもりらしい。
 それならせめて、あまりワイパーの負担にならないものがいいだろう。
 しかし毛皮が欲しいと言って狩に行かれて怪我をされても困るし、正直ワイパーより俺の方が手先が器用だから物を作ってほしいと言うのも微妙だ。
 偉大なる大戦士カルガラの血を引く男に雑用をさせるのもどうかと思うし、明日の料理はラキ達の当番だし。
 さて、どうしたものかと三度首を傾げた俺の向かいで、眉を寄せたワイパーが口を動かした。

「……やっぱり、空の者の首か?」

「うん?」

 なんだかとんでもない『贈り物』の提案を受けた気がして声を漏らすと、それとも指か、とワイパーが言葉を零した。
 寄越されるそれから漂う猟奇的な響きに、慌てて首を横に振る。

「いやいや、なんで急にそんなものを」

「? 違うのか。よく空の者の死骸を探しているだろうが」

「そんな目的で探してねェから!」

 怪訝そうな顔で言い放つワイパーへ、必死になって言い返した。
 確かにワイパーの言う通り、俺は時々『死体』を探している。
 それは俺達シャンディアであったり、青海人、空の民と様々だ。
 シャンディアの遺体は出来る限り回収しているが、他には手が回らない。
 だから、俺達の仲間が殺したものもあれば神官の連中がやったものもあるシャンディアではない者の体は、適当に作った木箱に乗せて海雲に流したり空の民のいる島雲の外れに放置している。
 俺達のやり方で弔ってもその魂が天国へ行くかは分からないから、せめて悼んでくれる誰かの目に触れるよう願ってのことだ。
 ひょっとしたらただ海雲の獣に餌をやっているだけなのかもしれない、ただの自己満足だった。
 本当にこっそりと行っているつもりだっただけに、まさか知られているとは思わなかった。
 俺の方を見やるワイパーはいまだに怪訝そうで、それならなぜだ、とその目がこちらへ問いを寄越しているのを感じる。
 しかしそれには答えずに、俺はそっと目をそらした。
 青海人のことはともかく、空の民にまでそんなことを考えて行動しているなんてことが知られたら、きっとワイパーは怒るだろう。そんなことは分かりきっている。

「……それより、俺、本当に欲しい物浮かばないんだが」

「考えろ」

 話をそらすように言葉を零した俺の向かいで、ワイパーがきっぱりと言い放つ。
 横暴な気すらする強い語気に、俺は再びため息を零した。
 別にワイパーがくれるものなら、猟奇的なものでないならなんだって喜ぶ自信がある。
 だからワイパーが決めてくれて構わないのに、どうしてもワイパーは『俺が欲しい物』を用意したいらしい。
 それは間違いなく俺を喜ばせたいからで、仲間としての気遣いなのにときめきすら感じるのは間違いなく、俺がワイパーを好きだからだ。

「じゃあ、ワイパーの持ってるものを何かくれ」

「何か?」

「なんでもいいから」

 お前が持っているものなら、と続けてからちらりと視線を向けると、ワイパーが何やら少し考え込んだ顔をしている。
 その目が自分の体を見下ろしてさらに考え込み、それからやや時間をおいて、分かった、と一つ頷く。

「明日でいいからな」

「ああ」

 とりあえず告げた俺に対して、ワイパーはしっかりともう一度頷いた。
 どうやらプレゼントを決めてくれたらしい相手にほっと息を零して、とりあえずナイフを作る作業に戻ることにする。







「これをやる」

「ああ……ああ、うん、ありがとうな」

 そうして翌日、上半身裸で腰蓑一つになったワイパーから差し出されたのは、一日前まで確かにその腰蓑の下を隠していた腰布だった。
 草と葉を編んで作った腰蓑の下から、筋肉がしっかりとついた両の足がすらりと伸びて晒されている。危うく足の付け根まで見えそうだ。
 男だから気にしていないんだろうが、惚れた相手のとんでもない格好にとりあえず目をそらした俺の行動は、間違いではなかったはずだ。
 見慣れるまで挙動不審になったせいでワイパーがずっと俺を怪訝そうに見ていたが、仕方ないことなので許してほしい。



end


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