クマシーと誕生日!
※『ファンシーゾンビ志望』と同設定
※主人公は無知識トリップ主
「〇月◇日が誕生日だと!? 馬鹿野郎、そういうことは早く言えよ!」
お怒りの顔になったペローナ様に部屋から蹴り出されたのは、もう一時間も前のことだ。
何人もの動物ゾンビが出入りするようになった様子からするに、どうやらペローナ様は俺の誕生日を祝ってくれるつもりらしい。
ここは死後の世界の筈なのに、わざわざ誕生日を祝ってもらえるなんて思わなかった。
これだけあからさまに用意していてサプライズも何もないと思うのだが、手伝いに入ろうとした俺の体は現在、拘束されている。
「な、クマシー。ちょっとだけ」
「だ……駄目……!」
頼む俺の上でふるふると首を横に振ったのは、口元をマスクで覆い隠した『動物ゾンビ』だった。
クマシーと呼ばれるそのゾンビの両腕はしっかりと俺を抱えていて、そのまま持ち上げられている俺の足は床から離れてしまっている。
『クマシー、私がいいって言うまでナマエを部屋に入れるんじゃねェぞ!』
きっぱりとそんな風に言い放ったペローナ様の命令を、『動物ゾンビ』はきちんと忠実に遂行した。
派手な音がするたび心配になって覗きに行こうとしていたら何度も引き留められ、繰り返すうちについに後ろから抱き上げられて、現在に至るのである。
子供でもない俺を抱きかかえたままで一時間なんて、俺だったら絶対に疲れて途中で放棄するというのに、クマシーはゾンビだからかまるで疲れた様子がない。
「クマシーだって気になるだろ?」
言葉を放ちつつぐいと頭を後ろへ押し付けると、柔らかな感触が頭に触れた。
クマシーはゾンビだけど、体の殆どが布地と綿だ。
背中のチャックから中に入れることはもう知っているし、虫がわかないように綿を交換したり、時々布地が破れるクマシーの体を縫うのはすっかり俺の役目になった。
最近こっそりとクマシーの体にポプリを入れてあるので、触れた寸胴の体からは少し良い匂いもする。
もふもふと相手の体を頭で押していると、俺の行動を抵抗と受け取ったらしいクマシーの両腕が、ぐっと力を入れて俺を抱え込んだ。
熊のごとく強いと噂の両腕が腹を圧迫して、体が少しばかりクマシーにめり込むのを感じる。
「クマシークマシー、俺めり込んでる。めり込んでるから」
「……お……」
そのまま押されて布地が破けるのはまずいと、慌てて自由な手でクマシーの腕を叩くと、低い声を漏らしたクマシーが少しだけ力を緩めた。
しかし背中は既にしっかりとクマシーの体にはまり込んでいて、先ほどよりさらに自由がない。
どうやら俺の拘束に成功したらしいクマシーにため息を零して、俺は体に入っていた力を抜いた。
「わかった、大人しくしてるよ」
そんな風に呟きながら両手をクマシーの両腕に添えると、そうしてほしいとクマシーが言葉を紡ぐ。
うんとそれへ頷いてから、俺は一つの提案をすることにした。
「だけどずっとここにいるとやっぱり部屋が気になっちゃうからさ、時間つぶしに行かない? 散歩とかさ」
何なら腕を掴んでくれててもいいから、と続けると、クマシーは少しばかり考え込んだようだった。
それから数秒を置いて、分かった、と声を漏らしながら、その足が歩き出す。
「あれ?」
ゆらゆらと揺らされながら体が移動していく事実に、俺は目を丸くした。
「クマシー? 俺のこと降ろしてくれても」
「……この方が早いから……」
「え? それ、どういう……」
クマシーの言葉に戸惑って声を漏らした俺の体が、だんだん揺れを早くしていく。
クマシーが走り出しているのだ、と気付いた俺がクマシーの言葉の意味を理解するのに、そう時間はかからなかった。
※
「あ! やァっと帰ってきやがったなお前ら! どこに行って…………おい? ナマエ? なんだか顔色が悪くねェか?」
困り顔のクマシーが俺を抱え直して背中をさすってくれているのを受け入れながら、うう、と唸る俺を前に、ペローナ様がそんな風に言葉を零す。
怒っていたペローナ様が心配そうな顔をしたのは分かったが、とんでもない絶叫マシンに乗ることになってしまった俺が回復するのには、少し時間が必要だった。
end
戻る | 小説ページTOPへ