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Buon Compleanno
※主人公はNOTトリップ主
※『Sei il mio dio』設定



 テゾーロが路地裏で拾った男は、ナマエと言う名前だった。
 痛快にも幸運に幸運を重ねて天竜人の手元から逃げ出してきた、元奴隷だ。
 自分の『玩具』を奪われることを厭うことの多い天竜人が、ナマエが逃げたことでどれほど憤慨し歯噛みしたかと考えると、愉快でたまらない。
 あの『天竜人』のものを奪ってやろうと、テゾーロはその胸にあった天翔ける竜の蹄を星で飲み込んだ。
 テゾーロの好む形を象った焼き印を食らった時のナマエが、ぼろぼろと涙を零しながら唇にいびつな笑みを浮かべていたことは、しっかりと覚えている。
 その顔に浮かんでいたのは恐怖でも憎しみでもなく、そしてすがるようにテゾーロを求めるものだった。

「誕生日プレゼント?」

 いつもなら女達を侍らせているバスタブで、わずかに金箔の浮く乳白色の水に浸かったナマエが首を傾げる。
 胸に大きな星型の焼き印を抱いた男を見やって、ああ、と答えたテゾーロがその背中をバスタブへとわずかに押し付けた。

「明日は〇月◇日だ。お前の誕生日だと言っただろう、ナマエ」

 それはテゾーロがナマエを拾い、その胸元のひどい焼き印を消してやった後に聞いたことだ。
 ナマエは自分の出身地から、どうやって奴隷となったのか、どうやって天竜人の手元から逃げ出したのかを、テゾーロが求めるままに何度も話した。
 テゾーロは既に手を伸ばして、ナマエの故郷の場所は確認してある。しかし彼の家族は既に無く、帰りたいとも求めないナマエもまた、すでにそれを知っている。
 ついでに言えば、ナマエを天竜人へと売り飛ばした人さらい屋は、テゾーロ直々に黄金の像へと変貌させてやったところだ。今頃はどこぞの好事家の手元にあるだろう。
 片手でバスタブの傍に置いてあったグラスを掴んだテゾーロに気付いて、バスタブの中を移動したナマエがその手を酒瓶へと伸ばす。
 金箔と入浴剤のせいでほとんど見えなかった腕が、水上へと露出する。金箔をわずかに張り付かせたその腕のあちこちには、消えない傷跡があった。
 腕どころか、わき腹や背中、腰、足の裏に至るまで、ナマエにはたくさんの傷跡があり、ナマエがどれほど弄られていたのかは、その姿を見れば一目でわかる。
 刻まれた傷跡を隠すように袖の長い服を好むナマエが、テゾーロと共に入浴することもほとんど稀だった。普段なら他に何人もともにいるし、彼女たちに自分の体を見せることを、ナマエは特に嫌がる。
 だからこそ、不運に見舞われて頭からワインをかぶるだなんていう真似をしたナマエを捕まえたテゾーロは、こうしてナマエと一対一でバスタブに浸かっているのだ。
 何人もの人間が同時に入ることのできる広いバスタブで、少しテゾーロから距離を取っていたナマエは、それでもテゾーロがグラスを手に取れば毎回そっと近寄ってきていた。

「何が欲しい?」

 差し出したグラスへ酒を注がせながら、テゾーロは近寄った男を見やってそう尋ねた。
 何って、と声を漏らしながら瓶を動かして元の場所へと戻し、あたたかな湯船に両手を沈め直したナマエがテゾーロから距離を取りながら首を傾げる。
 先ほど頭まで一度沈んだからか、髪にも金粉が散っていた。
 テゾーロの生み出すそれを浴びた人間は、テゾーロの好きな時に『黄金』で固めてしまうことが出来る。
 染み入るテゾーロの支配をまるで気にした様子も無く、ナマエの顎が湯へと触れた。

「別に、何も」

「ほう」

 無欲な男の言葉に、テゾーロが声を漏らす。
 ナマエの返事は、何とも馬鹿馬鹿しく、そして何とも予想通りなものだった。
 ナマエはテゾーロの所有物だ。
 当人すらそれをかけらほども厭わず、ナマエは常にテゾーロの手元にある。
 その目はいつも黄金を振りまくテゾーロを見上げているが、ナマエ自身が黄金を求めたことは、今までに一度もなかった。
 それが己の欲望を押しとどめているからなのか、それともナマエ自身の『欲望』など天竜人に刈り取られてしまったのか。それは、当人ではないテゾーロには分からないことだ。
 しかしどちらにしても、『相手の希望を聞く』という至極簡単な解決方法は使えないらしいと把握して、グラスを置いたテゾーロの手が湯へと沈み、ばしゃりと水を跳ねさせる。

「『欲しいもの』の一つも考えつかないとはな」

「現状に満足してると、まあそうなるんじゃないかな」

 テゾーロの言葉に、ナマエはそう嘯いた。
 その発言からは嘘の匂いがしたが、テゾーロは唇にわずかな笑みを浮かべてそれを黙殺した。
 ナマエはテゾーロの所有物だ。
 だが、テゾーロがナマエのものになることは永遠にありえない。
 たとえどれだけすがるように見つめられたとしても、テゾーロの心臓をその手中に収めることが出来るのは、テゾーロの唯一の星だけだ。
 その瞳に宿る熱に気付いたのはつい最近のことだったが、こうして二人きりになろうが裸で共に湯へ浸かろうが仕掛けてくることも無いナマエにも、そんなことは承知だろう。

「仕方のない奴だ。おれが直々に良いものを選んでやる」

 バースデーソングも歌ってやろう、と言葉を重ねたテゾーロに、それはすごく豪華だな、とナマエが呟く。
 あまり表情を変えぬ男を見やり、笑っていいぞとテゾーロが許可を出してやれば、相手の唇にはゆるりと微笑みが浮かんだ。
 穏やかなそれに笑みを深めたテゾーロの耳元で、ピアスの飾りがちかりと光をはじいて揺れていた。


end


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